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第81話「薬草なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 次の日、城下では多くの国民がお祭騒ぎで盛り上がっているが、リリベットを含む公職には当然公務がある。リスタ祭の期間中は、殆どの政務は宰相が代行で行うことになっていた。これは対外的な謁見が多くあるため、国主であるリリベットがそちらに掛かりきりになるからだ。


 リリベットの執務室には朝早くから宰相フィンと近衛隊長のミリヤム、それに外務大臣ヨクン・クレマンが訪れており、本日の予定の確認をしていた。まず宰相からの簡単な報告のあとリリベットが尋ねる。


「何か大きな問題は発生しているじゃろうか?」

「いえ、どれも軽微なものですね。例年通り盗難や器物破損などが少々あったようですが……」

「ふむ……その辺りの采配は宰相に任せるのじゃ」

「はっ」


 リリベットは続いて外務大臣ヨクンの方を向き、各国の要人との会食や会談のスケジュールを確認していく。


 外務大臣ヨクン・クレマンは、白いヒゲを生やした老齢の男性であり、八人いる大臣の中では二番目に高齢だ。初代国王ロードスの御世から外務大臣を務めており、人は良いが交渉に関しては進退をしっかりと見極められる信頼できる人物である。


「陛下……この帝国の外交官フェザー殿との会食は、本当にワシは参加しなくてもよいのじゃろうか?」

「うむ、お主も昨日から働き詰めなのじゃ。今日の午後はゆっくり休むと良いのじゃ」


 老人がいると堅苦しくなるという下心も多少含む提案ではあるが、リリベットが高齢のヨクン大臣を気遣っているのは本心である。ヨクン大臣は少し考えるように唸ると、皺だらけの顔を崩して


「ふふふ……まぁあの御仁なら、陛下に不利な交渉を押し付けることもないじゃろうな」


 と納得するように頷いた。外国の外務大臣にここまで信用されるフェルトは、外交官としての高い資質を持っていると言える。最後にミリヤムと警備に関しての話し合い、朝の確認を終了したのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 中庭 昼前 ──


  現在、宰相執務室でフェルトと宰相のフィンの会談が行われている。宰相によって人払いが行われたため、フェルトの護衛はオズワルトに任せ、暇になったリュウレは中庭に来ていた。今は木の陰にしゃがんで黙々と草を引き抜いている。


「さすが城……薬草も豊富」


 城は外敵から守るためのものであり、平和ボケした馬鹿な領主でもなければ、籠城を想定した工夫がなされている。植物も食べられる実がなる木だったり、治療で使える薬草だったりが植えられているのが常で、このリスタ王国の城でも景観を損なわない程度に薬草などが植えられている。


 植えられている薬草は、本来は勝手に引き抜いてはいけないものだが、傍目からは子供が土いじりをしている風にしか見えないため、誰も咎めたりはしないようだった。


 しばらくその作業を続けていると、近くの茂みがガサガサと揺れ、何かが飛び出してきた。


「……猪鍋」


 飛び出してきたのは子猪のウリちゃんだった。そしてウリちゃんと目があった彼女が、ボソリと呟きながら立ち上がるとジリジリとにじり寄り始めた。その気配に即座に警戒態勢に入るウリちゃん。


 ウリちゃんとリュウレの間で奇妙な緊張感が走り、次の瞬間リュウレがウリちゃんを捕まえようと飛びかかった。ウリちゃんは飛び跳ねて、それを避けると距離を取って威嚇する。


「なかなかやる……」


 そう呟いたリュウレが上げた腕を思いっきり振り降ろすと、袖口から小さな分銅がついた細い鎖のような物が伸びてきた。


 そしてリュウレに操られた鎖は、ウリちゃんを捕らえようと次々と襲い掛かるが、ウリちゃんは器用に飛び跳ねて全て避けていく。




 しばらく追い駆けっこが続いていたが、宰相との会談が終ったフェルトとオズワルトが、中庭に来たことで終わりを告げる。彼は自分の侍女が猪を追い掛け回している状況にフラつく頭を押さえながら告げる。


