2-4 速やかに番となって離縁しよう
◇
「お部屋はこちらをお使いください」
休憩の前に荷物を置いてはどうか、というシャーリーの勧めがあり、マリエルは二階へと案内された。
「お気遣いありがとうございます」
礼を言い、部屋の中に一歩入ったところでマリエルの足が止まる。
(……この部屋なんか変じゃない?)
年代物の筆記机に、軍学書が納められた本棚。
真新しいドレッサーに、ドレスと軍服がかかった衣装掛け。
レースの天蓋が取り付けられた、一人で眠るには広すぎるベッド。
ベッドサイドには鈴蘭の花を模したテーブルランプが置かれ、淡い桃色の光をたたえている。
まるで、二つの生活を無理やり一室に詰め込んだようだった。
「ばあや――シャーリー! そこは俺の部屋だ」
髪や服に花びらをつけたカインハルトが駆け込んできた。
「存じております」
シャーリーは平然と答える。
「……このベッドや家具はどういうことだ」
「ベッドはお二人が同衾するのに小さかったため新調いたしました。場所が余ってますし、マリエルお嬢様がお使いになる物を置いたっていいじゃありませんか、ねえ?」
同意を求めるように、シャーリーはマリエルに目配せをした。
「ええっ!? わたし、私は――」
置かれた家具の意味がわかり、マリエルは言葉に詰まる。
(押しかけた身で文句なんていえないけれど、さすがにこれはダメじゃない!? 婚約は魔術長官に命じられたことで、恋衝制御のためだし……それともこれも制御に必要なこと? 同衾が? っていうか同衾って――)
様々な想像が錯綜し、目の前がくらくらした。
流されるまま契約婚約を受け入れ、たいした覚悟もなしにこの場に立っている。
「シャーリー、彼女に迷惑をかけるな」
カインハルトは心の底から困ったようにため息をつく。
「よそ様の大事なお嬢様をお預かりするのですよ。もっとも安全な場所でお休みいただくのが道理でしょう」
「これのどこが安全だ!」
珍しくカインハルトが声を荒げた。
「カインハルト様のおそばは安全ではないのですか?」
シャーリーは怯まず聞き返す。
ぴくっとカインハルトの頬が引きつった。
「ほほほ。男子としてのご自覚があるようで安心いたしました」
シャーリーは余裕たっぷりに微笑む。
「恋衝の制御のために番になる必要があるのでしょう。それが婚前であっても問題ないではありませんか」
「あるに決まっている! それに、俺は言ったはずだ。彼女に嫌わ――」
「お茶の用意をしてまいりますので、どうぞそれまでお二人で親睦を深めてくださいな」
年齢にそぐわない俊敏さでシャーリーは退出し、扉を閉めた。がちゃり、と錠のかかる音がする。
「ばあや! ――くっ、どうして外から鍵が……!」
カインハルトは力任せにドアノブを回そうとするが、がちゃがちゃと音が鳴るだけだった。
ドアを叩いて叫んでみても誰の反応もなく、カインハルトは額を扉に押し付ける。
「……すまない」
うめき声のような謝罪だった。
「いえ。皆さん、とても賑やかですね」
マリエルは口元に手を当てて小さく笑う。
同衾だのなんだのと言われた時は面食らったが、カインハルトとシャーリーのやり取りから仲の良さが窺えた。
「あなたが来るということで、今日は特に浮ついている。恋衝と婚姻、二つの問題が一気に解決すると思っているのだろう」
カインハルトは嘆息し、花の印のある左目に触れた。
「カインハルト様は、今回の契約婚は気が進まないのですか」
尋ねた直後にマリエルは後悔した。
他者から結婚を強制されるなんて気が進まないに決まっている。
(でも、最初の告白はなんだったんだろう)
カインハルトはしっかりと自分のことを見て「好きだ」と言っていた。
そのことについて尋ねていいのかわからない。
もっと正確に言えば、話題に出す勇気がなかった。
「あなたこそ本心はどうなんだ」
心の中に踏み込むように、カインハルトが一歩近付いた。靴音がいやに大きく響く。
「申し訳ないと、思っています」
マリエルは背中を向け、天蓋の支柱に触れた。
「私が契約婚を受け入れたのはすべては保身のため。その我がままに、カインハルト様を巻き込んでしまいました」
「保身だけなのか」
カインハルトの声が沈んだように聞こえた。
マリエルが振り返ろうとするより先に、肩に手がかかった。強引だが嫌味のない強さで振り向かせる。
「ならば、速やかに番となって離縁しよう」
カインハルトは冷めた瞳で見下ろし、マリエルの顎に指先を添えた。




