第84話「相談なのじゃ!」
合流したリュウレたちから襲撃者の報告を受けた一行は、警戒しながら学府エリアから王城へ向かうことになった。その帰路では特に襲撃者の影はなく、無事に王城まで辿り着くことが出来たが不思議な出来事が起きていた。
大通りまで戻ったラッツは襲撃者について衛兵に報告。衛兵隊が現場に急行したものの襲撃者の死体がなくなっていたのだ。現場には争った跡だけが残されていたため、すぐに周辺の捜索も行われたが結局発見には至らなかった。
リスタ王国 王城 貴賓室 ──
その日の夜、フェルトは貴賓室のソファーに腰を掛けていた。対面にはオズワルトが座って居り、テーブルにはワインのボトルとグラスが二つ置いてある。リュウレは別室ですでに眠っており、貴賓室の扉の前にはリリベットから派遣された衛兵が護っていた。
「オズワルトさんは……」
「フェルト様、私に敬称は不要と」
オズワルトに窘められて少し失敗したという顔をしたが、フェルトはワイングラスを傾けて空にすると一息をつく。家格はフェザー家のが上ではあったが、フェルトはオズワルトを歳の離れた友人のように慕っていた。
「まぁ……いいじゃないですか、今は二人だけですし」
「仕方ないですね。それで何でしょうか?」
開き直ったフェルトをそれ以上は窘めようとはせず、オズワルトも話を聞く体勢を整える。それを感じたのか、フェルトはそのまま言葉を続けた。
「襲ってきた襲撃者、どこの者だと思う?」
「私見でよろしければ……」
私見で良ければ発言をするというオズワルトに、フェルトは頷いて話を進めるように促す。
「そうですね。考えられるところで二つぐらいでしょうか? 一つはクルト家です。先のサリナ皇女との縁談を断ったことで、恨みを買ったかもしれません。サリマール陛下やサリナ皇女は、そんなことはしないでしょうが……お二人の母君、皇太后様ならやりかねませんな」
「あははは、確かに恨みは買いたくない相手だね」
クルト帝国の皇太后は、サリナ皇女と似ず苛烈な性格をしていることで有名であり、フェルトも苦手な人物だった。しかしフェルトは手を広げて首を振ると、その答えを否定する。
「でも、まぁ違うだろうね」
「そうでしょうね。皇太后がその気なら我々の首など、とっくに胴体と別れておりますから」
オズワルトの言葉に、二人は「違いない」と楽しげに笑うのだった。フェルトとオズワルトは、再びグラスにワインを注ぐとグラスを傾けて飲む。
「皇族で無いとすれば……」
「あとは有力貴族でしょうか? フェルト様は出世頭ですし、結構恨みも買っておりますからね」
「僕としては、皆と仲良くしたいのだけどね」
オズワルトは苦笑いをすると、再び一口飲みグラスを置いた。
「あぁそれもありましたね、ずばり女性関連です。宮中でも好いた女性が、フェルト様に盗られたという話をよく聞きますよ?」
「う~ん、ひどい誤解だ。僕から手を出したことはないのだけど」
今度はフェルトが苦笑いを浮かべていた。二人とも残っているグラスを空にして、テーブルに置くと真剣な表情をする。
「それで……どこの家だと思う?」
「一番怪しいのは、やはりレティ家でしょうか」
レティ侯爵家は元々智謀に長けた一族で、多くの文官を輩出している。武のレグニ、智のレティと言えば共にリスタ王国初代国王、旧姓ロードス・クルト公爵の腹心であり、『皇帝の密約』によって返却された領地と共に、帝国領に戻されてしまった一族なのだ。
その結果、帝国内からも『裏切り者』と疎まれがちだったが、現皇帝のサリマールは能力主義であり両家とも重宝しているため、権威もだいぶ復権してきていた。
「レティ家か……」
しばらく黙って空になったグラスを見つめているフェルトに、ボトルを突きつけワインを注ぐオズワルト。
「どうやら、他にも話があるみたいですね?」
「うっ……う~ん、そうだね」
フェルトは注がれたグラスを傾けてワインを飲み、ゆっくりとテーブルに置く。
「オズワルトさんは、確か既婚でしたよね?」
