5話 魔法的進化論 中
「これで最後かな」
炎球を放ち、固まって動くゴブリンをまとめて吹き飛ばす。
ドロップした魔石は回収し、アイテムボックスにきちんと収納する。
『いやー、すごいな』
『ゴブリンとはいえ、こんな一方的にやられるもんなんだ』
『もしかしてゴブリン、弱いのか?』
苦笑しながら肩をすくめる。
「そうやって油断すると、足元をすくわれるぞ?群れたゴブリンはDランク相当。一人前の探索者じゃ、すぐにやられる」
『つまり教授は最低でもDランク相当ってことか』
『魔法ってやっぱすげえ』
『ところで、進化の話はどうなったの?』
「進化……そうだな」
狩りに夢中になりすぎて、説明を忘れていた。悪い癖がでてしまったようだ。
「ここから十七層先、二十階層付近になると“ホブゴブリン”が出てくる」
『ゴブリンの上位種!』
『でも結局弱そう……ゴブリンですらこんなだし』
『見たい!絶対見たい!』
「もちろん、すぐに行こう──と言いたいところだが、少しだけ待ってくれ」
アイテムボックスを開き、中から何かを取り出す。
『なにこれ?』
『水晶……っぽいけど』
『もしかして魔水晶?』
「ご明察。貴重な魔水晶さ」
魔水晶──ダンジョン三十階層を越えたあたりで見つかる、魔力を豊富に含む希少な鉱石。
色もさまざまで、青、赤、紫など、ダンジョンによって表情を変える。
『半透明の魔水晶とか初めて見た』
『前に見たのは紫色だった気がする』
『俺が見たのは赤色だったな』
「ふふ、面白いものが見られると思うよ」
半透明の魔水晶をカメラの前にかざすと、不思議なことに色が変化し始める。
ゆっくりと、半透明から淡い水色へ──
『水色……?』
『色が変わった……??』
『????』
視聴者たちは文字通り混乱状態。そりゃそうだ。これまで誰も検証していない、完全に未知の現象なのだから。
「予想通り、これは禁則事項には触れないみたいだね。いやー、よかった」
かつて渋谷ダンジョンで起こった事故のこと。ダンジョン内で研究活動を行うと罰を受ける──という噂は、どうやら大きな勘違いだったのだ。
『そうじゃん!ダンジョン内で研究活動すると罰を受けるって』
『一向に現れる気配がないな』
『ってことは、そうじゃないってこと?』
「そうみたいだね。私からすれば、まあ当然の結果だけど──魔水晶の話に戻ろう」
『いやいやいや!こっちのほうが大事じゃない??』
『そうですよ教授?!いったいどういうことですか!』
『何か知ってるなら全部吐きなさい!』
まるで濁流のようにチャットが流れ、画面の文字は次々に消えては現れる。
視聴者の驚きや興奮が、そのまま画面の波となって押し寄せてくる。
文字の洪水をかき分けながら、微笑む。こうなることは予想済みだ。
お手本のような突っ込みを皆ありがとう。
「いやだってさ、明らかにダンジョンは人類を中へと誘っているだろう?それなのに、ダンジョンについての研究は許されないなんて……おかしいと思わないかい?」
『言われてみれば……確かに』
『あの事件が衝撃的過ぎて、以降だれもやらなかったしな』
『やった人はいるみたいだけど、みんな死んでるね』
「みな固定観念に縛られすぎていたんだ。ダンジョン内で研究すること自体が禁じられているわけじゃない、というのは今ので理解できたはずだ」
『じゃあ、なにがダメなんだろうな』
『安直に考えれば、ダンジョンの物理法則を解明するとか?』
『この魔晶石がたまたま例外ってことはない?』
「いや、例外ではないと思う。少なくとも私は、“研究する”という明確な意志を持って行った。それでも、罰は下らなかったのだから」
まあここから先は他の研究者に任せよう。私は屍に混じる気はない。
むしろ、その屍を礎にして先へ進みたいからね。──結局のところ、言わぬが花というやつさ。
今度こそ話を魔水晶に戻すため、手をパンパンと叩いて視聴者の熱をあえて断ち切る。
「この話はここまで!私はこんなことよりも、さっさと魔水晶について説明して二十階層に向かいたいんだ」
『それはそう。ホブゴブリン見てみたい』
『釈然としないけど、魔水晶のほうも確かに気になる』
『学術界に激震が走るレベルの出来事のはずなのにな......』
「私のモットーは“したい研究をすること”。だから魔水晶の話に戻ろう。──まず、魔水晶はダンジョンによってその色が変わるのは、周知の事実だと思う」
いま手に持っている魔水晶は淡い水色。この情報だけでも、勘の鋭い人は何を表しているのか予想できるんじゃないかな。
「“このダンジョンだから水晶は赤色”──そんな単純な法則じゃない。もっと込み入った理由があるんだ。……さあ、諸君ならどう推理する?」
『属性、とか?』
『出てくる魔物の種類?』
『魔力の濃度だろ!』
「ふふ、なかなかいい勘をしてる。──正解は、魔水晶が変わるのはダンジョンに満ちた魔力──魔素の濃度と属性の傾向によるものだ」
例えば──この淡い水色の魔水晶。これは水属性の傾向が強く、かつ魔素濃度が薄いことを示している。
『お、おー!確かにすごい発見だけど、さっきのよりはインパクト薄れるな……』
『うん、言われてみればそうかも……くらい?』
『で、これって結局なにに使えるんだ?』
「まあまあ焦らないでくれ。正解は二十階層に行ってからのお楽しみさ」
そう話しているうちに、転移用魔法陣の前へとたどり着いた。
「──それじゃ、二十階層へ行こうか」




