第87話「新年なのじゃ!」
リスタ王国 王城 北バルコニー ──
年が明け、学府 ── 完成に伴い名称を改め、『王立学園』の開校は明日に迫っていた。名称の決定に際し創立者の偉業を讃え、『王立リリベット学園』にしようという案もあったが、リリベットが珍しく強権を発揮し却下された。
現在、学園はもとより王城でも式典の準備のために大忙しであったが、リリベットはこっそりとウリちゃんを連れて、あの夜に訪れた北側のバルコニーを向かっていた。ウリちゃんは最近どんどん成長して大きくなっており、そろそろリリベットが乗れるのではないか? と思えるサイズまで膨らんでいる。
突然大きくなり始めたのはリリベットの成長に伴い、魔力の供給量が上がっているためであるが、そんなことは知らない彼女は中庭で変な薬草でも食べたのではと心配していた。
ガラスの扉を開けると、海側からの冷たい風が容赦なく吹きつけ身を裂くような気分になる。リリベットが身震いしながらもバルコニーの中心辺りで座ると、ウリちゃんも隣に寄り添うようにしゃがみ込む。リリベットがウリちゃんを軽く撫でてから寄りかかると、モフモフの毛に埋まりとても温かった。
しばらくモフモフの感触を楽しんだリリベットは、持ってきた手紙を開けじっくりと読み始める。
それはフェルトからの手紙だった。彼からの手紙を読んでいると自然と笑顔になるらしく、一度ナディアやメアリーにからかわれてから、誰にも見られないように隠れて読むようになったのだった。
とは言え、手紙の内容は別に愛を囁くような恋文ではなく。ごく普通の新年の挨拶や近況報告なのだが、それでも自然と顔が綻んでいくのがわかる。
「ふむふむ……元気にやっているようなのじゃ。今はフェザー領にいるのじゃな……うむっ?」
手紙の最後に気になる一文を見つけたリリベットは、首を捻って考え込む。
「『身辺には十分注意して』……とは何のことなのじゃ?」
考えてもわからなかったリリベットはふいに吹いた冷たい風に身震いすると、再び顔をウリちゃんに埋めるのだった。
◇◇◆◇◇
フェザー領 フェザー公爵の屋敷 フェルトの私室 ──
同じ頃、フェルトの元にもリリベットからの手紙が届いていた。彼はクルト帝国の外交官を辞したあと、生家であるフェザー領の屋敷に戻ってきていた。
リリベットには伝えてないが、帝都で何度か襲撃されたためである。襲撃者自体はリュウレやオズワルトの活躍もあり撃退できたが、襲撃の理由が不明なため安全策としてフェザー領まで戻ってきたのである。
執務机の上からペーパーナイフを取り、封を切ると手紙を読み始めた。
こちらの手紙にも、やはり新年の挨拶から始まり近況報告が書かれていたが、言葉の端々に「まだ来ぬのか?」というニュアンスを感じ取れる文章だった。
フェルトはクスッと笑い、引き出しを開けて手紙をしまうと窓の外を見ながら呟いた。
「どうやら元気そうだ、向こうは大丈夫そうだね。僕も出来ることなら早く行きたいのだけどね……」
しばらくしてノックの後にオズワルトが入ってきた。彼は姿勢を正してフェルトに敬礼する。
「フェルト様、ただいま戻りました」
「うん、ご苦労様。帝都はどんな感じだった?」
フェルトはそう言いながら、オズワルトに自分の対面のソファーを勧める。オズワルトは勧められるままソファーに腰を下ろした。
オズワルトはフェルトをフェザー領まで送り届けたあと、襲撃事件の真相を調査のために再び帝都に戻っていたのだ。
「はい、やはり『ザハの牙』が動いているようです」
「ザハの牙か……」
暗殺者ギルド『ザハの牙』── かなり古い暗殺者集団で時代の節々で表舞台に現れては、世を動乱へと導くと言われており、過去にはクルト帝国皇帝の暗殺に成功している。クルト帝国が威信をかけて何度か調査しているが、人数や拠点も掴めず正体はよくわかっていない。