「以前はしてましたが、今は独り身です。貴族ではなくなった際に、妻とは別れましたので……」
オズワルトは隣接している男爵家から、幼馴染の令嬢を妻に迎えたがポート子爵家が没落したため、男爵は大激怒し娘を無理やり男爵領へ連れ戻されてしまった。そしてオズワルトに対しては、絶縁状が叩きつけられたのである。
「それは……知らなかった」
気まずい質問をしてしまったと弱った表情を浮かべるフェルトに、オズワルトは微かに微笑む。
「そんな話をしてくるということは、縁談のお話ですか?」
フェルトは静かに頷いた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 食堂 ──
リスタ祭が始まってから四日が経過していた。スケジュール的には折り返しになっており連日のお祭騒ぎも少しは治まったが、相変わらず酔っ払いによる乱闘騒ぎなどが起きており衛兵隊は大忙しである。
現在王城の食堂では、ソーンセス公国外務大臣タイルとの会食が行われようとしていた。参加するのは、リスタ王国側が女王リリベット、宰相フィン、近衛隊長ミリヤム、財務大臣ヘルミナ、外務大臣ヨクン・クレマン。ソーンセス公国側は、外務大臣タイルと外交官二名、そして髭を生やした武人風の男が一人だった。
リリベットは食堂に入ってきたソーンセス公国の使節団の中で、明らかに浮いている武人を一瞥すると首を傾げる。
「タイル殿、そちらの方は?」
「あぁ、失礼を! こちらは……」
タイル大臣がそこまで言うと、武人風の男が一歩前に出て敬礼をする。
「私はソーンセス公国軍を預かる将軍のロレンスです。お初にお目に掛かります。お会いできて光栄です、女王陛下」
ロレンスはレグニ領主軍の同盟への圧力を解消した『幼女王の初陣』の際に、公国国境付近でレグニ領主軍と対峙していた軍の将軍である。戦時でもない外交の場に護衛でもない将官が訪れることは非常に珍しいため、リリベットはおろか宰相やヘルミナも驚いていた。
リリベットは気を取り直して挨拶をする。
「わたしがリリベット・リスタなのじゃ。ロレンス将軍、お会いできてわたしも嬉しく思うのじゃ」
「ははは、このような華やかな場に、私のような無骨者が現れたので驚いているようですな。先の戦いの礼をどうしても直接述べたく、タイル大臣に無理を言って連れてきて貰ったのです。貴女は我が国の恩人だ」
ロレンス将軍の言葉にリリベットはニコリと笑うと、ソーンセス公国の使節団に座るように勧める。
その後、給仕が運んできた食事が並べられていき会食が開始された。実務的な外交の話は、宰相や外務大臣がタイル大臣と話し合っているので、ロレンス将軍やリリベットたちの会話は自然と先の戦いの話になっていく。
「ふむふむ……では、あの見事な作戦を考えたのは、シグル・ミュラーという御仁だと言うわけですな!」
「うむ、じゃから手柄はあやつのものなのじゃ」
「いやいや、ご謙遜を! 優れた王でなければ、そのような作戦は実現不可能だったでしょう」
褒められてはいるものの、先日観たばかりの『幼女王の初陣』を思い出すのか、何とも居心地が悪い表情を浮かべるリリベットだった。
「是非とも一度、稀代の名軍師殿にお会いしたいですな!」
「うむ、それでは滞在中に会えるよう調整してみるのじゃ。仔細は追って連絡するのじゃ」
「おぉ、ありがたい!」
その後は最近戦術にも興味を持ち始めたミリヤムと、ロレンス将軍の戦術談義が華を咲かせ、無事にソーンセス公国との会食も終了したのだった。
◆◆◆◆◆
『旧北クルト領』
その当時の皇帝の弟であるロードス・クルト公爵は、ムラクトル大陸北部、現在のリスタ王国とレグニ領やレティ領を治め、帝国最大の領地を保持していた。しかし、突如独立を宣言して建国。その過程でレグニ侯爵とレティ侯爵に治めていた土地の大半を譲ってしまう。
噂では両侯爵はロードス王を信奉しており、共に征くことを望んでいたとも言われている。




