第93話「誤報なのじゃ!」
リスタ王国 王都 路地 ──
大通りから外れた路地に怪獣の雄叫びのような泣き声が響き渡っていた。その狭い路地には主婦たちが集まっており、その中心にはガンガン泣いている薄い茶色の髪を持った少女がいた。
「あらあら、迷子かい?」
「どこから来たんだい、お嬢ちゃん?」
主婦たちは次々と少女に尋ねていくが逆に彼女を混乱させる結果になり、泣き声はさらに激しいものへと変化していく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁんなの~」
その泣き声は表通りまで聞こえているのか、着崩した衛兵服の大男がその路地に入ってきた。
「おいおい、すげぇ声だな。どうしたんだよ?」
主婦たちがその声に振り向くと、そこには衛兵隊長のゴルドがいた。いい加減に見えて仕事はきっちりこなすゴルドは、国民からの信頼も篤く主婦たちもほっとした表情を浮かべた。
「あら、ゴルドさん。いやねぇ、この子が迷子らしいんだけど、泣きやまなくって……」
「この子?」
ゴルドがしゃがみこんで少女の顔を覗きこむと、少女はピタリと泣きやんだ。しかし、心なしか小刻みに震えている。その様子に主婦たちはゴルドの背中を叩きながら
「ほら、ゴルドさん。この子固まっちまったじゃないか! その怖い顔さっさと引っ込めなって」
「おいおい、ひでぇな」
苦笑いをしたゴルドは頭を掻きながら立ち上がると、何かを思い出そうと首を傾げていた。
「このガキ……どっかで見たことあるんだが?」
「アレじゃないかい? 城門広場で白い服着たお爺さんと、よく一緒にいる子に似てる気がするよ」
「あぁ! 司祭さんの孫か! そうだ、そうだ」
やっと記憶に思い当たったようで頷くと、再びしゃがんでニカッと笑う。
「あの爺さん、確か移民街に住んでたよな……よし、おっちゃんが爺さんのところへ連れていってやる」
と言いつつ、サーリャを持ち上げて自分の左肩に乗せると、表通りの方へ歩き出すのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
いきなり持ち上げられて混乱していたサーリャが立ち直り、再び泣き始めた頃ゴルドは往来で槍を突きつけられながら囲まれていた。
「おいおい、お前ら何やってんだ?」
「えっ……あ、隊長!?」
王都内で槍を持ち出すような集団は衛兵隊以外にはいない。全員ゴルドに向けていた槍を立てると、一人の衛兵が前に出て敬礼する。
「すみませんでした、隊長! 人攫いが出たと通報がありまして……」
ガン泣きしている少女と、いかにも傭兵崩れといった風貌の大男である。おそらく最近移り住んでゴルドを知らない住民が、人攫いと勘違いして通報したのだろう。そこに視察に出ていたリリベットと、同行していたミリヤム率いる近衛隊が突入してきた。
こちらも同じく国民から噂を聞きつけたリリベットたちが、急いで現場に向かうと衛兵隊が取り囲んでいるのが見えたため突入してきたのである。
「あんた……なにやってるの?」
突入したミリヤムが衛兵隊の中心にいるゴルドに呆れた顔で尋ねると、ゴルドも呆れた顔で首を振って答える。
「何って……迷子の護送中だが……?」
その輪の中に遅れてリリベットが入ってきて、中の様子を確認すると困惑した顔で首を傾げるのだった。
「もう捕まえたの……じゃな?」
その後ゴルドに説明がされて誤解が解かれると、リリベットも呆れた表情を浮かべるのだった。そして側にいたレイニーに向かって
「レイニー……とりあえず、その子が泣き止ませるのじゃ」
「はいっ」
レイニーは言われた通りに、ゴルドからガン泣き中のサーリャを受け取ると、抱っこした状態で背中をさすって落ち着かせる。孤児院出身のレイニーは、自分より小さい子の面倒をみて育ったので子供の扱いに長けており、しばらくすると泣き疲れたのかサーリャは、そのままレイニーの腕の中で眠ってしまった。
「そのまま移民街へ行くぞ。ゴルドよ、案内するのじゃ!」
「あいよ」
そして移民街へ向かって歩き始めたリリベットだったが、その周りには隊長を含む近衛三名、同じく隊長を含む衛兵十二名の計十五名が取り囲んでおり、その仰々しい一団に住民たちは「何事か!?」と眉を顰めていた。
