1-1 告白は爆発だ?
「──好きだ」
ドガァンッ!
爆発した。
比喩ではない。
城の大広間の天井がけたたましい音を立てて、本当に爆発した。
目の前にいる勇壮な騎士の口から、恋の告白が紡がれた瞬間に。
誰かが甲高い悲鳴を上げ、それを皮切りに場が混乱に支配される。
「……あ、え、はい? すみません、爆音がすごくて、よく聞き取れなくて……」
告白を受けたマリエルは、眼鏡のずれを直しながら聞き返す。
身の安全の確保よりも疑問のほうが勝った。
夜空に似た深い紺色の髪と、神秘的な輝きを宿した銀の瞳の騎士──今日の表彰式の主役であるカインハルト・グラスベルク。
かけ離れた世界の住人が、初対面の自分に告白するなどどうかしている。夢や妄想以外には説明がつかない。
(……というか、よく考えたら急な爆発もおかしいよね。夢かな、やっぱり)
今起こっている事象は現実ではない――マリエルがそう結論付けようとした次の瞬間、
「好きだ」
騒乱にかき消されることなく、先ほどよりも熱のこもった声がマリエルの耳に届く。
直後、爆音が鳴り響いた。
二人の真上の天井が、青白い光を放ちながら破裂する。光の一部が青い花びらへと変じ、爆風に煽られてゆらりと宙に舞った。
マリエルは心臓を冷たい手で撫でられたような感覚に襲われる。
(花びらをともなう爆発……まさか『恋衝』の暴発なの?)
答えの出ない問いが頭の中でぐるぐると巡った。
(私の心が揺らいだせいで、また――)
右目を隠すように押さえ、マリエルは自分に降り注ぐ瓦礫と花びらを呆然と見つめた。
◇
「本日より宮廷医療班治療術士として着任したマリエル・フェンリースと申します。どうぞよろしくお願いいたします!」
マリエルはやや上擦った声で自己紹介すると、勢いよく頭を下げた。
気のない拍手の音がぱらぱらと聞こえる。
すぐにずり下がってくるレンズの分厚い眼鏡と、緩くうねったハチミツ色のくせ毛を押さえながら、マリエルは顔を上げた。
「初日で悪いけど、すぐ仕事に入って。午後に表彰式があるから人手が足りないの。詳しいことは誰かに聞いて」
宮廷医療班副班長のクラリスは雑にあたりを指さし、目立つ長い赤髪をたなびかせて足早に医療班の詰所から出て行ってしまった。
医療班の班員たちも職務を開始するために各々散っていく。
(そこらへんって……)
ぽつんとひとり取り残されたマリエルは胸の前できゅっと両手を握り込む。
「はぁい、新人ちゃん」
「きゃっ!?」
不意にうしろから誰かに抱きつかれた。
「クララちゃん――副班長が愛想なくてごめんねえ。プライベートでやらかしちゃって機嫌悪いみたい」
マリエルにしなだれかかってきたのは、二十代半ばほどの女性だった。大柄で肉感的。身長が低く華奢なマリエルとは正反対のタイプだ。
「あたしはタリア。クララちゃんより医療班の歴は長いからなんでも聞いて」
タリアは慣れた風にウインクをすると、マリエルの手を引いてどこかへと歩き始めた。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
マリエルは小さく頭を下げ、タリアについていく。
「うちの基本業務は各種薬剤の精製と、城勤めしてる人の病気や怪我の応急処置。健康診断や相談を受けることもあるわね。有事がなければ楽な職場よ」
タリアに連れていかれたのは医療班の調剤所だった。様々な生薬の香りが漂っている。すでに何人かの班員が作業をしていた。
「今日のところは適当に回復薬作ってればいいわよ。午後は表彰式の救護所で待機してればいいだけだから。そんなに気を張らなくてへーき」
マリエルの緊張をほぐすように軽く肩を叩き、タリアは戸棚から薬草をいくつか取り出す。
「クラリス副班長はお忙しそうでしたけれど……」
回復薬精製の手順を頭の中で確認しながら、マリエルはクラリスの様子を思い出す。マリエルのことなど眼中にない感じだった。
「うふふ。表彰式のせいで余裕ないのよ。正確には式のせいっていうか、表彰される人のせいっていうか――精製水はそこのおっきい甕の中ね」
タリアは思わせぶりに微笑み、薬を煎じるための容器と魔力稼働式コンロを用意した。
「たしか、先の魔物討伐で功績をあげた騎士の方が何名か表彰されるんですよね」
マリエルは精製水を容器に流し入れ、記憶をたどるように目線を上の方に向ける。
(ええと、書簡に名前が載っていたのは、騎士団遊撃隊のカイン――)
「そんなことより、マリエルちゃんはどんな男がタイプ?」
タリアはマリエルの肩に手を置き、吐息多めの声で囁いた。先ほどからいちいち距離が近い。
「……はい?」
マリエルは頬が引きつるのを感じ、慌てて微笑みを作ってごまかす。
「王道ど真ん中の騎士? 家柄重視の近衛兵? それともインテリインドアな宮廷術士? はたまたワイルド系が多い傭兵?」
タリアはマリエルの困惑など気にする風もなく、一方的に早口でまくし立てる。
「な、なんの話ですか?」
マリエルは気圧されるように一歩後退った。
「医療班に来たってことは、婚活目当てじゃないの? うちに来るのは婚活希望のガツガツしたお嬢さんばっかりよ」
タリアは人差し指を自分の唇に押し当て、意味ありげに片目をつむってみせた。
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