ただ『ザハの毒』を使うことが特徴であることから、ザハの牙と呼ばれているのだ。一説によると複数の暗殺ギルドの集合体であるとも言われている。
先のリリベット襲撃事件や、リリベットの父である先代国王の暗殺にも関与されていると言われており、クルト帝国のみならずリスタ王国にも因縁浅からぬ相手なのだ。
「僕は、彼らに狙われる覚えがないんだが……」
リスタ王国での最初の一件を除いても、クルト帝国国内ですでに三度も襲撃されており、明確にフェルトを狙っているような動きだった。
「彼らは報酬で動くとも、何か別の理で動くとも言われてますからね」
「とりあえず引き続き調査をお願いします」
「はっ」
オズワルトは立ち上がって敬礼すると、そのまま部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王立学園 校庭 ──
翌日、王立学園では入学式典が執り行われていた。敷地内にある校庭……と言えば聞こえがいいが、正確には校舎増設予定の更地で行われている式典には、今年度の入学生三百人と教職員や事務員の他に、リリベットを含む国の重鎮たちが参加していた。
この学園では初等・中等・高等の三つのランクに分かれることになっており、基本読み・書き・計算が出来れば、年齢を問わず初等部からの入学になる。
優秀な成績を認められれば、徐々に中等・高等と上がっていくシステムだ。入学資格は年齢制限があり、若者の育成を目的にしているため、八歳~十六歳までとなっている。
リスタ王国の識字率は元々帝国より高く、簡単な読み書き計算は今までも修道院併設の学習塾で教えていたため、入学条件に達しない子供は少ない。
まず学芸大臣アルビストンが壇上に上がり、入学の祝辞を述べている。運営母体はリスタ王家だが、彼はそのまま文芸大臣と初代学園長も兼任することになっていた。
教授のスピーチは慣れているのか、長くもなく短くもない絶妙なタイミングで終わり、続いてリリベットからの祝辞である。この日の彼女はアイボリー生地に同色の花をあしらったドレスを着ており、いつもの式典用の衣装に比べるとおとなしめの格好をしていた。
彼女は壇上に立ち姿勢を正して生徒たちを見渡すと、生徒たちがザワザワと騒ぎ始めてしまう。この国ではリリベットは大人から子供まで人気があり、彼女が眼前に立てばある程度ざわめくのは仕方がないと言える。
いつものことなので、リリベットも特に気にした様子もなく、そのまま話を始めた。
まずは学園建設に尽力した臣下、及び建設従事者に感謝の意を表し、生徒たちには若手育成という学園の意義を説明をした。そして締めの言葉として大臣たちを指しながら
「あちらを見るのじゃ。彼らは我が国を導いてくれた忠臣ではあるが、いつわたしを支えれなくなるかわからんのじゃ……如何せんもう歳じゃからな!」
老齢の大臣たちにとっては、この程度の発言は可愛い孫が生意気を言ってる程度であり、怒る者は一人としていない。生徒たちからも少し笑いが洩れる。
「お主たちは、これからよく学び、彼らを支え、女王を支え、国を支えられる存在になってくれること信じておるのじゃ!」
この女王の期待にいよいよタガが外れ、生徒たちは腕を上げながらリリベットを讃える言葉を叫び始めてしまった。
その後、少し混乱はあったものの式典は無事に終了した。こうしてリスタ王国は新しい年を迎えるのと同時に、新たな一歩を踏み出したのである。
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『リスタ王国の新年』
リスタ王国の国民は基本お祭好きではあるが、年明けの時期は比較的厳かに過ごす人が多い。特に決まった行事もなく、酒飲みたちもゆっくり酒を飲んだり、家族や恋人と一緒に過ごすのが一般的である。




