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第92話「乗馬なのじゃ!」

 オルグの船から降りる頃には日も傾きかけており、一行は急ぎ王城へと戻ることになった。王城に入るとリリベットは晩餐の着替えをするためにメイドたちに捕まり、そのまま連れて行かれてしまう。


 そして着飾ったリリベットは、諸大臣たちとの晩餐会に参加することになる。しかし緊張から今朝早く起きてしまった反動のせいか、晩餐会が終わろうかというタイミングで力尽き眠ってしまった。


 これまでも会議が長引くと疲れて眠ってしまうことはあったが、しっかりしていても彼女は子供であり、諸大臣たちもわざわざ目くじらを立てたりはしなかったのだ。




 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 その後、諸大臣たちにからかわれながら、お姫様だっこ(エスコート)の大役を任されたフェルトは、彼女を抱きかかえて寝室まで連れてきたのである。


 婚約者と夜の寝室と言うと艶っぽい響きがあるが相手は幼女であり、お目付け役(マリー)も後ろできっちり見張っている。フェルトはリリベットをベッドに寝かせると、スヤスヤと眠る彼女の髪を優しく撫でてから、後のことをマリーに任せて部屋を出て行った。


 彼が部屋を出て行くのを見送ったあと、マリーは手早くリリベットを脱がせて楽な格好にさせると上からローブを掛ける。そしてベッドの隅に置かれた、リボンが付いた金髪の男の子の人形を、そっとリリベットの枕元に置く。


 マリーは控えの間のドアまで歩き一度振り返ると、リリベットが金髪の男の子の人形をギュッと抱きしめていた。その様子にマリーは微笑むと一礼して部屋を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 ガルド山脈麓 牧場 ──


 数日後、リリベットとフェルトはガルド山脈麓にある牧場を訪れていた。海産物が名産であるリスタ王国ではあるが、小規模ながら酪農や畜産も取り扱っている。


 今回二人が、ここを訪れたのは視察……ではなく、以前約束した『馬に乗せてあげる』という約束を果たすためだ。牧場に着くとリリベットは目を輝かせて馬や牛を見ている。


 まずフェルトが一頭の立派な白馬を引いてきた。この馬はフェルトの愛馬『フェリー』である。フェザー領からリスタ王国までかなりの距離を移動したので、休息を取らせるために牧場で放牧中だったのだ。


「これに乗るのじゃな!?」

「あははは、君にはこの子は早いかな」


 フェルトに笑われて、少しムッした表情をするリリベット。そして牧場の従業員らしい人物がもう一頭白馬を引いてきた。フェリーに比べると半分ぐらいのサイズしかないその馬は所謂ポニーと呼ばれる馬だ。


 フェルトはそのポニーの首を撫でると、そのポニーは一鳴きして甘えるようにフェルトの手に擦り寄った。


「うん、大人しそうでいい子だね」

「む~……小さいのじゃ」


 リリベットは、大きな馬に乗っている格好良い自分を想像していたのか不満そうな顔である。彼女の身長ではどう考えても鐙まで足が届かないのだが、想像の中の自分は身長が伸びているようだった。


「フェリーには後で一緒に乗せてあげるから、まずは……」


 フェルトはポニーを連れてきた人からリンゴを受け取り、ポニーの名前を聞くとリリベットにリンゴを手渡しながらレクチャーをする。


「この子は『ナーク』って言うそうだよ。馬は臆病だけど頭がいい生き物だから、餌をくれたりする優しい人には、ちゃんと応えてくれるんだ」


 リリベットは首を傾げながらも受け取ったリンゴを、ナークの前に差し出すと手ごとパクリと食われた。突然のことに驚いて硬直するが、ズルリとナークの口から出てきた手は特に痛みなどはなかった。


「く……くさいのじゃ」


 ナークの口から出てきた涎まみれのグローブをプラプラしながら、渋い顔をしているリリベットの頭を撫でるとフェルトは笑いながら答える。


「あははは、でもナークも君を気に入ったみたいだよ?」


 ナークはリリベットに甘えるように擦り寄り、彼女は先程フェルトがやっていたようにナークの首を撫でてあげる。


 しばらく触れ合い馴染んだ頃合で、さっそく乗ってみることになった。リリベットは鐙に足をかけようとしたが高すぎて上手くいかず、結局フェルトに両脇を掴まれてナークの上に乗せて貰った。


