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無口で怖いとクラスで有名なギャルの和水さんが、僕だけに優しいんですけど  作者: 美濃由乃


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僕だけの和水さん④


 ドラマとか映画で、物語のクライマックスに主人公から証拠を叩きつけられた殺人犯の気持ちが今なら分かるような気がした。


 喩えるなら僕は今、海にある切り立った断崖に追い詰められているような状況だ。


 昨日、和水さんと手を繋いで一緒に帰る姿を見られてしまっていただなんて、まさしくこれこそが一生の不覚というやつだろう。


 確固たる証拠を示され、もうどうにも言い訳の出来なくなった犯人のように、僕はうっすらと苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


 そんな僕とは反対に、トイレの住人の皆さんは楽しそうにお笑いになられている。


 人の笑顔というものは、普通なら見ている方も何となく明るい気持ちになれるような素晴らしいもののはずなのに、僕は皆さんの笑顔を見てもちっとも楽しくはなれそうもなかった。


 皆さんがその顔に浮かべているのは、こちらをバカにしているのが真っすぐに伝わってくるような薄ら笑い。


 それは見ていても愉快なものではなく、ただただ不快にしかならなかった。


「いやぁ~、俺はびっくりしたよ。だってあの和水さんがさぁ、こんなのと手を繋いでるだなんて想像もしなかったもん。最初は俺の目がおかしくなったかと本気で思ったわ」


 相変わらず肩を組まれている状態のせいで、彼の臭い息がダイレクトに顔にかかって気持ち悪い。


 絶対こいつは虫歯がいっぱいだ。


 もしくは歯周病かもしれない。


 息が臭いんだよ、歯医者に行け。なんて言えたらどれだけ気持ちいいだろうか。


「はは、あの、じゃあ見間違いじゃないですか?」


 まぁ僕には言えるわけがないのだけれど……。


「まぁ見たのが俺だけならそうだと思ったんだろうけどな、ちゃんとここにいる全員が見ちゃってるんだわ」

「じゃ、じゃあ皆さんが見間違えたとか」

「俺らの事バカにしてるんか?」

「……いえ、とんでもございません」


 鼻先が触れそうな距離で凄まれたせいで、臭い息がダイレクトに襲い掛かってきた。


 あまりに臭い息の刺激で視界が潤む。


 軽く涙目になるとトイレに爆笑の渦が巻き起こった。


 皆さんには、単純に怖くて僕が泣きそうになっていると思われたのだろう。


 もう散々だった。せめてその息を顔にかけるのだけでも止めてほしい。


 けれど、いくら心の中で強気な事を考えても、僕にはそれだけの事を口にして言う勇気はなかった。


「おいおい泣くなよ。俺たちは別に鼻血君の事を虐めてるわけじゃないんだぞ? あとで変に騒がれても困るからよ、そこんとこちゃんと分かってくれてる?」

「はい……もちろん分かってます」

「よしよし、分かってくれりゃいいんだ。俺たちは和水さんとどうやって仲良くなったのか知りたいだけ。それでこうして丁寧にお願いしてるわけだからな」


 何が丁寧にお願いしてるだ。


 こっちの話しを聞かずに事情を無視し、無理やり逃げ場のないトイレまで連れ込んで、挙句の果てには大勢で囲んでおいて、どの口がお願いなどと言うのだろうか。


 もしこの状況が丁寧なお願いになるのだとしたら、本当に丁寧なお願いをしている普通の人達は、皆が神対応をしているという事になってしまう。


 それにだ、僕にだってどうして和水さんが構ってくれるのか分からないのに、和水さんとどうやって仲良くなったのか、なんて聞かれても困る。


 クラスでも目立たず誰からも気にも止められない僕に、何故か優しくしてくれる和水さん。


