3話 説明しよう 下
人差し指を伸ばし、その先にふーっと息を吹きかける。するとあら不思議。指先に小さな火が灯った。
これが【火属性魔法】の初級魔法【灯】である。
機能としては単純で、指先に小さな火が灯る。それだけだ。
『これが【灯】...身近に使える人がいないから初めて見た』
『魔法が使えるようになって二十五年か。第二世代ももう二十五歳か』
『魔法を使えるのは第二世代と貴重なスクロールを持つ人だけなんだっけ』
「その通り。第二世代──いまから二十五年前、再度変異が起きた。二〇七五年から生まれた人々は、生まれ持って魔法の適性を得て生まれるようになった」
かく言う私もその一人。ちょうど二〇七五年一月に生まれ、【火属性魔法】、【水属性魔法】、【空間魔法】の適性を持っていた。
とはいっても、今の時代【生活魔法】と呼ばれる魔法は人類みな使えるようになっている。
これは"マーリン"と名乗る偉大な魔法使いが、アメリカのロスに通称"バベルの塔"を立てたことが起因している。
バベルの塔──そう、人類の言語が多様化した原因ともいわれている塔だ。皮肉なことに、その塔が立ったことによって人類はみな【生活魔法】を使えるようになった。
ついでに言語も統一してくれればよかったのにと思うが、そこまではしてくれなかった。
なんでそんなことが人類に知れ渡っているのか、先ほど言った通り"マーリン"が自発的に発信したからである。
なんでもこのバベルの塔はダンジョン同様未知の素材でできており、破壊不可、侵入不可である。
この塔を自力で解明するのは自由、好きにしろ。そういって"マーリン"は姿を消した。時折神出鬼没に現れるようだが、TVがとらえたのはその会見だけであった。
「いやはや。【生活魔法】も凄い便利だよね。これのおかげで世界中のどれだけの人が救われたか」
『飢えはあるかもしれないけど、飲み水や火に困ることはなくなったよね』
『まあダンジョン外じゃ体内魔力に依存するから、そんなに使えないけど』
『ダンジョン内だと空気中の魔力のおかげで消費量が半分だもんな』
まさにおとぎ話の魔法使い。偽物か本物か、そんなの関係ない。彼は偉大な魔法使いなのだ。
ちなみに現時点で神の鉄槌はくだっていない。言語の統一はだめでも、【生活魔法】を世界に広めるのは許してくれるらしい。
「さて、ここまでは割と有名な話だけど。ここからは魔法に対する私の見解を述べさせてもらうよ」
──魔法とは。この宇宙に存在する物理法則を捻じ曲げ、過程を省略して現象を起こすスキルのことを指す。
そもそもスキルと呼ばれる存在が非科学的だ、と言われればそれまでなのだが、科学的に魔法を解明しようとした際に、そのような結論に至ったのだ。
例えば「火」という現象を起こすためには、「酸素」と「熱」と「可燃物」が必要になる。詳細は調べれば出てくるだろうし省くが、魔法はこの3要素を省略して「火」を起こすことが可能となる。
その代価は一つ、魔力だ。これらの代わりに魔力を消費することで、「火」を生み出すことが可能となる。
またここまで言えばわかると思うが、魔法によって生み出された「火」は酸素を消費しない。しかし現象として「火」は起こっており、可燃物に燃え移れば当然燃える。
しかしその燃え移った火は、魔力の供給が途絶えれば一瞬で消える。
つまり科学的な火と魔法的な「火」は現象としては同一だが、その発生原理と持続条件が根本的に異なる。
科学的な火は酸素と可燃物、そして十分な熱量が揃わなければ成立せず、一度着火すれば燃料が尽きるか温度が下がるまで燃え続ける。
一方で魔法的な火は酸素も燃料も必要とせず、ただ魔力の供給のみで成立し、供給が止まれば即座に消える。言うなれば、化学反応を伴う自然現象ではなく、「魔力による現象の再現」に過ぎないのだ。
この違いは、戦闘や生活で魔法を使う際の戦術にも大きく影響する。酸欠環境でも火を灯せるという利点はあるが、長時間の持続や広範囲の延焼には向かない、というわけだ。
「ま、今のは一例だね。こういったことを称して「魔学」と呼ぶよ。まあ科学の魔法版と呼べばいいさ」
『魔法も一長一短てわけだね。万能パワーじゃないってことか』
『てことは、教授は配信のために魔力を消費し続けてるってこと?』
『たしかに。空間同士をつなげるって、結構魔力の消費すごそう』
彼らの言う通り、この空間同士をつなぎ合わせる魔法──"転移門"はかなりの魔力消費量を誇る。
現時点で発動に私一人分の魔力、維持に毎秒私の百分の一魔力が必要なのだ。
普通ならば発動すらままならないが、こうして私は発動してなおかつ維持できている。
なぜできているのか。それは──
『【魔力操作】、【魔力消費量削減】......挙げればキリはないけど、ここらへんで基本的な魔法使いは魔力の消費を抑えているよね』
「お、その通りだよ。魔法使いなら知っていることだが、【魔力操作】や類似スキルを一定熟練度まで上げると魔法をカスタムできるようになるんだ」
魔法の種類にもよるが、基本的に「強度」「範囲」「指向性」などの要素を微調整することで、必要な魔力量を削減できる。
例えば、転移門の出口を固定座標ではなく視覚範囲内に限定する、あるいは門の直径を半分にするだけでも、消費魔力は指数関数的に減少するのだ。
「つまり、無駄を削ぎ落とすほど魔力効率は上がる。逆に言えば、未熟者が全開出力で魔法を撃てば、そりゃあ数秒でガス欠ってわけ」
『なるほど……。あ、でもそうなると、強力な魔法ほど熟練者じゃないと運用できないってことか』
「その通り。魔力の絶対量ももちろん重要だけど、“それをどれだけ無駄なく扱えるか”が同じくらい重要なんだ。──まあ、私の場合は……」
そこで言葉を切ると、指先で小さな炎を生み出し、それをくるくると捻じ曲げ、瞬時に消してみせた。炎は酸素を奪わず、指先に感触すら残さない、紛れもない“魔法的な火”だ。
「……こういう無駄のない制御を、呼吸するようにできるわけだ。理由は簡単──子供の頃から、こればっかりやってきたからね」
その言葉に、コメントの場が一瞬静まり返った。
冗談めかして笑ったものの、その事実は私にとって軽くも重くもない。ただ、それが“私の生き方”であっただけだ。
『……やっぱ教授って変人だよな』
『褒めてる? それともディスってる?』
「どっちもだね」
そんな軽口を交わしつつ、カメラに向かって人差し指を立てる。メッ!のポーズだ。
「一応言うけどね。子供──8歳以下が魔力を操作することは現状法律で禁止されているからね。自身の子供に英才教育を施そうとして、魔力が暴走して死んでしまった。なんて報告は指じゃ数えきれないほど上がってる」
よい子はマネしないでね、と話を締めくくることにした。




