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王立高等魔術学院の日常

作者: 在り処
掲載日:2024/03/23

 


「なんでこの言葉が紡ぎ出す美しさが理解できないんだ?」

「お前こそ、この機能美を極めた紋陣の価値が分からないのか?」


 朝っぱらから教室を真っ二つに分ける論争を聞きながら、俺は「またやってるよ」と小さくぼやいた。

 言葉を紡ぐ詠唱により、神の力を借りて魔術を発現させる文系。

 計算された魔紋陣を描き、魔術を発現させる理系。

 相容れない二つの派閥の論争に答えなど出るわけもなく、同じ事を繰り返しているだけだ。

 そしてこの後の展開もお約束。


「全く頭脳系は争ってばかりだな。見よ、この肉体美を!」


 隣の教室からやってきた集団は肉体を誇示するポーズをとり始める。

 魔力を体内で練り上げ、身体の能力を上昇させる体育会系の連中だ。


「みんなよく飽きないよねぇ」


 悪戯な笑みを浮かべて隣の席に腰を下ろしたのは、俺と同じく無所属のクラサだ。

 あぁ、また豪快に座るもんだからスカートが背もたれに引っかかって、パンツが顔を覗かせている。

 ここが1番後ろの席じゃなかったら、クラサの後ろの席に移動しているところだ。


「今日はピンクか」

「えっ、なに?」

「いや、なんでもない」


 紳士は指摘して乙女を恥ずかしがらせるようなことはしない。

 さりげなく俺以外からは見えないように、暗幕魔術を展開するのが優しさだ。

 しかしピンクか。

 クラサの髪色は薄いピンクなのでマッチしているといいたいが、問題はデザインだ。

 残念ながら横からでは確認できない。

 さてどう確認するべきかと悩んでいると、クラサがこちらに顔を向ける。


「ねぇ、カリエ。今日はどっちが先に手を出すと思う?」

「……理系にBランチ」

「なら私は体育会系にAランチで」


 平行線の論争なんてしていると、実力行使するやつが必ず現れる。

 負けた方が勝った方に自身の言ったランチを奢る。俺とクラサの定番の賭けだ。

 魔術の発現順の勝負になるため、長い詠唱が必要な文系は不利。

 必然的に前もって魔紋陣を用意できる理系か、体内で魔力を循環させる体育会系がベット対象になる。


「なにが美しい言葉を紡ぐだ! ただ神様をヨイショしてるだけだろ!」


 論争がヒートアップすれば相手の悪口になっていくのだが、それ言っちゃうか。

 詠唱って神様の力を借りるためにお願いするのが常識だもんね。

 例えば昨日の授業では、炎の槍を発現させる詠唱を習った。


『ベルテソント、イーア、ウミルダゲン、テアエ、ニグア。リードソラス、インタクシュス、ペレナー。ドウウンファレチュキン、ババギアン、モルタリーア。モウス、モウス、タライナーズ、グッチテクルー(長いので以下略)』


 という古語を通訳すると


『いやぁ、炎の神ニグア様。今日もほんとに凛々しいお姿で。実はちょっとお願いがありまして。いや、ほんと、大したことじゃないんですけどね。ちょっと貴方様のお力をお借り出来ないかなぁと。こう炎をですね、槍状にしてですね(以下略)』


