第82話「観劇なのじゃ!」
リスタ王国 王都 大通り ──
祭りの視察と称して街に繰り出したリリベットとフェルト、その二人に同行するのは女王付きメイドのマリーと近衛隊のラッツ、フェルトの護衛である騎士オズワルト、侍女のリュウレである。女王の護衛としては心許ない数だが祭りの雰囲気を壊さないようにという配慮と、想定されるほとんどのトラブルは同行したメイド二人で対処できるためだ。
リスタ祭の最中であっても、リリベットの姿を見かければ国民たちは集まってくる。大通りに入った辺りで囲まれてしまった一行に、顔を赤くした中年男性がジョッキを差し出しながら上機嫌に言う。
「陛下ちゃん、大きくなったな~もう呑めんだろ? ほら、これ持ってけ~」
「あはは、まだ飲めないのじゃ」
こうして一言二言会話を交わしては他の国民と代わっていく。リリベットはカラカラと笑って会話しておりマリーとラッツは慣れたものだが、フェルトとオズワルトは国民に囲まれて戸惑っており、リュウレに関しては今にも暴れだしそうな感じで、フェルトが宥めているような状態だった。
「リリベット、悪いけど早めに移動しないかい? この人だかりはちょっと……」
「うむ? そうじゃな。皆の者……では、そのまま祭りを楽しんで欲しいのじゃ」
この一言でリリベットの周りに集まっていた国民たちは、口々にリリベットとリスタ王国を讃えながら、お祭り騒ぎに戻っていくのだった。
その後も何度か同じように国民に囲まれたが、いずれもリリベットに言われると大人しく開放してくれるのでさほど問題にはならなかった。その様子にフェルトは感嘆の声を上げる。
「以前もそう思ったけど、君は凄いな」
「ふふん、そうじゃろう? もっと褒めてもよいのじゃぞ……ふぎゃ」
フェルトに褒められたのが嬉しかったのか、リリベットは調子に乗ってドヤ顔で胸を張るように仰け反った。しかし調子に乗りすぎてしまったため、そのまま後ろに転んでしまうのだった。
笑いながら手を差し伸べるフェルトに、リリベットは少し顔を赤くしながら手を取って立ち上がらせてもらう。
しばらくして、一行は今日の会食会場である『海神館』に辿り着いていた。
「着いたのじゃ~」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 『海神館』 ──
海神館は去年のリスタ祭の際も訪れた、リスタ王家御用達の高級料理店である。去年の失敗もあったので今回は個室が用意されており、室内に入ると丸テーブルが二つ用意されていた。全員で座れなかったためリリベットとフェルトの二人と、その他の者で別れて座ることになった。
しばらくするとドアがノックされ一人の男性が入ってくる。高身長の黒髪で白い調理着を着た男性は、帽子を取りながらお辞儀すると挨拶を始めた。
「ようこそ海神館へ。本日の調理を担当させていただく、コルラード・ジュスティです」
「なんじゃ、今日は実家に戻ってきておったのじゃな?」
「はい、陛下」
このコルラード・ジュスティと名乗ったコックは、普段は王城で調理を担当しているコック長である。リリベットとしてはいつもと同じ料理人ということで少し面白みが欠けたが、これは食の安全面を少しでも確保したいマリーからの依頼だった。
挨拶を終えたコルラードは、再びお辞儀をすると調理場へと戻っていった。
「今回は個室なんだね」
「わたしは前回と同じでよいと言ったのじゃが、個室にしなければ警備上の理由で店を借り上げると申すので、仕方なく個室になったのじゃ」
リリベットは不満そうな顔をしていたが、フェルトは微かに苦笑いをしていた。この海神館の一件が、先の女王襲撃事件における主犯ホルガー・フォン・ポートの暴走に繋がったと噂されているからである。
リリベットとフェルトが会話を楽しんでいると、マリーとウェイトレスによって料理が運ばれてきた。まず運ばれてきたのはトマトのブルスケッタ。軽く焼いたパンにニンニクや塩コショウで味を付け、チーズとトマトをトッピングしたシンプルなものだ。
「これは美味しそうだね」
「うむ、コルラードの作る料理は何でも美味いのじゃ。……マリーは、お菓子以外はいまいちなのじゃ」
ちらりとマリーを見ながら呟くリリベットに、マリーは微笑みながら首を傾げると