「え~い! 迷子の護送にこんなにいらないのじゃ!」
というリリベットの言葉に、ゴルドを除く衛兵隊は敬礼して通常の職務に戻っていくのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 移民街 ──
リスタ王国 移民街 ── 元々は他国から流れてきた移民たちと、現在暮らしている国民たちとの緩衝材的な役割を果たしているエリアだったが、最近は移民の数が急激に増え様々な文化が入り混じることで、ある種別の国のような雰囲気になっていた。
そんな移民街に入ると、物珍しそうなに辺りを見渡したリリベットは驚きの声を上げた。
「うむ……久しぶりに来たが、着実に発展しているようなのじゃ!」
そのまま進むと何か慌てた様子の女性が、リリベットたちを目掛けて駆け寄ってきた。彼女は息を切らせながら
「はぁ……はぁ……あんたら兵隊さんだろ? 大変なんだよ、サーリャちゃんがいなくな……って、サーリャちゃん!?」
女性はレイニーに抱かれたサーリャの姿を見ると驚いた様子を見せたあと、安心したのかほっと溜息をついた。
「あんたらが見つけてくれたのかい? ちょっと待ってておくれよ! いま司祭さま呼んでくるからっ!」
と言って、女性は再び走って行ってしまった。しばらくするとヨドス・ハン司祭と共に住民たちが集まってきた。どうやら住民たちで彼女を探し回っていたようだった。
ヨドス司祭はサーリャをレイニーから受け取ると、膝をつき彼女を抱きしめる。
「おぉサーリャ、無事で本当によかった! ありがとうございます、陛下!」
「うむ、無事に見つかってよかったのじゃ」
ヨドス司祭の言葉に、一部の住民たちがざわめき始めた。彼らはこの国に来たばかりで、リリベットの顔を知らなかったのである。
リスタ王国のほうが生活が楽になると信じて引っ越してきた住民もいるが、多くは領主に虐げられたりして、何らかの理由で自国で住めなくなって逃げてきた者たちである。
そんな彼らにしてみれば迷子を送り届けてくれる国王の存在は、ある意味新鮮であり驚きの対象だったのだ。そのまま自然とリリベットを讃える声が辺りに響き渡り、その大声援によってサーリャが目を覚ましたのだった。
その後しばらくして、この噂は移民街を駆け巡り、リリベットは新たな国民たちからの人気も獲得していったのである。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 レティ領 とある町の酒場 ──
フェルトの命令で、クルト帝国へ密偵に出ているリュウレの任務は情報収集である。収集対象は二つあり、一つはフェルトを狙っている『ザハの牙』の動向を探ること、もう一つは最近噂が広まってきている『リスタ王国の遺児』についてだった。
事前に金を握らせることで酒場から追い出されなくなったリュウレは、酒場を拠点に噂話を集めていた。ザハの牙の情報は相変わらず皆無だったが、遺児に関してはいくつかの情報が集まっていた。
曰く、先王の遺児は実在しており確かな証拠もある。年は現女王より上であり、本来の王位継承権は遺児にあった。とある町で決起の準備をしている。等々と出所不明の噂が飛び交っていたのだった。
そんな周辺の噂に聞き耳を立てていたリュウレの対面の席に、青年が突然ドガッと座るとニヤリと笑った。
時々こういう馬鹿がリュウレにちょっかいをかけてくるのだ。リュウレはまたかという感じで溜息をついた。ちなみに酒場に滞在するために店主に握らせている金は、彼らの財布から出ているのは言うまでもない。
青年は品確かめするように、リュウレを見つめたあと口を開いた。
「お前、沈黙のリュウレだろ?」
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『サーリャの大冒険?』
お昼寝から目覚めたサーリャは、家に祖父であるヨドスがいないことに気が付いた。彼女がよく眠っていたため、ヨドスは一人で宣教に出かけたのである。
「お爺さまは、わたしがいないとダメなの~」
サーリャはそう言うと、意気揚々と家から出かけたのだった。




