第96話「商隊なのじゃ!」
クルト帝国 レティ領 街道 ──
フェルト、オズワルト、ジンリィの三人は、リスタ王国を出国してクルト帝国レティ領の街道を進んでいた。
王都から真っ直ぐレティ領に向けて進路を取ったフェルトに、国境を越えた辺りで今まで黙っていたジンリィがようやく口を開いた。
「それでフェルト殿、件の侍女の行方に心当たりはあるのかい?」
「えぇ、ジンリィさん。彼女からはフェザー家の情報網を使って定期的に連絡していましたが、それが途切れたのが領都近郊の街なんです。ですから、まずはそこから調べるつもりです」
現在のフェザー公は権謀術数を弄するようなタイプではないが、フェザー家としては大陸全土に密偵を放ってあり各家の動向を逐次探っている。これは規模は違えど他家も同じような状況だった。クルト帝国は皇帝の名で統一はしているが、他家間での争いが絶えないのだ。
その張り巡らされた情報網を通じて、リュウレの報告はリスタ王国まで届いていた。その報告が十日ほど前に途切れてしまい、最後の報告にその街での活動が書かれていたのだ。
「なるほどねぇ。ところで……刺客に狙われる覚えはあるのかい?」
「えっ?」
その瞬間、街道沿いの木の上から矢が発射された。ジンリィは馬を駆ってフェルトの前に出ると、同時に剣を抜いて飛んできた矢を振り払う。そのまま刺客がいる木まで駆けぬけ、剣を振りかぶると切っ先に赤い霧のようなものが集まってきた。
「やぁぁぁぁぁ!」
ジンリィが剣を振り抜くと、一筋の赤い閃光が閃き木は寸断された。そのまま大きな音を立てながら倒れ、木の上にいた刺客も一緒に潰されたようだった。
「凄い……」
「あれが武神と呼ばれる者の力ですか……」
フェルトもオズワルトも驚きを隠せない表情を浮かべている。ジンリィはフェルトたちの元へ戻ってくると
「あはははは、これは楽しい旅になりそうだねぇ」
と豪快に笑うのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 大通り ──
フェルトたちが旅立った翌日の昼頃、リスタ王国の大通りではある騒ぎが起きていた。とある商隊がこの国に到着したのだ。野盗の類が出る物騒な世の中なので、商人が商隊を組んで入国することは珍しくはない。しかし今回の商隊は少し風変わりだったのだ。
「な……なんだ、あいつらぁ?」
「二本足で歩いてるぞ!?」
大通りを歩いていた人々が商隊に道を譲りながら、遠巻きにそんなことを口にしている。
人々が驚いていたのは商隊の先頭にいる者の容姿が、二足歩行で歩く黒い豹の顔を持った人物だったからである。その人物以外も皆どこかに動物的な特徴を持っている者たちだった。
彼らは亜人の中でも獣人と呼ばれる種族で、多くはムラクトル大陸ではなくザッハール大陸のザイル連邦に居を構える人々である。
茶色い毛並みで犬っぽい顔をした青年が、先頭をいく黒豹に近付くと顔を顰めながら囁く。
「隊長……さすがに慣れてきましたが、この大陸の連中はどこに行ってもこんな感じッスね」
「フンッ、まぁそう言うな。いきなり襲ってこないだけ、この国はだいぶマシだろう?」
口の端を吊り上げる黒豹だったが、通りにデカデカと掲げられた手作り感溢れる看板を見て驚いた様子で呟いた。
「ん? おい、ありゃ……」
「あれは『狐堂』の看板じゃないッスか! こんなところで店出してたんッスね」
ファムの店である『狐堂』は、かつてはザイル連邦でも有名な商家だったため、あの国の商人であれば知っている者も多いのだ。その時、突然狐堂の扉が開きファムが通りに出てきた。
「なんや~うるさいなぁ……って、あれは黒豹商会やないの!」
大通りを歩いている商隊の姿に驚いた声を上げるファム。そして尻尾がぶわっと逆立つと、そのまま弾丸のように大通りに飛び出し黒豹に突っかかる。
「な……なんやの、アンタらぁ! ここはウチのシマやでぇ!」
突然突っかかってきた狐娘に、呆れた様子で黒豹は首を振る。
「おいおい、勝手なこと言うんじゃねぇーよ。独占はいかんぜ、ねーちゃん」
「やかましいわぁ! ウチがこの国で、どんだけ苦労したと思ってんのやー!」
