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第91話「祖母なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 バルコニーでのセレモニーを終えたリリベットとフェルトは、バルコニーからそのまま寝室まで戻ってきていた。今回の生誕祭ではパレードを企画していないので、夜の晩餐会までは特に予定はない状態だった。


「さて、どうしようか?」

「街に遊びに行くのじゃ!」


 フェルトの問いに即答するリリベット。フェルトは最近の動向から少し危険だと感じていたが、リリベットの意思は変わりそうもないので諦めて同行することを決めた。


 式典用の真っ白な衣装を着ているフェルトは、軽く手を上げると着替えるためにリリベットに許可を取ることにした。


「リリー、僕はちょっと着替えてくるよ。さすがにこの格好では目立つからね」

「む……着替えてしまうのか、残念なのじゃ」


 少し残念そうな顔をするリリベットに、フェルトはクスッと笑うと部屋を後にした。それを見送ったあと、リリベットはサイドテーブルに置いてあるベルを鳴らす。


 その音に反応して、すぐに隣の控えの間からマリーが入室してきた。


「御用ですか、陛下?」

「うむ、フェルトと街に行くのじゃ。護衛の手配を頼むのじゃ」

「はい、わかりました」


 マリーはお辞儀すると近衛隊詰所に向かいミリヤムとラッツ、それに近衛隊の女性隊員一名を連れて寝室に戻ってきた。時を同じくして着替えたフェルトが護衛のオズワルトを伴って部屋に入ってくる。集まった者たちにリリベットは意気揚々と手を上げながら


「それでは出発なのじゃ!」


 と宣言するのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 城門広場 ──


 王城から出て大通りに繋がる城門広場に着いた瞬間、国民たちが集まってきて囲まれてしまった。国民たちもリリベットに祝福の言葉を贈りたいのだ。


「陛下ちゃんおめでと~」

「その子が、お婿さんかい? 可愛い顔してるじゃないか!」

「俺の……俺の陛下ちゃんに手を出しやがって……うっ」


 早々に酔っ払って絡んできそうな国民は近衛によって速やかに排除され、リリベットを囲む輪の外まで運ばれる。リリベットの護衛をしているとよくあることなので、近衛隊も手馴れたものである。


 中年の主婦たちは先程の婚約発表で、すでにフェルトも完全に身内扱いしており、気安く声を掛けてくる。


「本当にいい男だねぇ」

「ははっ、マダムたちもお美しいですよ」

「あら、やだよぉ! お美しいなんてっ!」


 フェルトからすればごく自然に出てくるお世辞だが、何だか面白くないリリベットは頬を膨らませている。その様子に主婦たちは笑いながら


「なんだい陛下ちゃん、ヤキモチかい? 本当に可愛い子だねぇ」


 と言って、リリベットの頭を撫でる。そんな様子の主婦たちに、リリベットはそっぽを向きながら


「ヤ……ヤキモチじゃないのじゃ!」


 と呟くのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 リスタ港 ──


 リリベット自体が目立つ上、赤と白を基調にした近衛隊の制服も目立つので、すぐに国民たちに囲まれてしまうリリベットたち一行は、人ごみを避けてリスタ港へ辿り着いていた。


 普段は船乗りたちがごった返しているリスタ港だが、生誕祭は祝日であり荷降ろしなどの入出港の作業は行われていない。おそらく港に隣接している酒場街には、船乗りたちが溢れかえっているだろう。


