ようこそ、まほろばへ
ミケさんは縄で首をくくった鴨を数羽背負っていますし、つららさんは持ち前の冷蔵能力で市場を助けることが多い人です。この方向に歩いていますし、二人も夕市に向かうところなのでしょう。
二人にはお世話になっていますし、どうしてこんなところにいるのかを伝えます。
「お二人ともこんばんは。実はおばあちゃんからの課題をようやくほぼ達成できたので、お祝いの買い出しに向かうところなんです」
「ややっ! そりゃあ、いいこと聞いたにゃあ。ここにはちょうど取れたての鴨があるし、盛大なお祝いをしにゃいと!」
ミケさんは興奮で瞳孔を丸くしてこちらを見つめてきます。
心の声を副音声で聞けるとしたら、『だからツナ缶もふるまって』というところでしょうか。幸いストックはありますし、宴が豪華になるのは歓迎です。
鴨や山鳥なんてそこらの地鶏よりも味わい深く、お酒が捗ることでしょう。
私は確認とばかりに斑さんの顔色を窺いました。
「夕市に行けばどの道、患者さんと鉢合わせになるからね。みんなお祭り好きだし、数人がやってくるくらいは織り込み済みじゃないかな」
斑さんが取り出す祖母の財布は丸々と肥えています。
先々を見通している人ですし、これは事態を予見していたとみるべきでしょう。
「じゃあお二人とも予定がなければぜひどうぞ。あと、夕市まで一緒に行きましょう」
先程までの空気はあっという間に移り変わり、今や百鬼夜行のようです。
まあ、こちらでの就職が許されたのですから、むしろその空気の方が始まりの日にふさわしいでしょう。
そうして歩いていくと、あやかし街に到着しました。
昼間に見れば長屋や店などが点々と存在する寂れた時代劇の風景。それがこの逢魔が時では様相が一変していました。
提灯や行灯には狐色の火が灯るだけでなく、鬼火が青い炎を揺らめかせることもあります。また、ふわふわと漂うのは鬼火ばかりではありません。妖精もちらほらと姿を現し、光る鱗粉を撒きながら街を縫って飛んでいます。
そんな光が照らす通りには建物が増えていました。
一体どこから持ってきたのか、とんがり屋根や煙突が目立つ魔女の家が生えていたり、引いてきた屋台が路地だったはずの道を埋めていたり。
住人が少なそうだった印象は一変し、雑多な居酒屋街と祭りの風景を足して割ったかのようです。
時代劇のような和風が八割。西洋風やそのほかの空気が二割というところでしょうか。
ネオンならぬ幻想的な光が満ちるあやかし街には、この見かけと同じく様々なあやかしの姿が見えました。
狐の面に羽織、雪女や化け猫の同行者という姿もここでは浮くことなく、自然に溶け込みます。
「ふわぁ……。診療所のお客さんを見てきましたが、これだけ集まった姿は壮観ですね」
圧倒的な自然の風景、人が作った夜景ともまた違った世界です。どこに何があるのかと眺め渡すだけで胸が熱く興奮していきます。
すると斑さんたちは私の前に歩み出て、にこやかに手を差し伸べてきました。
「小夜ちゃん、ようこそまほろばへ」
ああ、そうでした。
ずっと追ってきたものにようやくここで手が届くようです。
祖母の後を追うために書斎の文献を何年もかけて読み漁り、行方を知るためにセンリと共にあやかしの噂を追い――そして診療所での課題をこなしました。
私の特別な日常は、こうして始まりを告げます。
これがゴールではありません。
祖母と家族の絆を繋ぎ直し、あやかしという超常の生き物を堪能し、想い人との駆け引きをする。そんな野望が待ち受けた日々の始まりなのです。
存分に楽しむとしましょう。これこそ私が望み、追ってきた道なのですから。