 こんな感じだ。

 ヨイショしないと力を貸してくれないんだから仕方ない。


「なにが機能美だ! ちまちまちまちま模写ばかりしやがって。だから根暗だって言われんだよ!」


 あぁ、ね。

 確かに魔紋陣を書くのはちまちましている。

 余計な線を入れば魔術はきちんと発現しないし、初歩の魔紋陣1枚書き上げるだけでも20分以上かかる。

 好きな者は寝食を忘れて1日中書いているが、はたから見てる分には確かに暗く感じる。


「ふふふっ。どんぐりの背比べだな」

「「うるせぇ、脳筋!!」」


 その言葉をきっかけに、体育会系の肉体に魔力が循環される。

 文系は詠唱をはじめ、理系が魔紋陣の書かれた羊皮紙を手に取る。


 俺は心の中で理系を応援した。

 きっとクラサは体育会系を応援しているだろう。

 どちらが先か——。


 その時、教室の扉が勢いよく開けられた。


「お前ら、席につけ。朝礼の時間だ。こらお前らは自分の教室にはやく戻れ」


 担任ラーマフブの登場に、文系、理系、体育会系の全員がその動きを止めた。

 あいつ怒らせるとガチで死ぬからね。

 体育会系はしぶしぶといった感じで教室を出ていくが、3派閥共々に「次会った時がお前の命日だ」と、視線で語っていた。

 視線で会話できるあたり、なんやかんやいって仲が良いと思う。


「席に着いたか? 突然だが、今日からこのクラスに転入生が入る。入っていいぞ」


 ほんとに突然だなと思いつつ、教室の前扉を注視すると、長い黒髪、褐色肌で細身の美男子が教室に入ってきた。

 女子が黄色い声を上げるのも忘れて見惚れている。

 転入生は教壇の前に立つと、優雅な礼をした。


「余は六道国の第二王子天九(てんく)という。短い間になると思うが共に学ぶ仲だ。気軽に接してくれ」


 転入生なら国外の人間なんだろうと想像がついたが、まさか王子で美男子ってか?

 女子の荒い鼻息が聞こえてきそうだ。

 ちらと横を見ると、クラサもまた目を細めてうっとりして……。


「っくしゅん!」


 違った、ただくしゃみをしたかっただけらしい。

 そのくしゃみに驚愕の表情を浮かべたのは王子だった。

 瞬きを繰り返すと後ろの席まで歩いてくる。

 で、なぜか俺の目の前にいる。くしゃみしたの俺じゃないんですけど。


「そなた、余にその席を譲ってはくれまいか?」

「は?」


 俺があっけにとられていると、王子はクラサの方に振り返り、その手を握った。


「まさかこの地に天女がおられるとは。余はそなたを妃にしたい」

「は?」


 思わず声が出てしまったが、この男は大丈夫だろうか?

 一目惚れはまぁ分かる。

 クラサはそれなりに顔立ちが整っているし、愛嬌もある。人の好みもそれぞれだ。

 でも顔見て5秒で求婚するヤツはやばいだろ?

 しかも王族なら許嫁とかいるだろ?


 教室にいる全員の視線が二人に集中する。


「あっ、カリエがいるし間に合ってます」

「は?」

「カリエとはそなたの心に住まう人か?」

「貴方の後ろにいるわよ?」

「は?」


 今度は視線が俺に集まる。

 いやちょっと、待って、待って、待って、待って!

 俺とクラサの関係なんて、クラスメイト、席が隣……せいぜいが友達でしょ?

 ほぉ、と鋭い視線を向ける王子に対し、俺は激しく首を横に振った。


「違う、違うから!」

「昨日も一緒に寝たし」

「は?」


 寝た?

 俺とクラサが寝た?

 昨日?

 それ授業中の話!!

 魔紋陣書くのに飽きて寝ようとしたら、クラサも顔を伏せて寝てただけぇ!!


「今日の私の下着の色は?」

「ピンク……はっ!?」


 それ誘導尋問!!

 ってか見たの知られてる!!

 王子の目が据わっている。


「いや、ちが——」

 弁明する前に、王子の平手が俺の頬をはたく。

 めっちゃ痛い。


「余はそなたに六道の神に誓って決闘を申し込む」

「は?」

「断れば死罪となる」

「は?」


 王子はそう言って俺とは反対側になるクラサの隣の席に座った。

 元の席の住人は「そこ僕の席」と言いたそうだったが、肩を落として新たな席へと旅立っていく。


「じゃあ、授業を始めるぞ」


 どうやら担任はこの不条理を収める気はないらしい。

 めちゃくちゃニヤニヤしている。


「あっと、俺の中で不純異性交遊は校則違反だ。カリエは放課後、生活指導室に来い」

「は?」


 俺の中でって何?

