第83話「野盗なのじゃ!」
リスタ王国 王都 大通り ──
劇団『運命の紬糸』の『幼女王の初陣』が終り、大劇場を後にしたリリベットたち一行は大通りまで戻ってきていた。
「いい劇だったね、リリベット」
「う……うむ、内容には物申したいが、良い演技だったのじゃ」
演目自体は嫌がってはいても、友達の演技はちゃんと認めるリリベットを、可愛らしいと感じたのか頭を優しく撫でてあげるフェルト。
彼に頭を撫でられるのが嫌いではないリリベットは、大人しく撫でられていたが、少しくすぐったいのかモジモジと身じろいでいる。そんな様子にフェルトはクスリと笑う。
「な……なんじゃ?」
「いや……それで、次はどこに行くんだい?」
首を傾げながら尋ねてくるフェルトに、リリベットは少し考えてから尋ねた。
「そうじゃな……人だかりを避けるなら、学府エリアはどうじゃろう?」
「あぁ、そう言えば学校を作ってるんだったね。いいんじゃないかな、僕も見てみたいよ」
フェルトの合意を得られたことで一行は学府エリアに向かうことになった。しかしリスタ祭期間中は馬車の運行が制限されているため、徒歩での移動となったのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 中心部~学府エリアへ続く道 ──
林の間を通っている街道を学府エリアに向かって歩いていた一行だったが、ちょっとしたトラブルが発生していた。道中でリュウレが忽然と姿を消したのだ。
「どうやら迷子のようじゃな、捜しに戻るのじゃ」
「たぶんあの子なら大丈夫だよ。目的地はわかっているんだし、そちらで合流したほうが確実さ」
リュウレのような幼子を心配をしないフェルトの態度に、違和感を感じたリリベットは首を傾げたが、リュウレの主はフェルトなので彼の意思に従うことにした。しかし念のためラッツに向かって命じる。
「お主に任せる。あの者と合流して学府まで連れてきて欲しいのじゃ」
「はっ、わかりました」
ラッツは敬礼すると、チラリとマリーを一瞥してから来た道を戻って行った。
ラッツが来た道をしばらく戻ると、リュウレが街道沿いの林を見つめて立っていた。
「あっ、居た居た……何をしてるんだ、みんな心配してたよ」
「……邪魔なのがきた」
話しかけたラッツに、リュウレは冷たい視線を送るとそう呟いた。いきなり邪魔者扱いされたラッツはムッとした表情を浮かべて反論する。
「邪魔って何だよ?」
そう言ってリュウレが見ている方に振り向いた瞬間、彼女は林の中に駆け出してしまった。
「早っ!? ……じゃなくて、追いかけないと!」
あまりの足の早さに驚きつつも、林の中に入ってしまったリュウレを追いかけて、ラッツも林の中へ入って行くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 街道沿い林の中 ──
林の中でリュウレの姿を完全に見失ってしまったラッツだったが、微かに残る草を踏んだ後を頼りに追いかけていた。しばらく走っていると、前方から風に乗って男たちの声と打撃音が聞こえてきた。
「これは……争っている音?」
ラッツは近衛帯剣ではなく、使い慣れたダガーを引き抜くと音がする方へ向かって駆け出した。
少し開けた場所に出るとリュウレが野盗風の者と戦っていた。相手は四人は居たようだが、三人はすでに地面に転がってうめき声を上げている。どこに隠し持っていたのか、彼女の手にはメイスが握られていた。
「何なんだよ、こいつぁ!」
リュウレの素早い動きに完全に翻弄されている野盗風の男は、そう叫びながらも剣を振りまわしている。リュウレはそれを掻い潜ると、剣を持っている手に向かってメイスを振り上げた。鈍い音と共に剣が宙に舞い、遅れて叫び声が響き渡る。彼女は振り上げたメイスを半円を描くように振りまわすと、今度は男の膝を砕き割った。
利き手と膝を砕かれた男は地面に転げまわっている。リュウレは、その男を踏みつけてメイスを突きつけると
「……雇い主は?」
とボソリと尋ねる。野盗風の男は痛みに耐えながらも頑なに口を閉ざしていた。
「お前が喋らなくても、あと三人いる」