「高いのじゃ!」


 ナークの背中は思ったより高く、リリベットは普段とは違う高さの風景に喜んでいた。


「高いから怖いかもしれないけど、姿勢を正して鐙に足をかけて、危ないから手綱は離さないようにね。でも万が一落馬したら、着地した瞬間すぐに離すんだよ?」


 リリベットが言われた通り、姿勢を正して鐙に足をかけると頷いてみせる。フェルトは横に立ちナークの手綱を引きながら牧場内をゆっくりと歩き始めた。


「わぁ……」


 ゆっくりではあるが初めて乗った馬に目を輝かせているリリベット。無機物である馬車や戦車とは違い、直接触れる馬の息遣いも鼓動も、まるで自身が大きくなったような感覚を与えてくれた。それがリリベットに大きな感動を与えてくれるのだった。


 しばらく乗馬を楽しんだリリベットは、今度は約束通りフェルトと一緒にフェリーに乗ることにした。まずリリベットを抱えたフェルトは彼女を鞍の上に乗せ、そのまま鐙に足をかけると、彼女を包み込むように鞍に跨った。


 かなり密着して乗る形になったが、リリベットは特に意識することはなく楽しそうと笑っている。


「それじゃ行くよ?」

「うむ!」


 危ないので速歩程度の速度しか出していないが、それでもかなり速く走っていると感じたリリベットは大はしゃぎで喜んでいた。


「速いのじゃ~!」


 その何とも可愛らしい様子に、フェルトは微笑みながら手綱を握るのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 それから二週間ほど経ったある日、リリベットは不機嫌な顔で公務をこなしていた。


「陛下、そんなお顔をしていると、顔が膨れてしまいますよ?」


 不機嫌そうに頬を膨らませながら机に向かっているリリベットに、マリーが若干呆れた顔で嗜めると、リリベットは


「元々、こういう顔なのじゃ!」


 と言って、そっぽを向いてしまうのだった。


 彼女がこんなに不機嫌な原因はフェルトである。現在、彼は外交官として外務大臣ヨクン・クレマンと共に、別の大陸である『ザッハール大陸』、『ユグニス大陸』を歴訪しており、リスタ王国への帰国は二~三週間後の予定になっていた。


 そのせいで、せっかく出来た遊び相手が遠くへ行ってしまった感覚を覚えて、子供のように拗ねているのである。


「仕方ありませんね……」


 とマリーはため息を付くと隣の控えの間へ行き、すぐにお菓子とお茶を載せたトレイを戻ってきた。


「陛下、少し休憩しましょう?」

「……うむ」


 マリーのオヤツに誘われて、リリベットは執務机から離れるとソファーに腰掛けた。その様子にマリーは微笑みながらティーカップに紅茶を注ぐ。リリベットがクッキーを摘み一口かじると、その口に広がる甘さに先程までの仏頂面が、嘘だったように笑顔になっていくのだった。


「今回はフェルト様の顔見せも兼ねてますから、少し時間がかかりますがすぐに帰ってきますよ」

「……わかってるのじゃ」


 わかっているけど納得できないといった表情を浮かべているリリベットだったが、再びクッキーを食べるとコロッと笑顔になるのだった。その様子にマリーは首を傾げながら


「……まだ色気より、食い気かしら?」


 と呟くのだった。





◆◆◆◆◆





 『別行動』


 フェルトが同行している使節団には専属の護衛がいることもあり、リュウレは別行動を取っていた。


 彼女は旅人風の格好をして単独でレティ領の調査に来ており、情報収集のために酒場に入った。しかし、店主に「子供が来るんじゃねぇ」とつまみ出されてしまうのだった。そんなリュウレに、いかにも胡散くさい男が声を掛けてきた。


「お嬢ちゃん、酒場に入れないなら俺と飲もうぜ!」


 リュウレが無言で立ち去ろうとすると、男はリュウレの肩を掴んで路地裏に引きずり込もうとする。特に抵抗を見せない彼女に男は


「そうそう……楽しい思いをさせてやるぜ!」


 と下品な表情を浮かべるのだった。




 数時間後……路地裏で顎が粉々に砕かれた男性が発見された。男は何とか生きていたが意識が混濁しており、金目の物はすべて奪い去れていたと言う。


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