第90話「婚約なのじゃ!」
第90話「婚約なのじゃ!」
リスタ王国 王城 女王寝室 ──
朝日が出るまで少し時間があり、辺りは薄暗い時間帯にリリベットは目を覚ました。基本的に規則正しい生活をしている彼女には珍しい時間の目覚めだ。
今日は生誕祭であり、リリベットの十歳の誕生日である。彼女がこんな時間に目を覚ましてしまったのは、彼女にとって今日がいつも以上に特別の日だからだ。
今日は彼女とフェルトが婚約を正式に発表する日である。その緊張からか、かなり早い目覚めになってしまったのだ。
「むにゃ……まだ薄暗いのじゃ」
モゾモゾとベッドから這い出て、ベッドの脇にあるサイドテーブルの上に置いてあるランプを点けようとするが、いつもは自分では点けないため少し手間ってしまう。しかし、しばらくガチャガチャとやっていると、なんとか灯りを点けることができた。
優しい感じの灯りがつき、ベッドの周りだけ少し明るくなる。まだ眠いのかボーっと周りを見渡すと、鏡に反射した灯りが見えた。
「うむ……アレは?」
リリベットが鏡台に近付くと、毎年恒例になっている黒い箱が置かれていた。リリベットが寝ている間にマリーが置いた贈り物だ。
鏡台の椅子に座り、ソワソワと箱を見つめるリリベット。今回も高級感がある黒い箱だったが、いつもと違うのはリボンの替わりに赤いバラが一輪とメッセージカードが置かれていた。
これは彼女への贈り物であり、もう日付は変わっているので別に気にする必要はないのだが、朝が来る前に見るのは悪いことをしている気分になるのだった。
今すぐ開けたい気持ちを断ち切るように、首を振って席を立ちベッドに戻ろうとする。しかしやっぱり気になるのか、鏡台との間を何度も往復するようにウロウロとしている。
「う~……」
リリベットは散々迷ったが、結局ランプを消してベッドに潜り込むことを選ぶのだった。
◇◇◆◇◇
三時間後 ──
いつもの起床時間にマリーが入ってくると同時に、リリベットはベッドから飛び起きる。その様子にマリーは少し驚いたが、そのまま姿勢を正して挨拶をする。
「あら……おはようございます、陛下」
「うむ、おはようなのじゃ!」
そのまま鏡台まで進み椅子に座るとマリーの方を見る。マリーはクスッと笑うと、リリベットの元まで歩いた。
リリベットはさっそく黒い箱に添えられていたカードを手に取って、読み始めたがすぐに首を傾げることになった。
「これは……母様のじゃないみたいなのじゃ?」
「はい、今年はフェルト様が用意してくれたようですよ」
フェルトからの贈り物ということで、いつも以上にソワソワしながら箱を開けると、赤いリボンの付いた黒いノースリーブのドレスに赤いスカート、他の箱には黒い靴と手袋が入っていた。
「ふむ……こんな感じのが好きなのじゃろうか? ……とりあえず着てみるのじゃ」
その言葉にマリーが二回手を叩くと、いつものようにリリベット付きのメイド隊が部屋に入って来て彼女の準備を進めていく。
しばらくして準備が終ったリリベットは、姿見の前に立っている。
「うむ……去年の服より、ちょっと子供っぽくはないじゃろうか?」
「いえ、とてもお似合いですよ」
マリーは去年の無理した大人びた服装より、まだリリベットには可愛らしい服装のほうが似合うと思っていた。その点、今回のフェルトの選んだ服は、大人びているようで可愛らしさを忘れない良いセンスだと言える。
「さっそく見せにいくのじゃ!」
マリーの回答に満足したように頷くと、今年も意気揚々と見せびらかしに行くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 フェルトの部屋 ──
まだ城下に屋敷がないフェルトは、王城にある王族エリアの一室に住んでいた。このエリアにはリリベットやヘレンの寝室や女王執務室、それに近衛隊が詰所としている一室などがある。
そんなフェルトの部屋に、執事に通されてリリベットがマリーを連れて入ってきた。
「やぁ、リリー! とても似合っているねっ」
フェルトは自分が贈った服で着飾ったリリベットの姿を見て、満足そうに微笑むのだった。その笑顔にリリベットは急に恥ずかしくなったのか、顔が少し赤くして俯いている。
フェルトの方も準備中だったようで、式典用の真っ白な礼服に身を固めており、いつもより凛々しく見えた。
「フェ……フェルトもカッコいいのじゃ……」
やや俯き気味に呟いたリリベットにフェルトはクスッと笑うと、感謝を伝えながらも済まなそうな顔をする。