 商船から漁船まで大小様々な船が停泊している港を見つめながら、フェルトが目を輝かせている。


「そう言えば船を間近で見たことがなかったよ。かなり大きいんだね」


 いつもと違い、少し子供っぽい表情を浮かべている婚約者の顔をぼーっと眺めるリリベット。その視線に気が付いたフェルトが、微笑みながら首を傾げて尋ねる。


「どうかしたかい、リリー?」

「む? いや……それなら今度乗ってみるのじゃ。祝日じゃから今日は船は出ておらぬが……」


 その瞬間、後から豪快な笑い声が聞こえてきた。


「がっはははは、なんじゃお前ら。船に乗りたいんかい?」


 その聞き覚えがある声に驚いてリリベットが後を振り向くと、そこには浅黒い肌の巨漢オルグが立っていた。オルグはニカっと笑い


「それならワシの船に乗せてやるぞ!」


 と提案してきた。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 海上 船の上 ──


 突然現れたオルグのクルージングの誘いに乗ったリリベットとフェルトだったが、重量オーバーということで鎧を着ていたオズワルトと近衛隊員は乗船できなかった。


 現在この船にはオルグ、リリベット、フェルト、ミリヤム、ラッツの五人が乗っている。


 この船はオルグの私物の小型の魔導帆船で、オルグ一人でも操船できる船だ。かなりの速度が出るようで、あっという間に沖合いまで出てきていた。


 さわやかな海風が気持ちよく、以前よりかなり伸びて大人っぽくなってきた髪を押さえながら、リリベットは楽しそうに海を見ているフェルトを見つめている。


 海と密接した生活をしているリスタ王国では珍しくはなくても、広大なムラクトル大陸の内陸部では海を見ずに一生を終える人もいるのだ。


「がっははは、やはり海はいいのぉ!」


 ちょっと感傷的な気分になっているところをオルグの豪快な笑い声で妨害されると、リリベットは不機嫌そうな顔を向ける。


「オルグ、船を出してくれた事は感謝するが、お主……まさか飲んでおらぬじゃろうな?」


 酒飲みのオルグが、お祭り騒ぎの城下で酒を飲んでないなど考えられない。ジト目で睨んでくる幼女に、オルグは苦々しい顔をしながら自慢のヒゲを擦る。


「あ~……ルネちゃんに止められててなぁ、気晴らしに海に出ようとしたところにお前らがいたって寸法よ」


 オルグが言うルネちゃんとは、グレート・スカル号の船医のルネのことである。彼女は以前からオルグの酒量を注意しており、今回ついに警告が命令に変わったようだった。


 呆れた顔をしているリリベットを、懐かしいものを見る瞳で見つめていたオルグが呟く。


「陛下ちゃん……お前さん、だいぶエリーに似てきたなぁ」


 リリベットはきょとんとした顔で首を傾げる。エリーとはリリベットの祖母、つまりロードス・リスタの妻エリーゼの愛称だ。彼女が産まれるだいぶ前に亡くなっているため、名前は聞いたことがあってもよく知らない存在である。


「……お婆様に?」

「あぁ、アレはいい(ケツ)をした、いい女だったぜ」


 いつも通り尻の話しかしないオルグに、リリベットは呆れた顔をしながら首を振る。しかし「いい女」というキーワードに以前祖父に祖母のことを聞いた時、同じことを言われたのを思い出したのだった。その時はよくわからなかったが、いい機会だと思いオルグに尋ねることにした。


「お婆様は、どんな方だったのじゃ?」

「ん~エリーかぁ? 飛びきり美人ってわけでもなかったが、活発で明るい性格をしててな……それにいい(ケツ)していたぜ」


 その話を苦笑いをしながら呆れた様子で聞いていたラッツは


「オルグ会長は、相変わらずお尻の話ばっかりだな~」


 と呟くが、ミリヤムはジト目で彼を睨みつけながらボソリと呟いた。


「あんたも尻好き党(あの一派)って聞いたわよ?」

「だ……誰ですか、そんなこと言ってるのは!?」

「えっ? マリーだけど……」


 その回答にラッツは、思わず膝から崩れ落ちるのだった。


「お尻の話はよいのじゃ!」

「それが重要なんだが……まぁいい女だったぜ。なんと言ってもロードスの野郎は、エリーのために国を興したような……あっ!」


 オルグはそこまで言うと「しまった」という顔で口を塞いだ。リリベットはその言葉を聞き逃さず、オルグに詰め寄るがオルグはとぼけた顔をしながら


「あ~何の話だったか? 年を取ると物忘れが酷くてなぁ……がっはははは」


 と豪快に笑いながら誤魔化すのだった。


 結局、その航海中にオルグが口を割ることはなく、一瞬見えたと思えた謎はそのまま謎のまま残るのだった。





◆◆◆◆◆





 『リスタ王国建国の謎』


 リスタ王国最大の謎として語り継がれている『リスタ王国建国の謎』とは、当時なに不自由なく領地を治めていたロードス・クルトが、ある日突然独立し建国に至った動機である。


 ロードスは、この事をリリベットには語らず世を去ったため、動機を知っている人物は宰相のフィン以外はいないと言われていたが、どうやらロードスの友人であったオルグも知っているようだった。

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