 横を見ればクラサが親指を立てる。


「頑張ってね」

「は?」











 休憩時間になれば王子の周りは人だかりが出来ている。

 文系も、理系も、噂を聞きつけ隣の教室から来た体育会系も関係なしだ。

 そしておれの周りにも人だかりが出来ている。

 ちなみにあっちは女子で、こっちは男子だ。

 和気あいあいと話す王子と、なぜか椅子の上で正座させられる俺。

 あぁ、早退したい。


「なぁ、カリエ被告。お前は自分の犯した大罪を分かっているのか?」


 理系リーダーが複雑な紋様が描かれた魔紋陣をちらつかせる。

 文系リーダーはすでに詠唱を始めているが、それ灰も残さず焼き尽くす魔術ですよね?

 体育会系リーダーはすでに魔力の循環を終え、微かに光る指先で王国銅貨をクシャリと潰した。

 ねぇ、なんで君たち一致団結してるの?


「くっ、いいか、よく聞け。そもそも俺とクラサが釣り合うと思うのか?」

「思わないから怒ってるんだよ」


 薪に火をくべたようだ。


「ま、待て。はやまるな! 殺人罪は重いぞ! お、おい、クラサ、お前も何とか言え!」

「なに? ダーリン?」


 あかん!!

 こいつめっちゃ楽しんでる!!

 俺の命の危機を楽しんでる!!


 今まさに文系リーダーが詠唱を終え、理系リーダーが魔紋陣を発動させようとし、体育会系が拳を握った時、俺を救ったのはまさかの人物だった。


「待て! 余はその男に神に誓って決闘を申し込んだ。邪魔するのならば死罪と思え」


 王子の言葉に文系、理系、体育会系も怒りの矛先を収めた。

 どうやら俺の寿命はほんの少し伸びたようだ。





 授業が始まり、俺は考えた。

 俺はいわゆる落ちこぼれだ。故に無所属なわけだ。

 ちょっとした秘密はあるが、魔術の能力としては学院の下層に位置する。

 魔術には1~10までの階級があり、俺は文系2階級,理系2階級、体育会系2階級だ。

 学院1年生の平均が3階級である。

 3階級までは努力で何とかなるらしいが、その上の4階級,5階級と1つ上がる度に大きな才能の壁が存在する。

 学院在籍時に5階級を取ろうものなら、エリート街道まっしぐらだ。

 国の筆頭魔術師でも7階級だもんな。


 ちなみに女子との会話で聞こえてきた王子はというと、文系5階級、理系4階級、体育会系4階級。

 瞬殺である。

 これはもう土下座……いや、靴くらい舐めないと俺の命はないだろう。

 その原因と言えば、机に顔を伏せて就寝中だ。

 こいつは俺とは逆に優秀過ぎて無所属なわけで、寝ていたところで注意もされない。


「まったく。何がしたいんだか」


 クラサの奔放さは身に染みて分かっているが、今回はやり過ぎだ。

 ガチで命の危険を感じる。

 ふと、王子を見れば授業は真面目に受けているようだ。

 何とか和解策を考えるが、時間だけが過ぎていくのだった。








 放課後、ダッシュで教室を飛び出した俺は簡単に担任に捕まった。

 引きずられるように生活指導室に監禁されると、先客がいた。王子だ。


「とにかく座れ。天九も座れ」


 逃げるのを諦めておずおずと椅子に座ると、王子も相向かいの席に座る。


「まぁ。不健全性的行為はともかくとしてだな、さすがに俺も生徒の死は少し悲しい」


 少しってなんだよ、少しって。

 憐れんだ目で俺を見るラーマだが、それ冤罪です!


「しかし余は六道の神に誓って決闘を申し込んだ。神に恥をかかせるわけにはいくまい」

「まぁ、そう硬いこと言うなよ。ここは六道国じゃなくて魔術大国リーアレインだ。それに決闘するなとは言わない。決闘のルールを変えろってことだ」

「ルールをどう変えると?」


 王子もさすがに担任の言うことには耳を貸すようだ。

 俺は心の中で「穏便な方法で!」と、ラーマに祈った。


「明日、魔の森で演習がある。その時の実績で勝負しろ。魔獣を倒した数や、その強さで俺が勝敗を決めてやる」


 先生!!

 ラーマ先生!!

 それで行きましょう!!