リュウレはそう呟くと、無表情のまま持っていたメイスを振り上げた。そこでラッツが慌てて止めに入る。
「ちょっと待った、明らかに怪しい連中だが人殺しは見逃せない!」
「またお前か……邪魔。こいつら、フェルト様の敵なの」
リュウレが面倒そうにラッツの方を向いた瞬間、野盗風の男は何かを噛んだ。次の瞬間、小刻みに震えながら口から泡を吹いて動かなくる。リュウレが他の三人の方を見ると同様の状態になっていた。彼女は溜息をつくとスカートの中にメイスをしまい、テクテクと来た道に向かって歩き始めた。
ラッツは慌てて野盗風の男に駆け寄るが完全に息絶えていた。それでも何か身元が分かる物がないか確認しはじめるが、呆れた顔のリュウレは振り向いた。
「無駄……失敗したら死ぬような連中、何か残しているわけがない」
結局その言葉の通り何も見つからず、ラッツは頭を掻きながら立ち上がるとリュウレに向かって尋ねる。
「こいつら何者なんだ?」
「知らない……しばらく前から、ずっとフェルト様の近くを彷徨いていた」
ラッツの問いにリュウレはボソリと答えると、再びスタスタと来た道に向かって歩き始めた。ラッツも現状ではなにもできず、仕方が無くリュウレの後を追うのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 学府エリア ──
リスタ王都西南に位置するこの場所は、現在学府エリアと呼ばれている。遠くに見えるパッと見では貴族の屋敷風の建物がリスタ王国初の学府であり、その周辺には耳聡い商人たちが店舗の建築を始めていた。
リスタ王国の中心部である大通りからの街道も整備され、あと数ヶ月もすれば学府の運営が始まるだろう。
「これが学府エリアか~、まるで新しい街が出来ているようだね」
「うむ、みんな頑張ってくれているのじゃ!」
そんな話をしながら学府の前まで来ると、正門前という一番良い立地の空き地に手作り感溢れる変な看板が立っていた。内容は『祝・当選おめでとう!狐堂二号店予定地』と書かれていた。リリベットはジト目でそれを見ながら呟く。
「そう言えば……ヘルミナが疲れた顔で、この辺りの区画の当選者の資料を持ってきておったのじゃ」
「悪運だけは強いですね、彼女」
ボソリと呟いたのはマリーである。フェルトは完成間近の校舎を眺めながら尋ねる。
「そう言えば、リリベットはここに通うのかい?」
「わたしが? 特にその予定はないのじゃ」
首を傾げながら言ったリリベットに、フェルトは少し驚いていた。彼はリリベットが学校生活に興味があるものだと思っていたのだ。
「そんなに驚くこともないじゃろう? わたしには公務があるし、幼少から勉強だってしておる。学力だって一般的な大人よりあるつもりなのじゃ」
生まれながら王族として教育されたリリベットは、齢九つとしてもかなり高度な知識まで習得しており、同年代はもちろん大人顔負けの知識を有している。
少し自慢げにそう語った彼女の後ろから、喧嘩しているような声が聞こえてきた。その声がする方に向くとラッツとリュウレが喧嘩しながら、リリベットたちの方へ向かってきていたのだった。
「どうやら、彼には苦労をかけたようだね……」
その二人の様子を見て、フェルトは困った表情で呟いた。
◆◆◆◆◆
『沈黙のリュウレ』
かつて血染めのマリーも所属してた暗殺ギルドがあった。彼らのアジトはクルト帝国南東部にあったのだが、今はもう消滅している。
裏切り者のマリーを粛清しようと暗殺者を送り込むも逆に返り討ちにあい、組織として弱体化したところに剛剣公と名高いフェザー公の部隊に襲撃されたのだ。
その襲撃の際に殆どの暗殺者は死んだが、捕縛された中で一番幼かったリュウレはフェザー公に引き取られることになったのである。
「この小娘、暗闇から音もなく襲撃して、私に手傷を負わせおったのだ。はっははは」
と豪快に笑いながら、楽しげに語るのはフェザー公だった。彼は彼女を暗殺者として育てるつもりはなかったが、結局体に染み付いた業は消えず、女中と兼任で護衛として働くことになったのである。
そんな彼女の組織内での名が『沈黙のリュウレ』と言う。寡黙で声も発せず対象を葬るところから付けられた名だった。




