シンデレラの王子と魔法使い
日が傾いてきたころ、私と斑さんはあやかし街に向かって歩き始めました。
日中なら何度か歩いたことがあるのですが、稲原に沿って敷かれた道をまっすぐ進めば十分ほどで到着します。
その程度の距離を今までほとんど往復したことがないなんて我ながら驚きですね。
あやかし診療所までの通学路を外れてこなかったとは、我ながら優等生です。
「ふふふ。斑さん、これはなにやらお祭りに行くみたいですね?」
あやかし街に着くまでは散歩のようなもの。
暇を飽かした私は両袖を広げて舞踊のようにくるりと回ります。その動きに合わせ、着ていた羽織の裾が翼のように広がりました。
先刻、準備と称して試着したのはこの羽織。そして、狐の面の二つです。
夕方に二人揃ってそんなものを身に着けて歩いていると、浴衣で参じた祭りのような気分に浸ってしまいます。
「古風な格好だけれど、僕が使っている呪符と同じで力を込めれば力を発揮してくれる礼装だよ」
「言わば斑さんが二人羽織で守ってくれているようなものですね?」
「そう。車の衝突も止められるくらいにごつい僕がついているとでも思ってくれたらいいよ」
「私が語ったロマンがゴリラに侵食されていきます……」
それはちょっと頂けません。イケメン、イケボのゴリラはある種のネタ枠です。
認めるか否かで葛藤していたところ、ぽつぽつと水滴が地面を濡らしました。
仰ぎ見れば、晴天から雨がちらついています。
「おっと、天気雨か。傘までは気が回らなかったな。小夜ちゃん、出発して間もないし、出直すかい?」
「いいえ。これはこれでいい門出だと思います」
私はひっそりと微笑んで空を眺めます。
天気雨は別名、狐の嫁入り。
こうして診療所での働きが仮決定し、斑さんと歩いている時に降ってくるなんて天がお祝いをしてくれているようではないですか。
先程の発言のように天然な気もある斑さんが気付いているかはわかりません。まあ、今のところは私が個人的に感動できたというだけで十分でした。
しばらくしてから、斑さんは別の話題を切り出してきます。
「小夜ちゃんが先生に認められるまではあっという間だったね。改めておめでとう」
「ありがとうございます。でも、私が凄いわけではないですよ。小さい頃からセンリがいましたし、おばあちゃんが書斎に残した資料のおかげであやかしのことはひと通り知ることができました。ここに来てからも、おばあちゃんの人徳で周囲の人が期待してくれていましたからね」
言ってみれば、残されたレールの材料を元にようやく本線に合流できたというところでしょうか。
祖母がしてきたこと、私が新たにできると引っ提げてきたこと。
この足し算だったからこそ歓迎されただけです。
夜叉神様とのことで気を付けるように言われた通り、あやかしからの期待は適切に扱わなければ諸刃の剣にもなりうる。そう感じるところでした。
私の物言いを聞いた斑さんは苦笑を浮かべます。
「それは美船先生の教育がいき過ぎた印象もあるな。素直に感心しているのは本当だよ。僕と美船先生が知っていた小夜ちゃんは小学生になる前で、信や僕にひょこひょことついて回る印象しかなかったからね。それが今や、あやかし診療所の治療にも提案ができて、自分であやかしの正体も追える美人さんだよ? シンデレラ以上に見違えたね」
「安心してください。私には十二時の鐘のようなタイムリミットはありません」
祖母から与えられた課題――雷獣の保護に始まり、『富士の不死』と『鉄鎖の化け物』は一挙に正体を暴けました。
このまほろば通いという魔法の体験はこれからも覚めることなく続くのです。
魔法を解いてしまう十二時の鐘は壊してきたといっても過言ではないでしょう。
そんな受け答えをしていたところ、おやと一つ思いつきます。私をシンデレラというのなら、斑さんの配役は何でしょうか?
