第98話「星に願いをなのじゃ!」
クルト帝国 領都近郊の街 宿屋 ──
街に辿り着いたフェルトたちは、入り口付近でフェザー家の証を持つ密偵の若者に会い、そのまま若者の案内で宿屋に向かうことになった。
宿屋に入るとカウンターに座っていた親父がジロリと睨みつけてきたが、若者を一瞥すると鍵を投げつけてから顎でクイッと階段を指す。それを受け取った若者と一行は二階に上がり一番奥の部屋に入った。
その部屋は質素な造りで、ベッドが四つある大部屋だった。
「とりあえず、この宿なら安全です。フェルト様」
その言葉にジンリィはつかつかと窓辺まで歩くと、窓を開けて外を警戒するように見回す。
「まぁ……及第点ってところかねぇ」
窓を閉めそれぞれベッドの端に座ると、フェルトは若者に向かって紹介を始めた。
「改めて紹介するけど僕がフェルト・フォン・フェザーだ、よろしく頼むよ。そしてこちらの騎士がオズワルト、あちらの女性がコウジンリィさんだよ」
「バインバインですね! ……はっ、違った! えっと……俺の名前はケラって言います」
ジンリィのスタイルを見て、思わず口に出してしまう辺りに若さが感じられる。ジンリィは特に気にした様子はなく、ケタケタと笑っていた。
「それでリュウレの行方はわかっているのかい?」
気を取り直してフェルトが尋ねると、ケラはポケットから手帳を取り出してペラペラと捲る。
「えっと調査依頼があった消息を絶った少女ですが、最後に目撃されたのは目抜き通りの酒場みたいですね。青年と一緒に酒場から出て行ったのまでは確認されてます」
「それは誰なんだい?」
ケラはページを捲り、内容をもう一度確認すると顔を上げた。
「俺のほうで調べた結果、どうやらレティ侯爵臣下のシュレー男爵家の屋敷に出入りしている者のようです。本当は潜入して確認したかったんですが……」
ケラは弱った顔をしている。フェルトはその様子から察したようで
「レティ家は手ごわいからね……」
と呟いた。レティ領でフェザー家の者が活動するには、かなり厳しい制限がある。この街に入っているフェザー家の密偵も一、二人と言ったところだろう。そんな状況で潜入任務は、さすがに無謀である。
「それでフェルト様、どうしましょうか?」
「うん、そうだね……すぐにでもシュレー家を調査したいけど、今日は休んで明日からにしよう」
オズワルトの問いに疲労が隠せていなかったフェルトが答え、その場にいた全員が頷いた。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 領都近郊の街 宿屋の前 ──
その日の夜は三日月だった。
フェルトたちが泊まっている宿の窓に面している通りでは、かなりの数の野盗が身を潜めていた。その中の頭目風の男と部下が、ヒソヒソと声を潜めながら話している。
「この宿で、本当に間違いないんだな?」
「はい、奴と護衛騎士、それと女が一人います」
「女ぁ? 女連れで来るとは、いいご身分だなぁ……まぁいい、男は殺せ、女は攫っちまえ!」
下品な笑いを浮かべる頭目は部下たちに合図を送った。その合図で一斉に通りに踊りでた野盗たちは、一目散に宿に向かって駆け出す。
しかし、その眼前に黒い艶やかな髪を舞わせ一人の女性が舞い降りたのだった。もちろん武神コウジンリィである。彼女は何故か箒を手にしていた。
突然、現れたジンリィに驚きながらも、手にした斧を突きつける頭目。
「て……てめぇ何もんだぁ!?」
「私は清掃人さね。あんたらを片付けにきたね」
「お……お前ら、やっちまぇ!」
ニヤリと笑うジンリィに本能的に恐怖したのか、頭目は部下たちをけしかけて自分はその後ろに下がった。頭目の命令で一斉にジンリィに襲いかかる野盗たちだったが、赤く発光したジンリィの箒の一薙ぎに十名ほどが弾け飛ぶ!
