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第94話「遊戯なのじゃ!」

 クルト帝国 レティ領 とある町の路地裏 ──


 酒場で話しかけてきた青年の顔を、リュウレは覚えていなかった……と言うより、リュウレは興味のない人物の顔を覚えたりしないのだ。しかし、どうやらこの青年は彼女のことを知ってる様子で、沈黙(サイレント)の名で話しかけてきた。


 その場で有無を言わさず口封じも考えたリュウレだったが、「ちょっと外に出よう」という青年の提案はリュウレにとっても都合が良かったため、黙って路地裏まで付いてきたのである。


「しかし、久しぶりだなぁ。沈黙(サイレント)、相変わらず無愛想な面下げてやがるぜ。元気にしてたか?」


 親しげに話しかけてくる青年だったが、今は密偵として他国に潜入中である。この青年が誰なのかは思い出せなかったが、暗殺者としての自身を知る人物を、生かしておく理由が彼女にはなかった。


 ヒュン!


 リュウレは一歩前に出ると青年の首筋目掛けて一閃を放つ。いつの間にか手にしていたナイフが彼の首の辺りを横切ったが、青年はその動きを予想してたのか、すでにその場から飛び去っていた。


「おいおい、あぶねぇな! 相変わらず物騒な奴だぜ。まぁ待てよ、お前が知りたがってる情報があるんだぜ?」


 青年のその言葉にリュウレはピクリと反応する。そして無言のままナイフを下ろした。その様子に少し安心したのか、青年は手をフラフラさせながら尋ねてきた。


「そうそう、友好的に話し合おうじゃないか。しかし相変わらず無口なやつだぜ……まぁいいや、お前『ザハの牙』を捜してんだってな?」


 ザハの牙という名前にリュウレは再び反応する。そして腕を少し動かすと、今度は袖口から小さな分銅が付いた細い鎖が無数に伸び始めた。どうやら始末するより、捕らえたあとで尋問をして情報を聞き出すことを選択したようだ。


 そして、無言のまま青年を捕獲しようと飛び掛かるリュウレ。彼女が腕を振ると無数に伸びた鎖が青年に襲い掛かった。


 ギィィィィィ!


 奇妙な音とともに鎖は空中で止まり、青年に届くことはなかった。何かに引っ掛かったように止まってしまったのだ。そこで、ようやくリュウレは彼の名前を思い出した。


「……鋼糸(クモ)


 鋼糸(クモ)のスロウ ── これがこの青年の渾名だった。かつてリュウレやマリーが所属していた暗殺ギルドの一員で、フェザー公の襲撃時は別件でアジトにいなかったため難を逃れていた人物である。


 一歩前に出てきたスロウにリュウレはその場から飛び退いたが、すでに空中に張り巡らされていた鋼糸に触れてしまい、そのまま肢体を縛られ捕まってしまった。


 彼女はジタバタと暴れるが、鋼糸が切れたり解けたりすることはなかった。スロウは呆れた顔で


「おいおい、大人しくしとけって、余計に食い込むぞ! 鋼糸(それ)が切れないのは知ってんだろ? 別に殺すつもりはねぇって」


 と大げさに首を振るのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 宿『枯れ尾花(ガスト)』──


 リスタ王国内でも『ザハの牙』を探っている人物がいた。宿『枯れ尾花』の店主ロバートである。彼は暗殺者時代から独自のネットワークを持っており、リスタ王国に居ながらムラクトル大陸各地の情報を集めることができるのだ。


 彼は数年前から、依頼を受けて『先王暗殺の首謀者』の情報を追っていた。この先王暗殺とザハの牙が結びついたのは、リリベット暗殺未遂に関与した犯人の情報を()()()()を経由して仕入れた情報である。


 彼もその昔は暗殺ギルドのマスターを務めていた男だ。当然ながらザハの牙という名前ぐらいは聞いたことがあったが、当時は夢物語かと思っていたのだ。それほどザハの牙という集団は謎に包まれていたのである。