「ごめん、リリー。僕の方はもう少し準備が掛かりそうなんだ」
「うむ、わかったのじゃ……それじゃ母様のところに行くのじゃ!」
リリベットはそう言い残すと、マリーを連れて部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 通路 ──
準備が終ったフェルトはリリベットがいる先王妃寝室前まで来ていた。しばらく待っているとリリベットが部屋からマリーを連れて出てきた。そして、部屋の前で待っていたフェルトに
「待たせたのじゃ!」
と二マリと笑うのだった。フェルトは首を軽く振ってから右手を差し出した。
「いいえ。それでは参りましょうか、女王陛下」
「うむ……では、エスコートを頼むのじゃ」
リリベットは差し出された手に、左手を軽く乗せてフェルトと向きを揃える。そして一緒にバルコニーに向けて歩き出すのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 バルコニー ──
九歳の生誕祭とは違い今回の式典では、リスタ祭と同じくバルコニーからの演説を行うことになっていた。
バルコニーに入ったリリベットとフェルトに暖かな風が吹きつけると共に、彼女を待ちわびる城下の歓声が聞こえてきた。緊張しているのか少し震えているリリベットに気が付いたフェルトは
「大丈夫だよ」
と優しく囁くと少しだけ右手に力を込めた。リリベットはそんな彼を見上げると笑顔で頷く。
「うむっ!」
バルコニーの手摺のところまで歩み出たリリベットは、フェルトから手を離し自分だけ壇上に登った。これで少し後ろにいるフェルトと同じぐらいの背の高さになる。
リリベットが姿を見せたことで、バルコニー下の開放された広場では国民の歓声がより一層大きくなった。
「陛下ちゃーん!」
「お誕生日、おめでと~!」
「きゃぁぁぁ!」
リリベットは、その声援に笑顔で手を振って応えるのだった。リリベットが目の前にある宝珠を指先で軽く叩くと、トントンっという音が国民の近くに設置してある宝珠からも聞こえ、国民による歓声が小康状態になった。
リリベットは一度深呼吸をしてから口を開いた。
「皆の者、本日はわたしの誕生を祝って貰い感謝するのじゃ! 十という節目を向かえ、わたしも立派なレディになったと思うのじゃどうじゃろうか?」
リリベットはわざと一度そこで話を区切る。それに合わせて国民たちから笑いが洩れた。
「あはははは」
「まだまだ小さいなぁ~」
普通の国であれば不敬罪に取られそうな反応であるが、リリベットからすれば場を和ませるための発言である。これは彼女なりの人心掌握術であり、国民を家族のように扱うこの国だから出来ることだった。
「ごほんっ……九つからの一年、大きな問題もなく平安な日々を過ごすことができたのじゃ……これも全て国民の尽力によるものと感謝しておる。わたしはこれからも国民と共にあり、国を盛りたてていく所存なのじゃ!」
リリベットの言葉に、国民も腕を振り上げ大歓声で応えるのだった。その声援にリリベットは手を振りながら応える。
しばらくして歓声が収まり、国民たちは締めの言葉……つまり宴の始まりの言葉を待っていた。しかしリリベットは二回深呼吸をしてから発言を続けた。
「締めの言葉の前に、もう一つ発表があるのじゃ」
その言葉に国民たちは何事かと顔を見合わせたが、大人しくリリベットの言葉を待った。リリベットはフェルトの方を見て頷く、フェルトはそれに合わせて彼女の横まで歩み出る。
「わたし、リリベット・リスタは……十になった祝いの日に、こちらのフェルト・フォン・フェザーと正式に婚約したことを皆の前で宣言するのじゃ!」
そのリリベットの宣言に、広場ではザワザワとどよめきが広がっていた。不安そうに国民たちを見つめるリリベットの手をフェルトがそっと握る。
その瞬間 ──
広場全体が震えているのではないかと思うほどの大歓声が沸き起こったのである。
「陛下ちゃん、おめでと~!」
「婚約おめでとっ!」
「陛下ちゃん泣かせたらぶん殴るぞ、コノヤロー!」
一部物騒な発言も飛び交っていたが、殆どの国民は祝福の声援を送っている。その様子に二人は見つめ合い、晴れやかな笑顔を交換するのだった。
◆◆◆◆◆
『幼女王の婚約』
後に『幼女王の婚約』と呼ばれた宣言は、瞬く間に国中に広まった。祝福する者、自棄酒を煽る者、台本を書き始める者など国民の反応は様々ではあったが、概ね祝福されリリベットはフェルトと共に一歩目を踏み出すこととなったのである。