「それで余が勝てば、その男は余の姫から手を引くのか?」


 俺は大きく頷いた。

 そもそも付き合ってもないし。問題は何もない。


「あぁ、俺が責任もってそうさせる。なんならこいつを去勢させる」

「は?」

「では承知した」

「は?」


 は?

 なに言ってんの?

 あんた先生だよね?

 冤罪って分かっているよね?


 喉まで暴言が上ってきたが、俺はそれを飲み込んだ。

 下手に何かを言えば、また王子との決闘、もとい死刑に直行だ。


 王子が生活指導室を出ていくと、ラーマは歯をむき出しに笑った。


「安心しろ、俺は教師だ。もしお前が逃げ出したら責任もって見つけ出し去勢してやる」

「は?」


 は?

 俺は何を安心すればよいのだろうか?


















 翌日。

 きりきりと痛む胃を抑えながら、俺は魔の森に辿り着いていた。

 逃げ出す選択肢を封じられた俺は、何度隕石が降ってこないかと祈ったことか。


「いいか、これは演習とはいえ命に関わるものだ。決して気は抜くな。知っているだろうが、この魔の森は奥に進めば進むほど魔獣の強さは増していく。自分の実力以上に進もうとするな」


 魔の森は誰でも知っている魔獣の巣窟だ。

 不思議なことに魔獣たちはその森から出ることがないために、こうして演習などに使われている。

 もっとも、この森を踏破しようと何千人もの人間が挑戦したが、いまだにそれを成し遂げたものはいない。


「個人、チームどっちで挑んでも自由だ。俺たち教師陣も様子を見るが、安心はするな。ここに聖堂教会の神父が待機している。怪我した場合は迷わず戻れ」


 ラーマの後ろにいるのは、いわゆる癒し系。傷を治す魔術が使える神父達だ。

 死んだ人間を甦らせる事は無理だが、あらかたの怪我など治してしまうらしい。


「どっちが優れているかこれではっきりするなぁ」

「後で泣くなよ。結果は決まっているがな」

「今ここで降参したっていいんだぞ」


 文系、理系、体育会系がバチバチと火花を散らしている。

 君らこういうの好きだもんね。


「それでは開始する。終了の合図が出たらすぐに戻るように!」

「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 我先にと文系、理系、体育会系の奴らが森へと突っ込んでいく。

 若いっていいなぁ……同じ年だけど。

 残ったのは、俺、クラサ、王子の無所属組だ。

 王子を誘う連中がいるかと思ったが、奴らにとっては派閥争いの方が優先事項のようだ。

 さっ、俺は少し中に入って、怪我したからとすぐに戻ってくるとしよう。







 俺は森の中を歩いている。

 どんどんどんどん奥に向かって進んでいる。

 どうしてこうなった?


 隣にはクラサが歩いている。

 その隣には王子が歩いている。


 クラサは俺についてきた。

 めちゃくちゃ拒否したが強引についてきた。

 そしたら王子もついてきた。

 姫を守るのも余の務めだとついてきた。


 ちなみに魔獣は王子が一人で倒してる。


「ふっ。これで余とそなたの差がはっきりしたであろう?」


 自慢げに己の魔術能力の高さを披露するが、はっきり言っていい。

 勝てる確率なんて万分の一もないし、そもそも俺は勝負を降りています。

 

 王子の魔術は独特だ。

 高階級の魔術を発現しているのに、その詠唱は短い。

 どうやら手で印を組むことで、詠唱を省略しているみたいだ。

 始めてみる技法だが、恐ろしく洗練されている。


「天九くんて凄いね。国の筆頭魔術師も狙えるんじゃない?」

「ふむ。残念だが余は王子。いずれは国に帰って務めを果たさねばならない。姫にはその隣にいて欲しいのだがな」

「それは残念、私はこの国を気にいってるから。出るつもりはないんだ」


 王子とクラサ()は楽しそうに会話している。

 俺、いなくていいじゃん。こっそり帰っちゃダメですかね?

