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第88話「災いの元なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 中庭 ──


 王立学園の授業が始まり三ヶ月が経過していた。陽気も暖かくなってきており、王城の中庭では久しぶりにお茶会が開かれていた。


 参加しているのは前回と同じく、リリベット、ナディア、メアリーの三人である。給仕にマリー、護衛は近衛隊員が一名だけ遠巻きに待機している。


 ナディアとメアリーは王立学園の初等部に通っている学生でもある。特にナディアは優秀で、近いうちに中等部へ進むのも確実だと言われていた。


 彼女は十二歳になっており、リリベットがフェルトと一緒に公演を観劇した時より、さらに成長してすっかり年頃の少女である。しかしメアリーは十一歳になってもあまり変わっておらず、再来月には十歳になるリリベットに身長も追いつかれた感じだった。


 しかし、そんなメアリーにも変化はあった。


「ラッツお兄ちゃんはもちろんカッコいいけど、最近ケビン君もカッコいいと思うんだっ!」


 あれほど熱を上げていたラッツ以外の男子にも興味を示し始めたのだ。ケビンというのはメアリーと同じ年齢の男の子で、彼女たちと同じく学園の生徒である。


「ケビン君って、あのヤンチャな子でしょ? 私はもっと大人しい方がいいかな~」

「え~カッコいいじゃん!」


 リリベットは学園には通ってないため、二人の話にはついていけなかったが、学園生活の話を聞くのはとても楽しくニコニコと笑っている。


「ナディアちゃんはいいよね~。色々大きくて男子にも人気だし!」

「大きくてもいいことなんてないよ。演劇するのにも邪魔だし……」


 ナディアは幼女王シリーズの主演女優だが、成長が早く周りからはそろそろ降板か? と囁かれているのである。もちろん一座に彼女以上の子役が居るわけではないので、もうしばらくは安泰ではあるが、いずれは違う役をやることになるだろう。


「大きくなったと言えば、最近陛下ちゃんも少し膨らんできたよね?」


 紅茶を飲んでいるときに急に話を振られたので、少し咳き込みながらティーカップをソーサーに戻す。


「けふっ……そうじゃろうか?」


 メアリーが言った通り、リリベットも第二次性徴が始まったのか、子供から大人へと成長を始めていた。メアリーは小刻みに震えながら呟く。


「このまま私だけ成長しなかったら、どうしよう……」

「それはそれで可愛らしくていいじゃない? ほら、ヘルミナ様とか!」


 メアリーは頭を抱えながら机に突っ伏すと


「あんな常世幼女は嫌だよ~。おかしいなぁ、予定では今頃もっとグラマーになってるはずだったんだけどなぁ」


 とブツブツと呟くのだった。そんなメアリーにナディアは呆れた顔をしていたが、顔を上げた瞬間凍りついた表情を浮かべた。


「常世幼女……」


 メアリーの後ろからボソリと聞こえたその声に、全員ビクッと身震いをする。メアリーがチラリと後を振り向くと、目が笑ってない笑顔のヘルミナが書類を持って立っていた。


「……陛下、お楽しみのところ申し訳ありません。急ぎこれに目を通していただきたく」

「う……うむ、では執務室で見るのじゃ」


 ヘルミナの威圧感に震えながらも気丈に振舞ったリリベットは、空気を読んでヘルミナと一緒にその場を後にするのだった。


 二人の背中を見送りながら、メアリーは慌てた様子でナディアに尋ねる。


「ど、ど、どうしよう!? ナディアちゃん」

「ちゃんと謝っておきなさいよね……」


 ナディアはそう言いながら、呆れた表情で首を振るのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 フェザー公爵の屋敷 公爵執務室 ──


 そのお茶会から一月後、リリベットの生誕祭を間近に控え、フェルトはついにリスタ王国入りを決意していた。今日は父であるヨハン・フォン・フェザー公爵の執務室に、明日の出発を伝える挨拶に来ていた。


「そうか……行くのか」

「はい、父上。ザハの牙の動向は気になりますが、領地に入ってからは動きがありませんので」


 フェルトがフェザー領に入って以来、襲撃者はおらず探りを入れていたオズワルトやリュウレ、それにフェザー家の密偵たちも何も掴めなかったのである。


「わかった。では護衛をつけよう」

「いいえ、父上。大丈夫ですよ、大人数では問題になるでしょう?」


 フェザー領やリスタ王国が安全だとしても、フェザー領からリスタ王国は直接隣接しておらず、レグニ領を経由する必要がある。レグニ侯爵とフェザー公爵は仲が悪いわけではないが、護衛だとしてもフェザー領主軍が他領に侵入するのは、後々問題になることが予想されていた。


