2-1 カインハルト・グラスベルクは嫌われたい(カインハルト視点)
「……女性に嫌われるにはどうすればいい?」
意を決し、カインハルトは口を開いた。
「相談がある」と屋敷の談話室に招いた三人は、まったく同じ表情をしてカインハルトを見返す。
「そうっすねえ……あ、清潔感をなくせばいいんじゃないっすか?」
一番最初に答えたのは、三人の中でもっとも年少の従騎士ラマだ。
「ひと月風呂に入んないとか、手入れしてない鎧着るとか――」
「汚いではないか」
「でも手っ取り早いっすよ。『不潔な人が好き!』って女の子なんていませんもん」
「臭いのは困る」
「いやオレだって臭い主人とか嫌っすよ」
「ふむ……しかしその発想はなかった」
カインハルトは腕組みをし、深くうなずいた。
やはり他者の知恵を借りるのは大事だ。
今まで女性を避けるために、物理的に逃げたり、わざと冷たい言葉を投げることしかできなかった。ラマの案であれば相手を傷付けずにすむ。
「もしも良い案がなければ、最終手段として全身に馬糞を塗りたくるとしよう」
「誰もそこまでやれなんて言ってないっすよ!?」
ラマは顔を引きつらせ、短く刈りあげた頭を掻きむしる。
「クソみたいな助言してんじゃねえぞラマ。坊ちゃんはなんでもすぐ鵜呑みにすんだから。話がややこしくなる」
これ見よがしなため息をついたのはフリントだ。
父方の叔父にあたり、遊撃隊の副隊長を務めている。幼いころから世話になっているため、感覚としては年の離れた兄といったほうが近い。
「坊ちゃんも坊ちゃんですよ。なに世迷言を言ってるんです。いま真に議論すべきは女性に好かれる方法でしょう。此度の件はいわば千載一遇。さっさと結婚してやることやって下さい」
フリントは意味ありげに目を細める。
「や……なにを破廉恥な! あといい加減『坊っちゃん』はやめないか!」
怒りとも焦りともつかない感情が花弁となって弾けた。
机の上のティーセットががちゃがちゃと悲鳴を上げる。
「死ぬまで女人を避け続けるなんて、どだい無理な話だったんです。だいたい、一目惚れして勢いで告白したのは坊っちゃんの方でしょうが」
フリントは怯まず言い返す。
表彰式に参列していたフリントには一部始終を目撃されていた。
「それは……一目惚れというか、あの時はこう……う、いや、なんと言えばいいか……」
カインハルトは今まで生きてきた中でもっとも歯切れが悪くなってしまう。
自分自身でも説明がつかなかった。
どうしてあんなことをしてしまったのか。
どうして恋衝が発動したのか。
魔術長官の執務室で再会するまで、名前すら知らなかった相手だ。
「いまさら二の足を踏むなど男の風上にも置けません。明日にはマリエルお嬢様がいらっしゃるのですよ。腹を括りなさいませ」
今まで沈黙を通していた家政婦長のシャーリーがぴしゃりと叱りつけた。
使用人の中で唯一の女性で、カインハルトの祖父の代から仕えてくれている。カインハルトを含めた屋敷の全員が彼女には頭が上がらない。
「だが、俺は良くとも彼女は……」
魔術長官から結婚を強制された時のことが頭をよぎり、カインハルトは気分が沈んだ。
恋衝に罹患していることが発覚しても定期的な身体検査があるくらいで、これといった制限はなかった。
だがマリエルは違う。
いきなり恋衝という不可解なものを突きつけられた上に、魔術長官の提案を断れば人としての自由と権利を奪われる。
(あの時、俺が近寄りさえしなければ、彼女の瞳に花が咲くことはなかっただろう)
恋衝にかかる原因は解明されていない。
それでも、カインハルトは因果めいたものを感じずにはいられなかった。
(こちら側の有責で婚約を破談にできれば、今後の彼女の身柄について嘆願できるはず……)
「カイン様。相手の心を憶測で判断してはなりません。慮ったつもりが余計なお世話だったということもあります。本人に直接尋ねてみれば良いではありませんか」
内心を見透かしたかのように、シャーリーは釘を刺す。
「……彼女と何を、どう話せばいい」
カインハルトは机に肘をつき、頭を抱えた。
「それくらいご自身でお考えください。もう『坊っちゃん』ではないのですから」
「っ……」
返す言葉もない。
押し黙っていると、虚空からにじむように青い花弁が現れた。机の上に鬱々と降りつもっていく。
恋衝は毎回かならず爆発が起きるのではなく、単純に花だけが発生することもあるようだった。特に、内に感情を溜めこんでいると出てしまいやすい。
感情を表に出すのが苦手なカインハルトとしては、爆発よりもこちらの方が厄介だった。どんなに外形を取り繕っても花が勝手に代弁してしまう。
「今まで散々女性を袖にしたツケが回ってきましたな」
フリントが顎髭を撫でてにやにやしている。
「オレ、未来の奥様に失礼がないように掃除してきまーす」
ラマはそそくさと部屋から逃げ出す。
「さ、カイン様。うだうだしていないでお召し替えの準備をしましょう」
シャーリーは老齢とは思えない力でカインハルトの腕を引いて立ち上がらせる。
「マリエルお嬢様に何をお伝えするかは自由です。が、まずは見知らぬ家に一人でやって来る心細さの慰労をして差し上げるべきですよ」
カインハルトの背中を平手で叩いて喝を入れた。
「……ああ。確かに、そうだな」
カインハルトは小さく笑みを作る。
嫌われる覚悟を決めたはずなのに、彼女の笑顔を思い浮かべていた。