 いや、ここまで来たら一人で帰れないや。


 しかし随分と奥に進んだ気がする。

 周りで聞こえていた爆音も、今は遠くに聞こえるだけだ。


「なぁ王子。あんたが凄いのは分かった。俺じゃそんな高階級魔術なんて使えないよ。だからそろそろ戻らないか?」

「えぇーっ!?」


 クラサが不満げな顔をするが、これ以上進むことに意味はない。


「カリエとやら、敗北宣言か? それも仕方ないか。余の勝ちだ。姫も異論はないな?」

「異論はいっぱいあるけど、お腹はすいたかな?」

「とにかく戻ろうぜ」


 そう振り返った時だ。

 一斉に魔の森の鳥たちが幹から羽ばたくと、微かな振動が地面を揺らす。

 異変に気付いた王子が印を組み、クラサが身構える。


「古印と盟約により冥玄よ、力を貸せ。その氷の姿を槍と化して余の敵を突き刺せ」


 王子が地面に両手をつくと、地中から何本もの氷の槍が打ち出される。

 樹木の陰から姿を現した4つ足の魔獣の群れが俺たちに飛び掛かってくるが、王子の魔術にくし刺しにされていく。

 次々と現れる魔獣の群れ。

 王子が高階級の魔術を駆使するが、その数は増える一方だ。


「詠唱が間に合わぬ。姫、それにカリエとやら、先に逃げよ。余も後に続く」

「ちょっと待って! これおかしいよ!」


 間を取るように魔獣の群れは俺たちを囲むように身を低くした。

 それなのに地面を伝う微かな振動が収まらない。


「グォォォォォォン!!」


 咆哮とともに飛び出してき来たのは、周りにいる魔獣の10倍はありそうな巨躯の魔獣だった。

 その威圧感だけで、どれだけ力の差があるかを本能が察知する。

 俺など微塵も相手にならないだろうと。


「周りの魔獣だけでも余の手に余る。ここまで進んだ失態は余にある。なんとしても道を作るゆえ、必死で逃げよ」


 王子の手が震えていた。

 俺だって震えている。

 だが、一人。好戦的な笑みを浮かべているやつがいた。


「天九くん格好いいね。見直しちゃった。私が、あの大きいのをやるから天九くんは周りをよろしく。カリエは……どんまい!」


 どんまいじゃねぇし!

 俺は大きくため息を吐いた。


「王子、俺がフォローする。周りの魔獣を警戒しつつここを離れるぞ」

「姫を置いていく気か?」


 王子が俺を睨みつける。

 まぁ、気持ちは分かるが、なにせここじゃ、クラサが一番強いんだから仕方ない。


「心配するな。クラサは王子の10倍は強い魔術師だ。巻き込まれるぞ」

「姫が!?」


 王子が視線を向けると、親指を立てて応えるクラサ。


「いっくよー!! 神降ろし!!」


 まばゆい光がクラサを包み込む。

 神降ろし。

 それは文字通り、神をその身に降ろす秘術。

 どんな神が下りてくるかは分からないらしいが、以前雷を司る神を降ろした時は、この世を地獄に変える雷が無数に降り注いでいた。俺が生まれて初めて死を覚悟したのもこの時だ。


 とにかく離れようと王子を引っ張るが、身動き一つしない。

 そのうち光が収まると、体が2倍ほどの大きさになり、やけに筋肉隆々のクラサが立っていた。


『我はルマス。戦いの神なり。我に立ち向かうならば死を覚悟せよ』


 すっと下ろした右腕に、光の剣が突如現れる。

 良かった。どうやら体育会系の神のようだ。

 クラサに文系の神が降りると、超高階級の魔術を無詠唱で連発するからな。

 まぁ、神そのものだからヨイショする詠唱が要らないのは分かるけど。

 もし炎の神が降りてたら魔の森は一面焼野原だ。


「グォォォォォーン」


 獲物の危険度が跳ね上がったのを本能で感じ、吠える魔獣。

 だが、咆哮と同時にクラサ(ルマス)によって森の奥へと蹴り飛ばされていた。

 剣持ってるのに蹴りって。これだから体育会系は。

 吹っ飛んだ巨躯の魔獣を追撃するように森の奥へと消えていくクラサ(ルマス)