「確かに騎士団を派遣するとなると、レグニ侯爵を刺激するやもしれぬな……よし、わかった! それでは私が行こう」

「えぇ!?」


 フェルトの驚きは当然のものであった。フェザー公爵と言えばクルト帝国一の重臣とまで言われ、おいそれと他国へ行って良いような人物ではないのだ。


「いや、さすがに問題があるのでは? それに領地の運営はどうするのです?」

「がっはははは、そんなものはレオナルド(あいつ)にやらせておけばよい。いずれは領地を任せねばいかぬと言うのに、あいつには帝都からまったく帰ってこぬからな」


 フェルトの兄である長男レオナルド・フォン・フェザーは、クルト帝国の軍務大臣であり平時は帝都に常駐している。


「それに私も義理の娘になる者(リリベット)を見てみたい。何と言っても(ヘレン)の娘だ、さぞ美しいのだろうな」

「はぁ……まぁ可愛らしくはありますが……」


 どうやら本気で付いてくるつもりらしい父親に、呆れた顔をするフェルトだったが思いっきり肩をバシバシと叩かれる。


「なんだ、もう惚気か?」

「い……痛いですよ。父上!」


 公爵としての顔でない父は、いつもこんな感じだったなと思い出しながら、苦笑いを浮かべるフェルトだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 レグニ領 リスタ王国へ向かう街道 ──


 四日後、フェルト、オズワルト、リュウレの三名と、フェザー公、そして護衛騎士二名、それに御者の計七名はレグニ領にある森の中の街道を北に進んでいた。


 フェザー公は一応変装すると言って騎士と同じ格好をしており、リュウレと御者を除く者たちは全て騎乗していた。


 その日は春の良い陽気で遠乗りをするにはもってこいの天気だったが、そんな穏やかな雰囲気もフェザー公の声で終わりを告げる。


「フェルトよ!」

「何ですか、父上?」


 フェザー公は前方を見つめながらニヤリと笑う。


「どうやらお客様が来たようだぞ」


 フェルトが前方を見ると、そこには丸太などで簡単に塞いだ関所のようなものが出来ていた。


「全体停止ぃ! 全周警戒っ!」


 フェザー公の号令の元、フェルトと馬車を中心にオズワルトが前方、左右を護衛騎士、後方を馬車から飛び出したリュウレが固めた陣形が組まれた。


 しばらくして森の中から、ワラワラと武器を持った四十人ほどの野盗が彼らを囲むように現れる。その中の頭目風の男がニタついた顔で、蛮刀を突きつけながら叫ぶ。


「金目のものと女は置いてけぇ! ついでに命もなぁ」

「断るっ!」


 間髪入れずに断言したのはフェザー公である。彼は一瞬のうちに馬を駆けさせオズワルトより前に出ると、右手に持った大剣『セラフィム』を馬上から一薙ぎした。


 その一薙ぎで頭目風の男を含む三人の首が飛ぶ。その突然の出来事に混乱した野盗たちは、少し遅れて動き出したオズワルトと護衛騎士たち、そしてリュウレの手によって次々と倒されていった。


 フェザー公やオズワルトはもちろん、護衛騎士たちも大陸最強と謳われるフェザー領主軍の選抜騎士である。それぞれが鬼神のような強さで、瞬く間もなく周囲は血の海と化すのだった。


 後方で馬車を護っていたリュウレも、その容姿のせいで狙われたが、野盗如きが本気になった沈黙(サイレント)のリュウレを止められるわけもなく、次々と斬り倒されていった。


 出遅れてしまったフェルトは、その様子をポカンと見ているしかなかった。


「知ってはいたけど、相変わらず無茶苦茶な強さだな……」





◆◆◆◆◆





 『大剣セフィラム』


 フェザー公の渾名でもある剛剣公の名前の由来にもなっている大剣。

 フェザー公爵家の家宝でもある。

 材質はロードス王の剣と同じく不明で、いくら斬っても切れ味が変わらない特徴を持っている。


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