「リュウレ、やめなさい! その子、リリベットの猪だろう? 獲ったら国際問題になってしまうよ」


 フェルトの言葉にリュウレは黙って頷くと、スルスルと鎖を袖口に戻していく。フェルトは興奮しているウリちゃんに近付くと、しゃがみこんで手を差し伸べる。その行動にオズワルトは慌てた様子で諌める。


「フェルト様、危険です!」

「大丈夫だよ」


 警戒していたウリちゃんも、しばらくするとフェルトに手に擦り寄り始めた。彼もそんなウリちゃんを微笑みながら撫でてあげている。


 しばらく撫でられたあと、満足したウリちゃんは再び茂みの中に消えていった。そんなウリちゃんを見送ったあと、フェルトたちも次の予定のために移動を開始するのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 通路 ──


 中庭を後にしたフェルト、オズワルト、リュウレの三人は、城門前でリリベットと合流するために移動していた。角を曲がると通路の向こうから、数人の男たちが歩いてきていた。


「あれは……」

「ランガル・フォン・レティ殿ですな」


 目の前から向かってきているのは、ランガルと漆黒の鎧を着た護衛らしき騎士、それにリスタ王国外務大臣ヨクン・クレマンと衛兵二名だった。


「やぁフェルト殿、これから女王陛下(小鳥ちゃん)と?」

「えぇ、ランガル殿」


 二人とも笑顔で挨拶を交わしているが、昨夜の件もあり気まずい空気が流れる。


 挨拶もそこそこにランガルの横を通り過ぎていくフェルトたち、その後姿にランガルはニヤリと笑いながら


「せいぜい気を付けるといい。街は祭騒ぎで何が起こるかわからないからね」


 と声をかける。フェルトはゆっくり振り向いてお辞儀をする。


「ご忠告痛み入ります、ランガル殿」


 そのままランガルと別れてしばらく歩いたあと、押し黙っているオズワルトの様子に気が付いたフェルトが尋ねる。


「どうしたんだい、オズワルト?」

「いえ……大したことでは」


 態度がおかしいオズワルトに首を傾げるフェルト。そこにボソリとリュウレが呟く。


「あの黒い鎧……危険」

「黒い鎧……先ほどいた騎士かい?」

「はい、只ならぬ気配を感じました……」


 リュウレの意見を肯定するオズワルト。彼もリュウレもフェザー家であるフェルトの護衛であり、かなりの実力者である。その二人が警戒する程の気配だったという黒騎士のことが気になったが、フェルトはリリベットとの約束の時間が近付いていたので、城門まで急ぐことにしたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 城門 ──


 城門前ではリリベットとマリー、それに護衛に近衛隊のラッツが待っていた。リリベットは、ポケットから何度も懐中時計を取り出しては時間を確認している。


「遅いのじゃ!」

「約束の時間には、まだ十分もありますよ……陛下」


 落ち着かない様子をマリーに窘められて、頬を膨らませて拗ねるリリベット。


 数分後、フェルトたちが城門に現れた。リリベットは一瞬明るい表情を見せたが、すぐにそっぽを向いた。


「お……遅いのじゃ!」

「いや、ごめんよ! 待たせたね」


 微笑みながら謝罪をするフェルト。その彼の顔をチラチラと横目で覗きみるリリベットだったが、フェルトに頭を撫でられると途端に顔を崩して笑顔になった。


 一方、ラッツと顔を合わせたリュウレは、不機嫌そうな顔でジト目を向ける。


「また泥棒野郎(おまえ)か……」

「まぁまぁ……仲良くやろうよ、お嬢さん」


 こうして集まった一行は、街に遊び(しさつ)に出掛けるのだった。





◆◆◆◆◆





 『リスタ城』

 

 通常「王城」または単純に「城」と呼ばれるリスタ王家の居城である。城壁は備えているものの、規模としては屋敷のようなサイズである。

 海に面した丘の上に建っており、多少籠城できるように考慮はされているものの戦向きな城ではなく、海上や地下など多種多様の脱出経路が設定されている。

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