4話 魔法的進化論 上
「それじゃあ、話を戻そう。私がここに来た理由は──進化を証明するためさ」
『進化って、あの進化?』
『ポケモンとかであるやつ?』
『それとも、猿から人になったっていう進化論の話?』
「うーん、仕組み的にはポケモンの進化に近いかな。少なくとも、私が証明しようとしているのはそっちだ」
進化論──それは歴史上幾度となく提唱され、数多の論争を生んだ学説である。現時点ではダーウィンが唱えた『種の起源』にメンデルの遺伝学を組み込んだ“現代進化論”が、最も有力な説とされている。
もしこれを科学的進化論と呼ぶのなら、私が提唱するものは魔法的進化論とでも呼ぶべきだろう。
「きっと、ダンジョンに潜る人も、そうでない人も。下層に行けば行くほど、あるいは上層に登るほど難易度が上がることは、よく知っているはずだ」
『たしかに。一階層だとデミスライムとかゴブリンしか出ないけど、二十階層ともなるとホブゴブリンみたいな上位種が出るって聞くな』
『ドラゴンとかもいるんでしょ? 一度見てみたいな~』
『ダンジョンによって出る魔物が違うって話もあるよね』
「その通り。私が今いるダンジョン──“小河内鉱山跡ダンジョン”も、一階層ではデミスライム、少し上に行けばゴブリン、そして二十階層付近ではホブゴブリンが出てくる。かなり典型的なダンジョンだ」
「実物を見てもらうのが手っ取り早いだろう」と言葉を続け、私は歩き出す。
このダンジョンはあまり人気がなく、潜る人も少ない。少し進めばすぐにゴブリンと遭遇できるはずだ。
もっとも、すでに常時発動型の魔法で奴らの位置を把握している。今はそこへ一直線に向かっているだけである。
しばらくして、ペタペタという足音が聞こえてくる。すぐ近くにいるのは一体だけだが、果たして。
「……いたね。ゴブリン」
通路の先に、小柄で緑色の肌をした魔物が姿を現した。背丈はせいぜい一三〇センチ程度。人間の子どもと変わらない体格なのに、その顔は獣じみて醜悪だ。
ぎらつく黄色い目、歯並びの悪い牙。右手には錆びた短剣を握っている。
『うわ、本当に出た!』
『教科書とかイラストでしか見たことなかったけど……やっぱり不気味だな』
『なんか、思ったよりちっちゃくない?』
「ちっちゃいけど油断しちゃダメだよ。あれでも成人男性くらいの筋力はある。しかも複数で群れるのが基本だから、気を抜くと一瞬で囲まれる」
そう言った瞬間、ゴブリンが「ギィィッ!」と喉を鳴らした。
これは彼らが仲間を呼ぶための合図だ。一体いれば、その十倍いると思え──まるでゴキブリのような魔物である。
『ちょ、やばいんじゃないの!?』
『ほら、奥からも影が……三体? 四体?』
「ふふ、まあ見ていたまえ。これでも私は魔法使いさ」
強がりだ。いくら魔法が使えるとはいえ、こうして命のやり取りをするのに慣れてはいない。
まあでも配信している以上、恥ずかしいところは見せられない。
短く息を吸って緊張をほぐす。
さあ、腕の見せ所だ。
「まずは小手調べだね」
短く呟くと、ゴブリンに向かって手をかざす。空気が微かに震え、掌から半透明の魔力が滲み出す。
これは配信だから、そして低階層だからしている演出だ。こっちのほうが魔法を使うのがわかりやすいからね。
『おお、ついに魔法使いモード発動か!』
『魔法って、やっぱりかっこいいな~』
『でも、ゴブリンってちっちゃいくせに油断ならないんだよな……』
ゴブリンは短剣を振りかぶり、ギィィッ!と甲高い声を上げながら跳びかかってくる。
手首をひねり、水魔法の攻撃スペル──「水刃」を放った。
詠唱は省略、ただ一瞬の動作で魔力が放たれる。
それはゴブリンの振りかざした短剣に当たると、短剣もろともゴブリンを切断した。
真っ二つになったゴブリンはその場に崩れ落ちると、小さな魔石を一つ残して消えてしまった。
『うおっ、すげえ! 一撃で倒した!』
『……でもまだ数がいるんじゃ……』
『さすが魔法使い、やっぱ強いな』
後ろに潜んでいた三体のゴブリンも、仲間の仇を討つかのように前に飛び出してくる。
軽く息を整え、次の魔法を構えた。手のひらに小さな炎の球が生まれ、徐々に膨らむ。
それは火魔法の攻撃スペル──「炎球」。しかもただの炎球ではない。私風にアレンジ済みだ。
「さて、次は……まとめて来てもらおうとしよう」
ゴブリンたちは、目の前の炎を警戒しつつも、止まらず突進してくる。
一瞬の隙を狙って、私は掌から炎球を発射する。
炎球は三体のうち真ん中のゴブリンに命中すると、その瞬間派手な音を爆発し、三体もろとも灰燼と化した。
『うわっ、えっぐい!』
『やっぱり魔法って派手でいいなぁ』
『……でも、まだ油断できないよね』
私は小さく息をつき、次の攻撃に備える。
配信のコメントも盛り上がっている。命を賭けた戦いの緊張と、視聴者の興奮が入り混じる、不思議な感覚だ。
戦闘音に寄せられてくるゴブリンもいることだろう。
随分と放置されていたのか、やたらとゴブリンの気配が多い。どうせなら狩りつくしておくべきだろう。
さあ、本番はこれからだ。