「ごぁあぁ!」
箒をクルクルと廻してから柄で肩をポンポン叩きながら、ジンリィは不適な笑みを浮かべる。そして逆の手の指をクイクイッと動かし野盗たちを挑発する。
「殺さないように手加減するのは大変だねぇ……夜更かしは美容の天敵なんだ、早めに頼むよ」
その凄みに野盗たちは半狂乱になり、決死の覚悟で襲い掛かったのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 領都近郊の街 宿屋 ──
一方その頃、宿の部屋の中では、フェルトと軽装のオズワルトが剣を抜いて外の様子を窺っていた。
外の気配を察知したジンリィは討って出ることを決め、一緒に行こうとしたオズワルトに向かってフェルトを護るように頼んだため、彼は部屋の中で待機することになったのだった。
二階の窓から外の様子を見下ろしながら、フェルトは苦笑いを浮かべている。
「助勢は必要なさそうだね」
「あれほどの強さ……まるでフェザー公を見ているようです」
「確かに父上並みの武人を、僕は初めてみたよ」
ムラクトル大陸一の武人と言われる剛剣公ヨハン・フォン・フェザーに匹敵するほどの力を見せ付けられて、フェルトとオズワルトの二人は唖然とするほかに無かったのである。
二人はしばらく様子を窺っていたが、オズワルトは不意に部屋の中に空気の揺れを感じた。それはごく僅かな違和感だったが、彼が後ろを振り向くと部屋の隅に小柄な人影のようなものが立っていることに気がついた。
次の瞬間、その人影が一直線にフェルトに向かって駆け出したのである。
「フェルト様っ!?」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 北バルコニー ──
その頃リスタ王国の王城の北バルコニーでは、リリベットが座って星を眺めていた。月もそれほど明るくなかったため、夜空に宝石を散りばめたような美しさだった。
最近のリリベットは寂しくなると、ここによく訪れることが多くなっていた。理由は本人もよくわかっていなかったが、ここで夜空を眺めていると落ち着いた気分になるのだ。
「あと、十日ほど……まだまだなのじゃ」
と呟きながら、後ろに体重を掛けるが支えるものはなくゴロンと転がった。寝転がった弾みで上を見ると、バルコニーの入り口に上下逆さまな人影が見えた。
「何をしてるのじゃ?」
「もうすぐ暑くなる季節とはいえ、こんな所で寝転んでいては風邪を引いてしまいますよ」
その人物は、トレイとローブを持ったマリーだった。彼女はリリベットに近付くと持っていたトレイを地面に置いてから、スカートを押さえながら座ってリリベットにローブを掛ける。
「ありがとなのじゃ」
「お茶はいかがですか?」
リリベットが頷いたのを確認したあと、マリーはトレイで運んできたティーセットでお茶の用意をする。花の香りがする紅茶を淹れたマリーはソーサーごとリリベットの横に置く。リリベットは半身を起こすとソーサーごと左手で持ち上げて、右手でカップを持ち紅茶の香りを嗅いでから、そのまま口に含んだ。
「よい香りなのじゃ」
と微笑むリリベットに、マリーも満足そうに頷くのだった。そして、ふと夜空を眺めたマリーが呟く。
「あっ……陛下、流れ星ですよ?」
「なんじゃと、どこじゃ!?」
「もう流れてしまいましたよ」
「ぐぬぬ……見逃したのじゃ」
本気で悔しがっているリリベットにマリーはクスッと笑うと、ふいに流れ星にまつわる伝承を思い出したのだった。
「陛下知っていますか? 流れ星にお祈りすると願いが叶うそうですよ?」
「ほ~?」
あまり興味のなさそうなリリベットだったが、ティーカップをトレイに戻すと、再びゴロンと寝転びマリーの膝を枕にして夜空を見上げ始めた。先程の態度とは裏腹に目を見開いて、必死に流れ星を探しているようだった。しかし視界を遮るものが気になったのか
「マリー……胸が邪魔なのじゃ!」
「それは私に言われても困ります」
謂われない苦情にマリーは苦笑いを浮かべるのだった。
それから、しばらくして再び流れ星が流れた。マリーの膝ではリリベットは目を瞑り、なにやら必死に祈っている。
「何を祈っているのですか、陛下?」
というマリーの問いに、リリベットは少し照れた微笑みを浮かべながら答える。
「……内緒なのじゃ」
◆◆◆◆◆
『ケラの調査』
ケラと言うのは本名ではなく、もちろんコードネームである。彼はまだ新人の密偵なため領都のような都市部ではなく、近郊の小都市に派遣されたのだった。
「フェルト様からのご依頼だけど、この人も目立たないように活動してたんだろうし、こんな特徴だけで人捜せるのかな?」
そんな事を思いながらも調査を開始したケラだったが、街の人々に聞き込みをした途端、予想を反して情報が沢山集まってしまったのだ。
見た目が子供のようなリュウレが、酒場に入り浸っていたので目立たないわけがなかったのだ。
「この人、目立ちまくってるじゃないですか!?」