 残ったのは俺に王子に魔獣の群れ。


 そのままどっか行ってくれればいいのに、俺と王子を獲物と定めたようだ。


「王子、ほら、やるぞ。おい、王子?」


 クラサ(ルマス)の向かった先を見て呆ける王子。

 気持ちは分かる。知ってる俺だってドン引きだ。


「……美しい。姫は女神だったのか?」

「は?」


 思わず王子の頭をはたいてしまう。

 一度王子は眼科に行くことをお勧めしよう。


「王子、そんなこと言っているうちに喰われるぞ! 先に言っておく、ガッカリさせて悪いが、俺の使える魔術は2階級まで。火力不足だ」


 そう言って俺は両手を前に突き出し、炎のつぶてを発現させる。

 俺の作り出す炎なら大事にならないだろうし、最悪王子が何とかしてくれるだろう。

 だが王子は動かない。

 変わらず呆けたようにこっちを見ている。


「そ、そなた、理系か? 魔紋陣をいつ使った?」

「あいにく俺は文系も理系も使えねぇよ。ただの無詠唱魔術師だ。ほんと頼む。俺だけじゃ無理!!」


 そう。俺は文系も理系も使えない。自身の魔力のみで魔術を発現させているだけだ。

 だから低階級の魔術しか使えない。

 いや、ほんと、俺だけじゃ無理だから。


 ようやく目の光の戻った王子が印を組む。

 高階級魔術を発現させる。

 俺に出来ることは、その発現から発現までの間、王子を守ることだ。

 こっちは無詠唱。魔術は連発できる。

 魔獣の気を引きつける程度なら問題ない。

 情けないが、つまるところ——


「とどめは任せたぁぁ!!」













 ————


「そっちは終わった?」


 俺たちが精魂尽き果ててへたり込んでいると、少し制服が破れているが、傷一つない状態でクラサは戻ってきた。


 解せん。

 あの大きさになれば服は破れ散り、いやーんな格好になっているはずなんだが。

 これが神の加護か!?