「あら、陛下……もうオヤツはいらないみたいですね?」
「ひゃぅ……嘘なのじゃ! マリーのスープも最近は美味しくなってきたのじゃ!」
マリーの軽い冗談だが、リリベットは慌てて首を振りながら小刻みに震えていた。幼少の頃からリリベットに対して容赦がないマリーなので、まるで冗談に聞こえないのだ。そんなマリーだからこそ、リリベットの母であるヘレンの信任を受け女王付きメイドの筆頭格なのである。
そんな二人の様子をフェルトは、面白がって笑いながらブルスケッタを一つ摘むと、リリベットの口元に持っていく。リリベットは差し出されたブルスケッタを小動物のようにかじり、それが美味しかったのかパァと明るい笑顔を見せる。
「ふふふ……僕もマリーさんのスープ飲んでみたいな」
微笑みながらそう言ったフェルトに、マリーはお辞儀をして次の料理を取りに部屋から出ていった。
その後、前菜、パスタ、魚を主にしたメインデッシュ、デザートと続き、今は食後のコーヒーが出されていた。リリベットはもちろん、どれも帝都の美食を知っているフェルトの舌を唸らせる料理で彼も満足したようだ。
フェルトはコーヒーカップを置きながらリリベットに尋ねる。
「この後の予定は決まっているのかい?」
「うむ、街の散策を予定しているのじゃ。それとも……どこか希望があるじゃろうか?」
「う~ん、そうだな……あっそうだ!」
何かを思いついたように頷くフェルトに、リリベットは首を傾げて言葉の続きを待つ。
「また演劇が見たいかな? 確か前見た君がモデルの作品の新作があるって聞いたよ」
その言葉に、リリベットは笑顔のまま固まるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大劇場 貴賓席 ──
海神館での会食が終った一行は、フェルトの提案で劇団『運命の紬糸』が興行を行っている大劇場を訪れていた。リスタ祭期間であり大劇場は満員だったが、貴賓席は王族のために常時空いているため、突然の観劇であっても座ることができる。
リリベットは椅子の上で足をぶらつかせ、落ち着かない様子で頬を膨らませている。
「やはり観るのはやめたほうがよいと思うのじゃ」
「ここまで来て、まだ諦めてなかったのかい?」
諦めきれないリリベットの態度にフェルトは微笑を浮かべている。彼女が何故こんなに嫌がっているかと言うと本日の演目に問題があった。
現在行われている劇団『運命の紬糸』の演目は『幼女王の初陣』で、先のレグニ領との戦いをモチーフにした劇である。リリベットはこの劇が苦手なのだ。同じくリリベットをモチーフにした『幼女王の帰還』より、さらにリリベットの活躍が脚色されており、完全に史実とは別物になっている。
突然観客の歓声が上がり、舞台を見てみるとチョップス座長と共に主演女優であるナディアが舞台挨拶を行っていた。フェルトは、そんな彼らを見ながら
「あれが君役の子だね。あはは、似てるね。君と同じぐらい……いや少し大きいかな」
「う……うむ、あの子は、ナディアと言って、確か十一になるのじゃ」
「へぇ、可愛らしいね」
十一歳のナディアはリリベットとは違い、すでに第二次性徴を迎えており、もう幼女というよりは少女といった感じで女性として可愛らしく成長を始めている。それはリリベットも常々思っていたことではあるが、フェルトに言われるのはなぜか面白くないのか、頬を膨らませて拗ねるのであった。
リリベットも開演後はしばらく大人しく観ていたが、終盤の幼女王が活躍するようになると顔を赤くしてモジモジしている。フェルトは感心したように舞台を見つめて、時折歓声を上げている。
「あはは凄い活躍だね、リリベット」
「ち……違うのじゃ~」
フェルトに身に覚えがない活躍を褒められて、リリベットは羞恥心から身悶えるのだった。
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『王立大劇場』
リスタ王国 最大の劇場で座席数は千程度、三階建てのオペラ劇場である。国営だが以前は役場が管理しており現在は学芸庁、つまり学芸大臣タクト・フォン・アルビストンの管理下になっている。
ただし国内にはこの会場を使えるほどの規模を誇る劇団は、劇団『運命の紬糸』しかないため、ほぼ独占状態になっていた。




