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堅物不器用な騎士様に告白されたら城が半壊しました~物理的に危険すぎる契約婚約生活はじめます~  作者: 甘酒ぬぬ
第1章

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1-4 騎士の憂鬱(カインハルト視点)

(……今後、表彰はすべて辞退しよう)


 国王補佐官のもったいぶった口上を聞き流しつつ、カインハルトは心の中で静かにため息をついた。


 もちろん表情には出さない。もともと感情の起伏が顔に現れにくい性質だ。意識しなくとも心の内を隠すことができる。


 儀礼剣を受け取ると、拍手が巻き起こった。

 突き刺さるような視線が、あちこちから降り注いでくる。痛みと不快感で気が滅入った。


 とかく女性は無遠慮にこちらを見つめてくる。

 苦手だ。

 仕事中であろうとプライベートであろうと、むこうにとっては関係ない。


 特に、警ら隊に配属された時はひどかった。

 カインハルトの顔見たさに夜間巡回に女性が殺到して揉め事が起きたり、女性が襲われるという事件が多発した。

 治安悪化の原因を作ったとして降格処分を受け、今いる遊撃隊に落ち着くまで様々なことがあった。


 回想を遮るように、左目がうずく。


 カインハルトはゆっくりと目蓋を伏せ、手を伸ばしたくなるのを堪えた。

 左目の虹彩には、恋衝を発症した証である「花の印」が刻まれている。女性を避ける免罪符、と言いかえてもいい。


 恋衝――感情の高まりに応じて起こる魔力暴発など、たとえ発症していようとも自分には縁のないことだ。誰かと契る気になど到底なれない。


 同じ遊撃隊の騎士から祝辞や称賛などを浴びせられていると、どこからか花の甘い香りが漂ってきた。


 花にも香水にも、これといって興味はない。


 にもかかわらず、カインハルトの足は香りの元を突き止めようと勝手に動き出していた。鼻腔から入り込んだ甘い香りに、脳が(そそのか)されているようだった。


 思考の糸がぷつりと切れる。


 気付いた時には医療班が控えている救護所の前に立っていた。


(もとより、ここには寄るつもりではあったが……)


 カインハルトは困惑しつつ、受付に声をかける。


「……すまない。事前に頼んでおいた物品を受け取りに来たのだが」

「あっ、はい! 少々お待ちください」


 対応したのは小柄な少女だった。やや癖のある、蜂蜜のように艶やかな金髪が美しい。

 少女の動きに合わせて髪が揺れ、花の香気がふわりと広がる。香水ではなく、瑞々しい生花の匂いだった。


(どこかで見かけた、か?)


 少女の髪色に懐かしさを覚え、カインハルトは首をひねる。顔を確かめようにも、分厚いレンズの眼鏡が邪魔でよく見えない。


 医療班に所属しているということは、少なくとも成人はしているはずだ。少女と呼ぶのは失礼かもしれない……が、他に適当な呼び方もない。


 少し膝を屈めて少女の顔を窺うと、間の悪いことに目が合ってしまった。

 レンズ越しのオリーブグリーンの瞳に、カインハルトは目を奪われる。


 最初、虹彩の色が左右で異なっているのだと思った。


 だがすぐに、違和感の正体に気付く。


 カインハルトが毎日見飽きているのと同じものが、少女の右目にもあった。

 罪人の証のような花の印――しかし、彼女の瞳の中にあるそれは、不思議と美しいものに見えた。


 ぐっ、と息が詰まる。呼吸の仕方を忘れたかのように、空気が肺に入らない。


 空気を求めて喘ぐと、視界一面に無数の白い光が明滅した。目を背けたくなるくらい、世界がまばゆく見える。


「――――」


 カインハルトの口から、言葉がこぼれ落ちた。


 決して誰かの目に触れてはならないものを落としてしまったような気がし、カインハルトの鼓動がにわかに速まる。


 それとほぼ同時に、後方から尋常ではない破裂音が(とどろ)いた。


「……あ、え、はい? すみません、爆音がすごくて、よく聞き取れなくて……」


 オリーブグリーンの瞳が申し訳なさそうに見上げてくる。


 耳をつんざく轟音のせいで、カインハルト自身にも自分が何を言ってしまったのか聞こえなかった。


 自分でもわからないものをどう答えるべきか――そんな困惑はすぐに解消した。

 カインハルトの意思に反して。


 独立した生き物のように唇が勝手に動いた。迷いなく音を紡ぐ。


「好きだ」


 カインハルトには意味のない音の並びに聞こえた。


 記憶している限り、今までの人生の中で誰かに向かって発したことはない。

 誰かに言われたことは――幾度もある。

 飽きるほど、うんざりするほど、どこの誰かも知らない者たちから。


(――『好き』、だ? ……俺が、名前も知らない彼女を?)


 ある一つの結論にたどり着いた瞬間、頭上で再び爆発が起こった。

 今の衝撃で砕けた天井の石材と、魔力光を帯びた淡く輝く青い花弁が降り注ぐ。


(こんな時に何を(ほう)けているんだ俺は)


 我に返ったカインハルトは、すぐさま(かば)うように少女に覆いかぶさった。

 押し倒した時の衝撃で、少女のかけていた眼鏡がはずれて床に転がる。

 少女の小さな身体は、いともたやすくカインハルトの腕の中に納まった。


(発症してからずっと気を張っていたというのに、こんな形で誰かを巻き込むなど……)


 心苦しさから、少女を抱く腕に力がこもる。少女の温かさが身体の奥にまで染みた。


「……すまない」


 カインハルトは呻くように言葉を絞り出す。


 先ほどの花弁をともなう爆発は、ほぼ確実に自分に原因がある。

 しかし恋衝についてカインハルトの一存では説明ができない。


 謝罪の言葉は、いつの間にか気を失っていた少女には届かなかった。

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