1-2 誰もがかぶれる麗しの騎士サマ
「コン、カツ……?」
タリアの言っていることが理解できず、マリエルは大きく首を傾げた。
「そ。お見合いよりもカジュアルな出会い探し、みたいな? ここだけの話、治療術士の女の子って騎士団の人たちに結構人気なのよ」
「こ、コンカツなんて困ります!」
マリエルは目元を隠すように前髪をかき寄せた。
(私には恋も結婚も、する資格なんてないのに……)
右目がじくじくと痛む。
できるだけ男性と関わりがないよう、女性の多い職場を紹介してもらったのに裏目もいいところだ。
「どうして? 聞いた話じゃ、十六の時に伯爵令息との婚約が破談に──」
思い出したくない記憶に触れられ、マリエルが声を上げようとしたその時だった。
廊下の方から金属靴の重く硬質な足音と、扉を叩く音が聞こえてきた。
「失礼する」
凛とした低音が調剤室に響き渡る。
扉が開き、来訪者の姿が見えると、室内がしんと静まり返った。
個人情報を好き放題漏らしていたタリアも、びくりとして口をつぐむ。
調剤室にやってきたのはひとりの騎士だった。
マリエルの瞳が自然と彼に吸い寄せられる。
黒に近い紺色の髪と、抜き身の剣に似た銀の瞳が印象的だ。
男の眉間には皴が寄り、不機嫌そうに口角が下がっていた。
だが、顔立ちの端正さと相まって、近寄りがたさすら魅力の一つに思えてしまう。
室内にいた女性班員たちも騎士の色香にあてられたのか、悩ましげなため息が漏らしている。
「あら、今日の主役が何しに来たのかしら」
タリアは嫌味っぽく呟き、肩をすくめた。
棘のある響きに、マリエルははっと我に返る。
「いらっしゃいませ、カインハルト隊長。何かご入用でしょうか」
受付にいた年配の男性班員が応対する。
「急ぎで回復薬を十、解毒薬を五つ頼む。携帯しやすい軟膏状がいい」
カインハルトと呼ばれた騎士は端的に用件を告げた。
「最速でも表彰式後になってしまいますが……」
男性班員は在庫の確認をしながら答える。
「無理を言ってすまない。式が終わり次第取りに伺おう」
「では大広間の救護所にお持ちしましょうか? お帰りの際に寄っていただければその場でお渡しいたします」
「承知した。お気遣い感謝する」
カインハルトはわずかに表情を緩め、注文書に記入していく。
左目をかすめる長い前髪が揺れた。
カインハルトの髪は一筋の乱れなく後ろに撫でつけられている。唯一、左側の前髪だけが不自然に長く、妙に目を引いた。
(あの方、どこかで……)
不躾だなと思いつつ、マリエルはカインハルトから目が離せない。
何かが引っかかる。
頭の中に霞がかかっており、答えにたどり着けない。
正体を暴こうと目を凝らすと、なぜか余計に視界が白くなった。
「ちょっと、マリエルちゃん! 火ぃ強すぎ!」
焦ったようなタリアの声で、マリエルは現実に引き戻される。
視界不良は、眼鏡の曇りが原因だった。
慌てて眼鏡をふいてかけ直すと、薬草を煮る容器からもうもうと水蒸気が立ち込めていた。
いつの間にかコンロの火力が上がり、容器を覆い包むほどの火柱が立っている。
「わわっ、すみません!」
さいわい炎はすぐに鎮火したが、その間にカインハルトは立ち去ってしまっていた。
マリエルは胸に冷たい風が吹いたような寂しさを覚える。
しかしすぐに、その感情を打ち消すために頭を揺すった。
「あら。マリエルちゃん、薬草に何かお花混ぜた?」
容器の中を確認していたタリアが、一枚の白い花びらをつまみあげる。
(うそ……花びら……。急に火柱が上がったのも、私の恋衝のせい……?)
マリエルはちくりとした痛みを覚え、胸元を強く握りしめた。
もう何年も発現していなかったため、完全に制御できるようになったのだと油断していた。白い花びらは、暴発した魔力の残滓だ。
「マリエルちゃんもああいうのがタイプ? みんな一度はあの手の男にかぶれるのよねえ」
タリアは指を払って花びらを容器に戻し、細めた目を廊下へと向けた。
「そういうわけでは……とても目を引く方だとは思いますけれど」
マリエルはぎこちなく微笑む。
胸を押さえた意味を勘違いしてくれたことにほっとする。だが、前髪をいじる癖は抑えられなかった。
「さっきの騎士サマはカインハルト・グラスベルク。第二騎士団遊撃隊隊長。式で表彰されるうちの一人ね。東方の雄、ブルーノ伯のご子息よ」
タリアは立てた人差し指を回しながら、諳んじるようにカインハルトの経歴を語り始める。
「元は警ら隊だったけれど、あのお顔のせいで女関係の揉め事が絶えなくて色んな部署をたらい回し。そのせいか筋金入りの女嫌い、って噂。最近だとクララちゃんが手酷く振られてる」
「タリアさん、そんな個人的な話を……」
マリエルは耳に手を当て、小さくため息をついた。
あれこれ世話を焼いてくれるのはありがたいが、タリアの口は滑らか過ぎる。
「知らない人のほうが少ないわよ。公衆の面前で『俺に近寄るな』って全力拒否されてたから。あの騎士サマが女の子を振るのは珍しい話じゃないけど」
「さっきから色々詳しすぎません……?」
マリエルは感心半分呆れ半分に呟いた。
「うふふ、婚活は情報戦よ」
タリアは唇を三日月形に吊り上げる。
(私には縁のない話ね。そんなことより――)
マリエルは容器の中の煮出した薬草液に視線を落とした。白い花びらが何枚か水面に揺れている。
(どうしてまた恋衝が……)
マリエルは唇を噛みしめ、花びらをすり潰すように薬草液を攪拌した。