 そんな謎に包まれていた集団だったザハの牙が最近活発な動きを見せており、彼のネットワークにも情報が掛かり始めたのだった。彼はコーヒーを飲みながら、届いたザハの牙の活動についての報告書に目を通していた。


「大陸全土に広がっているが、やはり南方から西方が比較的多いな。まぁザハの花の生産地から考えてもわかっていたことだが……」


 大陸東部のフェザー領を除いたほぼ全域で活動が見られたが、特に帝都とレティ領を含む西方エリアの最近の動きが活発で、すでに何人かの有力貴族が暗殺されていた。それに対して帝国側でも様々な対策に乗り出しているようだった。


 そして、次の資料を見ながらロバートは呟く。


「この国での最近の活動は、先の女王暗殺未遂と去年のリスタ祭の時の二件か……先王暗殺と、この事件に何か繋がりが?」


 コーヒーを飲みながら思案するロバート。彼の頭には何かが引っ掛かっていたが……結局結論には至らず、コーヒーカップをテーブルに置いた。



 そして席を立つとキッチンまで歩き、釜戸の中に報告書を放り込むのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 南の砦 参謀室 ──


 設立当初は仮設の砦だったクリムゾンの屯所も、砦としての十分な造りまで増設されていた。


 そんな砦の一室でリリベットは唸って首を傾げていた。彼女の前にはクリムゾンの副隊長であり軍師でもあるシグル・ミュラーが、ニコニコと微笑を浮かべている。彼らの前には升目の入った板、その上にはいくつかの木彫りの人形が並べられていた。


 これはターン制でコマを進めていく、いわゆるチェスのようなボードゲームの一種である。


「こうなのじゃ!」


 意を決したように騎馬のようなコマを手にすると、一気に前に進めるリリベット。そのコマを見ながら、シグルはニコリと笑うと


「陛下、本当にそれでよろしいのですか?」


 と尋ねるのだった。その言葉にリリベットは慌てて首を振ってコマを戻す。


「ま……待つのじゃ!? もう少し考える!」


 そして再び唸りながら考え始めるのである。ちなみにリリベットはすでに数手先で詰んでおり、何を打っても変わらないのだが先程からこのやり取りを何度も繰り返していた。


 リリベットとシグルが、このゲームに興じているのには理由があった。別にリリベットが戦術を覚えたいとかそんな理由ではない。とある大臣の奥方に「夫婦は夜の間も一緒にいますが、楽しみ方が色々あります。中でも陛下であれば……カードやゲームなどを楽しんだりできますよ」という話を聞いたからである。


 その話を聞いたリリベットは半分ぐらい意味がわからなかったが、確かに長い時間一緒にいるなら楽しめる方法は多いほうがいいと納得して、シグルに帝国領のゲームを教えて貰いに来ているのである。


「ならば、こ……こうじゃ!」


 今度は歩兵のコマを前に進めるリリベットだったが、シグルは騎馬のコマを横にずらして、その歩兵のコマを蹴散らした。


「ぎゃぁぁぁぁ……ひどいのじゃ」

「陛下、歩兵をむやみに進めてはいけませんよ、騎兵の餌食になっていまいます。機動力のある騎兵に対抗するためには、陣形を崩さぬように……」


 彼女は半ば涙目になりながら、今度は騎兵をシグルの歩兵の横に移動させる。やられたことをやり返そうというのだが……今度は騎兵が抜けた穴を突かれて、逆に完全に詰んでしまうのだった。


「く~……もう一度! もう一度なのじゃ!」


 その後も散々負けを積み重ねたリリベットだったが、シグルは丁度よい機会と彼女に戦術論を教えながら、ゲームの相手を務めるのだった。





◆◆◆◆◆





 『リスタ王国の遊戯』


 リスタ王国の遊戯はカードゲームが多く、コマを進めるようなボードゲームは少ない。これはリスタ国が海洋国家であり船乗りが沢山いるからである。船上は揺れるためボードゲームは不向きなのだ。


 逆に内陸地がほとんどであるクルト帝国では、チェスのようなボードゲームが盛んである。このためリリベットはフェルトに合わせて、ボードゲームを覚えようとしたのだった。

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