2-6 回りくどい男
◇
「まったく、これが武門の名家グラスベルク流の挨拶かい? 荒っぽいにもほどがあるね」
マリエルたちが一階に着くと、若い男性の声が聞こえてきた。
(もう起きてる? なんだか機嫌が悪そう……)
マリエルは胸の前で小さく息を整え、扉の取っ手に指をかける。
客間のベッドには、頭に包帯を巻いた青年が腰をかけていた。白金の髪を鬱陶しそうに掻き上げ、細めの眉を吊り上げている。
(……うそ)
マリエルの声は音にならなかった。
杭が刺さったかのように心臓が痛む。
マリエルの記憶の中の姿よりも大人びているが、彼を見間違えるはずがない。
「セヴ……セヴラン?」
おずおずと名前を呼ぶと、青年――セヴランは勢い良く立ち上がった。
「マリィ!」
他の誰にも目をくれず、一直線にマリエルの元に向かう。
「本当に、セヴなの?」
「まさかこんな形で君と再会するとはね、マリィ」
セヴランは問いかけに答える代わりに、まぶしそうに目を細めた。マリエルの身体に腕をまわす――よりも先に、マリエルの身体が後ろに引っ張られる。
「え?」
呆気に取られていると、目の前でぽんっ! と青い花が破裂した。花びらがはらはらと舞う。
「カインハルト、様?」
マリエルは首を巡らせ、自分の腕をつかんでいるカインハルトを見上げた。
「っ……勝手に触れて、すまない」
カインハルトは弾かれたように手を離し、顔を逸らす。
「いきなりなご挨拶ですね、カインハルト卿」
セヴランはマリエルをやんわりと押しのけ、カインハルトに詰め寄った。
「屋敷に着いて早々、どこからか飛んできた軍学書が頭にぶつかるわ、威嚇爆破を受けるわ……あなたとは初対面だと思いますが、僕に何か恨みでも?」
体格差をものともせず、セヴランは強気に指を突きつける。
「……暴発だった。申し訳ない。だが、不用意に他人の婚約者に触れないでくれ」
カインハルトは毅然とした態度で応じた。
「なるほど。制御は『しているつもり』というわけですね」
セヴランは指ではさんだ青い花びらカインハルトに見せつける。
「?」
「やれやれ、皮肉の通じない方ですか」
「皮肉……?」
要領を得ないカインハルトはわずかに頭を傾けた。
「ごめんなさい。セヴは昔からお話がちょっと回りくどくて」
見かねたマリエルはカインハルトの袖を引っ張り、耳打ちをする。
「マリィ!」
セヴランの厳しい声が飛んできた。
「だって本当のことでしょう」
マリエルは腰に手を当てて言い返す。
出会った当初こそセヴランのことは怖かった。
彼の性格を知った今では、きちんと言い返した方が良い事を知っている。
「『金髪男の話は回りくどい』……と」
カインハルトは律儀に言われたことを書きとめた。
「カインハルト様っ、復唱しないでください!」
「マリィ、なんなんだこの失礼な男は!」
マリエルを叱責した直後、セヴランの身体がぐらりと傾いた。床に膝をつき、包帯の巻かれた額を押さえる。
「セヴ!? とりあえず治すから横になって。怪我で意識を失ってたのよね?」
カインハルトに手伝ってもらい、セヴランの身体をベッドに横たえた。
「あぁ……馬車から降りた途端、どこからか本やらランプやら花やらが飛んできてこの有様さ」
(ちょうど爆発が起きた時に着いちゃったんだ……)
気まずさを顔に出さないように気を付け、包帯を外す。
セヴランの額には立派なたんこぶが出来ていた。本が当たった時に皮膚が切れたのか、うっすらと血が滲んでいる。
マリエルは深く息を吐き、手を患部にかざした。するとすぐに温かな治癒光が灯る。
「……初対面かつ、名乗りもせずに悪かった」
セヴランはカインハルトをちらりと見、ばつが悪そうな顔をした。
「今回、『恋衝対策管理官』として派遣された宮廷魔術士のセヴラン・カルナードだ」
「すでに存じているようだが、改めてこちらも名乗らせてもらう。第二騎士団遊撃隊隊長、カインハルト・グラスベルクだ」
カインハルトは騎士団流の敬礼をし、セヴランに向かって手を差し出した。
「あんたは色々と有名だからね」
セヴランはカインハルトの手を一瞥だけし、上体を起こす。
「それと……遅かれ早かれ知ることになるだろうから、先に言っておく」
傷の癒えた額に触り、セヴランは小さく息を吐いた。
「僕と彼女は、四年前まで婚約関係にあった。だからといって、どうというわけでもないけれどね」
カインハルトは一瞬言葉に詰まった後、瞳をマリエルに向ける。
いつもより瞬きが多いせいか、カインハルトの銀の瞳は揺らいで見えた。
瞳の奥にどんな感情があるのか、マリエルには読み取れない。
(事実を言われただけなんだけど……)
細く冷たい針を埋められたように感じ、マリエルはうつむかずにはいられなかった。