そのまま口喧嘩に発展したため衛兵隊が出動することになり、黒豹商会ごと取り囲まれる結果になったのである。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 衣装室 ──
それから二日後。
衣装室 ── 式典や晩餐会のための衣装が置かれている部屋である。現在この部屋ではマリーを含めたメイドたちが、リリベットの衣装を合わせていた。
ようやく先の女王襲撃事件の際に、消失した式典用の衣装を新調することになったのだ。前回と同じく白を基調にした布地に金の刺繍がされている格調高いローブで、今回はリリベットに合わせて軽い素材にしてある。
式典用のローブに袖を通したリリベットは鏡の前に立って、少し歩いたり腕を動かしたりして動きを確認している。マリーは彼女の姿を確認しながら尋ねた。
「いかがですか、陛下?」
「うむ、前のより動きやすいのじゃ」
着心地の良さにリリベットも満足そうに頷く。マリーは彼女を自分の方に向かせると、その頭にティアラを載せる。このティアラも事件時に消失していたが、後に国民から届けられた物だ。
かなり酷く損傷していたが、工房『土竜の爪』 によって修理され、新品同様に直されていた。あの襲撃時に消失した物はもう一つあった。
それは『王家の指輪』である。
リリベットが、いつも首から掛けていた王家の証の一つだ。失ったのは父である先王から引き継いだ物だったが、現在はロードス王の遺品を使っている。
再び自分の姿を確認するように鏡の前でポーズを取ったリリベットは、おかしいところが無いのがわかると納得したように微笑むのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
その後、謁見の予定があったため、正装に着替えたリリベットは謁見の間を訪れていた。謁見の間には女王リリベット、宰相フィン、財政大臣ヘルミナが来ており、護衛には近衛隊員が二名、衛兵が四名が控えていた。
今回の謁見の希望者は、先日大通りで騒ぎを起こした黒豹商会の商人たちである。
まず衛兵に連れられて黒豹が入ってきた。その姿を見たリリベットは、少し驚いた表情を浮かべたがすぐに真剣な表情に戻る。黒豹は玉座の前で傅き、リリベットは右手を小さく上げる。宰相は頷くと黒豹に向かって言葉を掛けた。
「面を上げ、名乗られるがよい」
「はい、お初にお目にかかれ感謝致します。私はザイル連邦から来ました黒豹商会のベルカでございます」
ベルカと名乗った黒豹は顔を上げると、目を見開いて少し驚いた表情を浮かべた。女王のあまりの幼さに驚いたのである。
「遠路はるばるご苦労なのじゃ。すまぬの……何やらトラブルがあったそうじゃな?」
「いえいえ、商人同士の些細な口喧嘩でございます」
黒豹の顔では判別できなかったが、どうやら笑っているようだった。それに合わせてリリベットも微笑む。
「……して、此度はどのような用件なのじゃ?」
「はい、我々の商会は貴国と交易を希望致します」
その言葉にリリベットは少し考えたあと、ヘルミナに意見を求めるように見る。ヘルミナはリリベットの代わりに口を開いた。
「貴商会と取引をすることで、我が国に何か利益があるのですか?」
「はい、もちろんでございます。貴国も我が商会も共に栄えられるように、様々な便宜を図らせていただきます」
その言葉に、リリベットはクスッと笑う。
「ふふふ……お主は貴国の利益と言わないのじゃな。気に入ったのじゃ、細かい話はヘルミナとするが良いのじゃ」
「はっ、ありがとうございます、陛下」
ベルカは再び頭を下げて傅く。こうしてリスタ王国と黒豹商会との交易交渉が始まるのだった。
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『赤い霧』
コウジンリィが使う赤い霧のようなものは、魔力とは違い『気』と呼ばれるものであり、ユグニス大陸に伝わる技術だった。この『気』は魔力が少ない人間でも訓練次第で使える。
身体能力や威力の向上などの効果があり、コウ家に伝わる奥義には必ずこの力を利用しているのである。