いくら想い人とはいえ、王子様という配役は何か違う気がします。
「私にとって斑さんは小さい時からいろんな形で助けてくれて、魔法使いのようでした。再会してからもそれは変わらず、とても心強かったです。こうして無事に終えられたのも斑さんのおかげです」
縁側で兄と話していたように、私に見えないところでしてくれた配慮も多いでしょう。その全てを知れないことが少し残念にも思えます。
「ありがとう。そうして小夜ちゃんが好意を向けてくれるのは嬉しいよ。だけどその反面、風穴を調べに行く車内で話した通り、僕は義務感みたいなのも混ざっていた。そこは僕の方こそ意識を変えていかないと失礼になりそうだね」
やっぱり祖母が私と一線を引こうとしていたように、斑さんももしダメだった時のために未練になるような扱いは控えていたようです。
歯石除去の出張に行く前、言質を取って再確認した意味も出てきたかもしれません。
変えようと考えてくれる点は、ちゃんと意識した結果のようで嬉しく思います。
では、今まで魔法使いだった人がこれから王子様に変わってくるのでしょうか?
想像してみると、それはどこかしっくりときません。
どうしてなのか考えてみれば程なくそれらしい答えが見つかりました。
魔法使いのような人を好きになったのは、別に外見や地位に惹かれたからではないのです。
「斑さん。私、シンデレラも王子様も見る目がないと思うのですよね」
たった今までの話ですが、唐突な言葉に斑さんは意識が追い付いてないようでした。
だからこそ私は、ことさら踏み込んだ言葉を投げかけます。
「二人とも、玉の輿や容姿目的みたいじゃないですか。一方、魔法使いは他人の幸せのために努力しています。十二時までしか続かない時間制限付きの魔法なんて、いかにも無理をして用意したかのようです。そんなものを持ち出してまで誰かを後押ししようと想ってくれる。凄く素敵な人だと思うんです」
全てを解決してくれるヒーローじゃなくていいんです。
時に助けてくれて、一緒に立たせてくれる。そんな関係の方がずっと歩んでいくには居心地よさそうじゃないですか。
「その点、私は魔法使いの良さに気付いているのでシンデレラ以上かもしれないですね。斑さん、魔法使いはわざわざ変えることもない美徳を持っていると思うので安心してください」
――だから変わる必要なんてありません。
そう口にするのは容易いですが、この辺りが限界です。こっ恥ずかしいことを口にして顔が熱いので私は面を被りました。
さて、あまりにも甘酸っぱいことを口にしたので間がもちません。
言ってから後悔するセリフというのはこういう方向性でもあるようです。
二人して黙りこくって歩くこと数分。何か話題転換はないものかと思っていたところ、文字通り青天の霹靂が起こりました。
「ひゃっ!? て、ぬえちゃんですか。し、心臓に悪いですね。もう」
雷鳴に驚いて身を竦めた瞬間、胸にどんと当たるものがありました。
それを反射的に抱えてみると、ヒョーと高い鳥のような鳴き声が上がります。
診療所に入り浸っている雷獣ですね。
ジャーキーをあげて保護した時はこの子が生まれて間もない時期です。その刷り込みが強いのか、私を探してはそれをせびる妖怪となっていました。
好かれるのはいいのですが、それへの嫉妬もあります。
私の頬が緩むと同時、蛇のように異形化したセンリが私に巻き付き、ぬえちゃんを睨み始めます。
なんということでしょう。体はずしりと重くなり、子泣きじじいを彷彿させます。
斑さんとの雰囲気に困ることはなくなりましたが、これはこれで大変な状態ですね。足が震えてきます。
「おや? 小夜ちゃんと斑さんじゃないですかぁ。そちらも夕市へ?」
「珍しいにゃあ」
そんな声でセンリの意識も逸れ、重みが和らぎました。
見ればイエティ連れのつららさんとミケさんが手を振って歩いてきます。