「姫も無事か。こちらはなんとかなった」

「もう無理」


 俺が両手を上げて寝転ぶと、クラサは顔を破顔させる。


「ふむ。勝負は余の負けだな。いや、負けた気はないが、決闘は無かったことにする」


 王子は自分で納得するように呟くと優しく笑った。

 決闘なんてすっかり忘れていた。


「姫。余は王族ではあるが人間だ。天女を欲しても良いが、女神を欲すれば神々の逆鱗に触れることとなろう」

「あぁ、やっぱり人間は人間が1番。人外は範囲外ってことぼふぉへ!!」


 クラサに笑顔で腹を踏み抜かれた俺は悶絶した。


「天九くんにはもっといい人が見つかるよ」

「ふむ。女神以上とは望めぬだろうが……期待するとしよう。それにカリエ」


 王子は苦しんでいる俺に手を差し伸べた。

 涙目になりながら手を取ると、そのまま起こされる。


「そなたが無詠唱魔術師とはな」

「絶対に誰にも言うなよ」


 万人に一人いるかどうかの無詠唱魔術師の末路など見えている。

 力があれば別だろうが、国に監禁。一生実験体だ。


「言わぬよ。しかし惜しいな。そなたはその才能の半分も生かしてはおらん。その気になれば余と同等の、いや余以上の魔術師になれるであろうに」

「俺はこれで精いっぱいだよ」

「ふむ。その気になったらいつでも言うがよい。余が直々に手ほどきしてやろう」

「結構だ。王子に手ほどきを受けたら、死ぬ」

「ふむ。では仕方ない。しかし余が認めた者に王子と呼ばれるのはムズ痒い。天九と呼べ」

「分かったよ……天九」


 天九と視線が絡むと笑いがこみ上げてくる。

 二人で大笑いしているとクラサが俺たちを抱えるように抱きついてきた。


「じゃ、お腹すいたから帰ろうよ」






 外に戻ると俺たちの様子を感じ取ったのかラーマがニヤニヤしていたが、決闘の勝敗については何も言ってこなかった。

 文系、理系、体育会系の奴らは痛み分けに終わったのか、倒れ込みながら論争を続けている。


 こうして長い一日は終わるのだった。

















「なんでこの言葉の配列の美しさが理解できないんだ?」

「お前こそ、この黄金比たる紋陣の価値が分からないのか?」

「全くこれだから頭脳派は。頭じゃなくて肉体で感じろ!」


 毎朝、毎朝こいつらはよく飽きないものだ。

 定番の論争を見ていると、クラサがひょっこりと顔を覗かせる。


「ねぇ、カリエ。今日はどっちが先に手を出すと思う?」

「……体育会系にCランチ」

「なら私は理系にAランチで」

「なら余は文系にSランチだな」


 あの演習以来、この賭けに天九が加わった。

 ルールは簡単、一番遅く発現した派閥を賭けた者が、自分の言ったランチを奢るのだ。


「あのな、天九。いつも奢ってもらってご馳走様だけど、お前12連敗中だぞ」

「ふむ。カリエは分かっておらんな。余は王族。人の後に倣うものではない」

「せめてAランチにするとかさ」

「私はSランチ好きだよ? 高価すぎて普段食べられないし」

「ほら見よ、女神が喜んでおる。それだけでも余の勝利のようなものだ」


 クラサを姫から女神へと呼び方を変えた天九だが、あれを見て女神と呼べるなら精神科に行った方がいいと思う。

 あれは化け物です。


 改めて話すと、天九はめちゃめちゃ良い奴だった。

 演習でも俺やクラサを身を挺して逃がそうとしてたしね。

 王族のプライドは相変わらずだが、他人を卑下せず誰にでも優しい。

 正直クラサは勿体ないことをしたと思う。


 その天九だが、クラスの連中と仲良く話をしたりはするものの、だいたいは俺かクラサの傍にいる。

 無所属が3人になったようなものだ。


「あっ、体育会系がいった!」

「時点は理系ね。天九、ごちそう様!」

「ふむ。文系の連中を余が鍛えなおさねばならぬか」


 賭けも終わると間もなく授業の始まりだ。

 すると天九は俺の耳元で囁く。


「で、二回戦はどうする? 余は白に特盛フルーツだ」

「なら俺は黄色にケーキだ」


 まぁ、女神と称えていようが天九も男。

 俺と天九には秘密の賭け事が出来た。


「ほら、先生もうすぐ来るよ」


 そう言ってクラサはいつも通り豪快に椅子に座る。

 天九が小さく首を振り、俺は小さく呟いた。



「特盛フルーツご馳走様!」







——王立高等魔術学院教科案内——



文系


古語……古代語で主に古き神から力を借りる詠唱を勉強。

現代語……現代語で主に若い神から力を借りる詠唱を勉強。

外国語……外国語でその地に住まう(以下略)



理系


数学……規則正しい方程式を学び魔紋陣の配置を計算します。

化学……既存の魔紋陣を組み合わせる事で新しい反応を勉強します。

物理…… 自然物や自然現象を観測することにより、それらの仕組み、性質、法則性などを魔紋陣に取り入れます。

書道……書道!? ひたすら魔紋陣を模写します。


体育会系


体育……体内で魔力を練り身体能力を上げる訓練をします。




選択科目


その他


歴史……魔術の歴史を学びます。学院生の1.5%が学びます。


地理……その地の名産品を学びます。あまり誰も取りません。


音楽……歌と踊りで精霊と交信します。めちゃくちゃ優秀な精霊召喚が出来ます。学院生の0.5%が取ります。


癒し系


保健……人体のつくり、神秘を勉強します。担当教師のバインバイン先生と細マッチョ先生が、どこをさすれば(魔力が)大きくなるか、どこを擦ると(魔力が)潤滑するかも教えてくれます。選択なのに学院生の98%が選びます。




さぁ、貴方も王立高等魔術学院で学びませんか!










お読み頂きありがとうございました。

楽しんでいただけたなら↓の評価などをよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 語り手のカリエが少しばかり不憫ですね。しかし落ち込んだりいじけたりすることなく、テンポの良い切り返しやツッコミを入れる鮮やかな語り口が心地良くて、軽快に読み進めることができました。 ストー…
[一言] 短編ながらしっかりとしたハイファンタジーですね! 設定もキャラも面白く、どんどん読めました。 続きが読みたくなるようなラストですが、短篇としてもきちんと成立しているのが良きです!
感想一覧
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