 和水さんが優しくしてくれる理由は、一番初めに教室の掃除をいきなり手伝ってくれた時から、ずっと僕の中でも疑問だった。


 だから最近は、どうして和水さんが構ってくれるのかを僕も探ろうとしていたくらいだ。


 それなのに教えてくれと迫られても、答えられる事なんて当然のように僕には何もないわけだ。


「俺らが知りたい事を教えてくれたらすぐ解放するって、な? だからほら、ちゃっちゃと教えてくれよ」

「えっと、でもですね……」

「なんだよ、言っとくけど嘘じゃねぇよ? 俺らホントにお前なんかには欠片も興味ないし、和水さんの事が聞けたらもうお前なんかに声をかける事も一生ないって誓えるぜ。だからそんなに自意識過剰になるなって」

「……そうじゃなくてですね。そんな事を僕に聞かれても困るといいますか」

「あぁ? まだとぼけんのか? 手を繋いで帰ってるところを見たってさっき言ったろ」

「いえ、とぼけるとかじゃなくてですね。僕にもどうして和水さんが構ってくれるのか分からないっていう事なんですよ」

「ん? なんだそれ、どういう事だよ?」


 やっと少しだけこちらの話しを聞いてくれそうな空気になった。


 この機会をみすみす逃す手はない。


 僕は、《《自分からは何もしていないのに》》、急に和水さんの方から構ってくれるようになった経緯を説明する事にした。


 もちろん和水さんとの想い出を、こんな奴らに全て教えてやるつもりはない。


 あくまでも表面上の触りだけを伝えて、それで僕にも分からないという事を理解してもらえばいいだろう。


「――というわけでして、《《本当に僕は何も、アピールとかしてないんですけど》》、和水さんがいつも構ってくれるようになりまして、僕もどうしてなのか理由を知りたいと思ってるところなんですよ」


 和水さんとの関係をかいつまんで説明して一息つく。


 これで僕に聞かれても、何も答えられる事がないという事は分かってくれるだろう。


 そう思って皆さんを見渡すと、何故か全員が額に血管が浮き出る程に攻撃的な笑みを浮かべていた。


 それは先ほどまでのこちらをバカにして、威嚇するような笑顔とは違っていた。


 むしろ何となく泣きそうにすら見える。


「え? な、なんで?」


 あまりに唐突な反応に理解が追い付かない。


 そんな僕の態度がまた気に障ったのか、皆さんがもの凄い勢いで詰め寄って来た。


「お前それ自慢か? 自分から何もしてないのに、あんな美人の方からいつも近寄って来るって、それ自慢か!? 彼女いない歴=年齢の俺らに自慢してんのか!?」

「ち、違いますよ!? なんでそうなるんですか!?」

「だってお前! そんな事現実であるわけねぇだろ! 漫画か!? こっちから声も欠けずに女の子が、しかも可愛い子が寄って来るって、お前は何なの? イケメンなの? それとも実は石油王なの? ふざけんな!!」

「ふ、ふざけてませんよ! ていうか皆さん一度も彼女いた事ないんですか!?」

「うるせぇな! わざわざ確認してくんじゃねぇよ! 傷に塩塗り込むんじゃねぇよ! 怖いとか言われて女の子が寄ってこねぇんだよ!」


 鼻息荒く興奮した様子の皆さんに詰め寄られて暑苦しかった。


 どうやら僕は意図せず地雷を踏み抜いてしまったらしい。


 というか理由がはっきりしてるならこんな事をしてないで、髪型とか態度を改善すればいいのに……。


 とにかく困った。まさかこんな反応が返って来るとは思わず状況を悪化させてしまった。


 どうすればこの状況を切り抜ける事ができるだろうか。


 あたふたしたまま僕が頭を悩ませていると、不意に誰かが呟いた――



「なぁ、鼻血君の話しが本当ならよ……こいつとスゲー仲いい友達のふりをすれば、俺たちも自然と和水さんと仲良くなれんじゃねぇか?」


 その瞬間、トイレに歓声があがる。


 僕はもう頭を抱える事しか出来なかった。

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