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堅物不器用な騎士様に告白されたら城が半壊しました~物理的に危険すぎる契約婚約生活はじめます~  作者: 甘酒ぬぬ
第2章

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2-3 ぎこちない顔合わせ

「え、ええええええんえん遠ぽぽぽぽぽぽうよりおっおおおおおここここ越しいただだだだだだ――」


 カインハルトは違う意味で別世界の住人だった。

 何を言っているのかまったくわからない。


 マリエルが硬直していると、ラマとフリントがカインハルトの両脇を抱えて扉の奥に引きずった。


「何やってんですか坊ちゃん! 表彰式の時より緊張してるじゃないですか」


 フリントの怒鳴り声が聞こえる。


「すまない。ちゃんとメモをしたためたが覚えきれなくて……」


 申し訳なさそうなカインハルトの声も聞こえてきた。


「これくらい暗記してください! というか挨拶程度でメモなんか用意しない!」

「備えあれば憂いなしと――」

「活用できない備えはただのゴミ!」

「はい……」


 ――十数秒後。


 カインハルトは何事もなかったかのように扉から出てきた。表情はいつものようにキリっとしていたが、指先がそわそわと落ち着きない。


(とりあえず、こちらから挨拶するのが礼儀よね)


 マリエルはスカートの裾をつまみ、貴族作法に則った挨拶をする。


「本日よりお世話になります。宮廷医療班治療術士マリエル・フェンリースと申します」


 笑顔を作って見上げると、カインハルトは口元を手で覆い隠し、視線を逸らした。

 返事の代わりに、ぽんっ! と軽快な破裂音と共にカインハルトの周囲に青い花が発生する。


 マリエルは思わず笑みをこぼした。


 恋衝の症状が自分と同じなら、言葉にできない思いの数だけ花が現れる。

 絨毯のように咲いた花といい、本当は伝えたいことがたくさんあるのだろう。


「……カインハルト・グラスベルク。第二騎士団遊撃隊を預かっている。お互い正式に名乗るのは、これが初めてだな」


 見逃してしまいそうなくらいほんの少し、カインハルトの目元がやわらいだ。よく見ると、耳だけがほんのりと赤みを帯びている。


 マリエルは胸のあたりがじんわりと温かくなるのを感じ、ほっと息を吐く。


「今日は眼鏡をしていないのだな。不便ではないか?」

「実は、その……人と目を合わせるのが苦手で、かけていただけなので」


 マリエルは作り笑いをし、指先で前髪をいじる。


 嘘は言っていない。

 本当は花の印がある右目を隠すためだが、今言ったことも事実だ。


「俺も、人と目を合わせるのは苦手だ」


 カインハルトは目蓋を伏せた。長いまつ毛が頬にうっすらと影を落とす。


(……私じゃ釣り合わないな)


 多少言動はおかしいが、仕草の一つ一つが様になっている。隣に並び立つのが自分では相応(ふさわ)しくないとつくづく思う。


「そうなんですか? よく目が合うから、何か私におかしなところでもあるのかと」


 マリエルは苦笑し、ハチミツ色のくせ毛を指に巻き付けた。

 分厚い眼鏡とうねる髪の毛のせいで、男性から「あいつはナシ」と陰で言われたことが何度もあった。恋愛から遠ざかっていたとはいえ、良い気はしない。


(可愛いって言ってくれたの、家族以外だとセヴだけだったな……)


 四年前に破談になった元婚約者の顔がふっと頭によぎった。

 意識して考えないようにしていたのに、最近やけに思い出す。カインハルトと婚約することになったからかもしれない。


「――おかしくなどない」


 思いのほか強い否定に、マリエルはびくっとした。


「理由はわからないが、目が勝手に引き寄せられる」


 カインハルトは膝を折り、マリエルと目線を合わせた。

 銀色の瞳は見入ってしまうほど綺麗で、マリエルは熱の時のように頭の奥がぼーっとしてくる。


「……もう式挙げちゃっていいんじゃないっすか?」

「だな。とりあえず場所の手配するか」


 ラマとフリントの軽口が耳に入り、マリエルは一気に現実に引き戻された。

 慌てて周囲を見渡す。

 爆発や破壊もなし。白い花びらも、まだ発生してはいない。


(どきどきしても、毎回必ず何か起こるわけではないのね)


 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。

 覚えのある爽やかで甘い匂いが濃く香る。


「……カインハルト様!?」


 たった数秒目を離した隙に、長身のカインハルトを完全に覆い隠すほど青い花びらが積もっていた。

 花に埋もれたカインハルトはもぞもぞと動き、頭を抱えるようなポーズをする。


「あらあら、これじゃ花の柱ですねえ。お掃除が大変」


 シャーリーが花を手で払うが、カインハルトの姿は見えてこない。それどころか余計に花が増えていく。


「ラマ、フリント様。どうにかしてカインハルト様を救い出してお連れして」


 二人に指示を飛ばし、シャーリーはマリエルの方に向き直った。まったく動じず、穏やかに微笑む。


「こんな所で立ち話もなんですし奥へどうぞ。お好きなお菓子やお飲み物はあれば教えていただけますか?」

「はぁ、はい……」


 マリエルは花の柱を何度も振り返りながら、シャーリーの背中を追う。


(大丈夫かな……)


 視界の端で、白い花びらがひとひら落ちるのが見えた――気がした。

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