番外編 新しい異能
「アーク様、見て下さい」
エステルがそう言いながらアークレインに向かって手の平を差し出してきたのは、昼下がりのティータイムを楽しんでいた時だった。
彼女の手の上には、小さな紙がある。
「何? 手紙?」
「違います」
受け取ろうとすると、すいっと手を引っ込められた。
そして、彼女は真剣な表情で掌の上の紙を睨みつける。
すると、紙が宙に少しだけ浮かび上がり――ふわりと元の場所へと戻った。
「どうですか?」
エステルは得意気な顔を向けてくる。
「……えっと、手品?」
首をひねりながら尋ねると、彼女はむうっと膨れた。
「違います、念動力です! 頑張ったら使えるようになったんです!」
アークレインはエステルの発言に目を丸くした。
「使えるようになったの? 本当に?」
「はい。アーク様の真似をして、手からマナを放出する練習をしてみたらなんとか。ただ、紙を浮かばせるのが精一杯なんですけど」
エステルは手の平を再び凝視した。
すると、上に乗っていた紙片が、また宙に浮く。
「これ以上の重さになると無理なので、全く何の役にも立ちそうにないです。手品と勘違いされても仕方ないですね」
エステルは苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
「そうだね。けど、大多数の『覚醒者』はこんなものだよ」
アークレインが教えると、エステルは目を丸くした。
「そうなんですか?」
「前に王族以外の『覚醒者』は大した事ないって教えなかったっけ? 比較的能力が高い人でも十キロくらいのものを持ち上げるのが限界だったと思う」
「それだと、確かに普通に手で持つ方が手っ取り早いですね。こんな紙を持ち上げるのでもすごく疲れます」
宙に浮いていた紙がエステルの手元に戻った。
「王族の方々って凄いんですね。空を飛んだり、飛竜の突進を防いだり……」
「うん。否定はしない。けど、力が大きい分、制御できるようになるまで結構大変なんだよ」
子供の間は異能を封じる枷を付け、訓練を繰り返す。大きすぎる力が暴走したら、周囲の人間を傷付けてしまう。
「何となく想像はつきます。特別な力があるのは、必ずしもいい事ばかりではないですよね」
エステルは眉を下げた。
彼女は瞳の異能のせいで苦労しているし、アークレインが怒りのあまり念動力を暴走させかける所を見ている。
「……どうして念動力を使ってみたいと思ったの?」
「以前アーク様が猫と遊ぶのに使っていたので、私もやってみたくって……」
予想外の答えが出てきたので、アークレインは呆気に取られた。
「念動力が使えると便利ですよね。ご自身が動かなくても明かりを消したり、遠くのものを手元に引き寄せたり……。羨ましかったです」
つまりエステルは横着をするために念動力が使いたいらしい。現金な理由に思わず笑みが零れた。
「エステルの異能の方がずっと凄いと思うよ」
「客観的にはそうでも、好きでこの能力を手に入れた訳ではありません」
エステルは膨れた。
「ごめん」
瞳の能力のせいで、エステルは見たくないものを『視て』きた。
また、その能力に目を付け、強引に自分の婚約者として迎えたのはアークレインだ。
そのせいで色々と危険な目に遭わせてしまった。
「……でも、今ではこの異能があって良かったと思ってますよ。アーク様と出会えましたから」
エステルはアークレインに向かって微笑んだ。
「念動力まで手に入れたら、君の価値がますます上がるから困る」
アークレインが顔を顰めた。
最近のエステルは、瞳の能力の制御を覚え、不必要な時は抑える事ができるようになったらしい。
また、申告しなければ他人にはわかり辛い瞳の能力と違って、念動力はわかりやすい異能だ。
外部に漏れたら面倒になるなと考えていたら、目の前からクスクスと笑う声が聞こえた。
「もしかして『視た』?」
尋ねると、エステルの手がアークレインの額に伸びてくる。
「視るまでもなくわかりますよ。そんな顔をなさっていたら、皺が固定されてしまいます」
細い指がアークレインの眉間に触れた。
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