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第78話「綺麗なのじゃ!」

 よく晴れた日、今年の『リスタ祭』も例年の通り、リリベットの演説によって始まり大歓声と共に開催された。




 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 城下ではすでに飲めや歌えやのお祭騒ぎになっているが、謁見の間では友好国から訪れていた使者が、女王に対して挨拶を行おうとしている。その中にはクルト帝国外交官フェルト・フォン・フェザーや、ソーンセス公国外務大臣タイルなども含まれていた。


 玉座には王冠をかぶり正装をしたリリベットが澄ました顔で座り、その横には宰相のフィン、近衛隊長のミリヤムが立っている。玉座の周辺には近衛隊、謁見の間全体では隊長のゴルドを中心に衛兵隊が警護についていた。そして外務大臣と典礼大臣のヘンシュが玉座側に立っており、その後ろには音楽隊が控えている。


 最初の使者は、例年通り最も重要な隣国であるクルト帝国からの使者になる。リリベットが右手を小さく上げると、典礼大臣が高らかと使者の名前を読み上げた。


「クルト帝国外務大臣補佐官フェルト・フォン・フェザー殿!」


 フェルトは謁見の間に入ると、ゆっくりと歩を進め玉座の前で一礼する。


「クルト帝国皇帝サリマール・クルト陛下の名代で参りました。外務大臣補佐官フェルト・フォン・フェザー。御目通りに感謝すると共に、お祝いを申し上げます」

「ふむ、嬉しく思う。よく来たのじゃ、フェルト」


 少しくだけた態度を見て取れるリリベットに、宰相が少し渋い顔で咳払いをする。宰相フィンは基本リリベットに甘い人物だが、公務には厳格に望むべきと考えており、公私混同に関しては良い顔をしない。フェルトもそれを感じたのか、あくまで外交官の顔で対応する。


「はい、陛下。お久しぶりです」


 フェルトの冷静な態度に少し頬を膨らませるリリベットだったが、すぐに気を取り直してヘレンに会いに行くことを薦める。


「此度もしばし滞在するのじゃろ? まずは母様に挨拶をしてくるとよいのじゃ」

「はい、ありがとうございます」


 そう返事をするとフェルトは、先王妃の部屋に向かうため近衛兵に案内されて謁見の間を後にした。そんなフェルトを見送った後、リリベットは再び右手を軽く上げる。典礼大臣ヘンシュは頷くと、次の使者の名を高らかと読み上げる。


「ソーンセス公国外務大臣タイル殿!」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──


 案内してくれた近衛兵とは前室で別れ、フェルトだけヘレンの寝室を訪れていた。室内にはいつものようにベッドの上で身を起こしているヘレン、その側に彼女付きのメイドであるマーガレットが立っている。


 ヘレンはフェルトの顔を見ると朗らかに微笑んだ。


「よく来てくれました、フェルト。壮健そうで何よりです」

「はい、叔母様もお元気そうで……」


 フェルトからはヘレンが以前会った時よりやつれて見えていたが、彼女に気を使っての言葉だった。それでもヘレンの笑顔には場を和ませるの雰囲気を醸し出している。


「ごめんなさいね。リリーとの縁談の話は驚いたでしょう?」

「いいえ、光栄なことです」


 フェルトは軽く首を振るとそう答えた。その答えに少し安心したのか、落ち着いた表情になったヘレンは一呼吸置いてから


「それで、どうなのかしら? リリーはまだ幼いけど、将来はきっと美人になると思うの。ちょっと女の子っぽくなかったり、わがままかも知れないけど良い子なのよ?」


 自分の娘の幸せを願って娘の良いところを勧めようとするが、やはり悪いところも知っているのか所々で出てきてしまう。そんな様子にフェルトは微笑みながら答える。


「えぇ、先ほど会ってきましたが、以前会った時より凄く成長してて驚きました。グッと女の子っぽくなってましたね。あの年頃の子は本当に成長が早い」

「そうでしょう? 本当にすぐに大きくなって……」


 ヘレンが言葉に詰まって少し涙目になったタイミングで、マーガレットがスッとハンカチを差し出す。それを受け取って目尻を押さえると、ヘレンはマーガレットに感謝を伝える。


「ところで……彼女は縁談の話は知らないのですよね?」

「えぇ、まだ伝えてないわ。もし話が流れてしまったらショックでしょうから」


 フェルトは数少ないリリベットの友人であり、もし破談になった場合、その関係がギクシャクするのは忍びないというヘレンの配慮は当然だと言えた。その答えにフェルトは少し考えてから頷く。


「叔母様、縁談の話ですが……返答には、しばらくお時間を頂いても?」

「えぇ? もちろんです、フェルト。貴方の意思は尊重しますよ」

「ありがとうございます」


 その後フェルトとヘレンは、リリベットの昔の話などで盛り上がったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 建国記念式典 控え室 ──


 その日の夜、去年と同じように謁見の間にて建国記念式典が開かれていた。謁見の間では給仕たちによってゲストの歓待が行われている。


 そんな中、主催者であるリリベットは控え室で準備を進めていた。髪を上げティアラを乗せ、真紅のドレスに身を包んだリリベットは鏡の前に座り、マリーたち女王付きメイドが最後の準備として、彼女の化粧を整えている。


 顔を撫でていた化粧筆の感触がなくなると、リリベットは閉じていた目を開き周りを見回す。しかし居るはずの人物が見つからず首を傾げる。


「宰相は、まだ来てないのじゃな?」

「はい、まだいらっしゃってません。そろそろお時間のはずなのですが……」


 リリベットの問いにマリーも心配そうに返答する。例年の通り宰相がエスコート役を務める予定だった。例え仮だとしてもエスコートもなく、主催者が会場入りするなどは面目が立たないのだ。


 しばらく待っているとノックの音が聞こえ、メイドの一人がドア越しで応対をする。驚いた表情をしたメイドは、そのままノックの主を部屋に招き入れた。リリベットは腰に手を当てて、出来るだけ胸を張ると入ってきた人物に文句を言う。


「遅いのじゃ!」

「いや、ごめんごめん。なにせ急に頼まれてね」


 入ってきた人物は宰相ではなくフェルトだった。黒く下品ではない程度に絢爛な礼服に、同じく黒で内側は赤いマントを左肩側に掛けていた。その姿にリリベットはポカンという顔をしていたが、しばらくして気を取り直して尋ねる。


「な……なぜ、お主がここにおるのじゃ」

「宰相閣下に頼まれてね。今日のエスコート役を任されたのさ」


 まるでバラでも背負っているのではないかと錯覚するような、キラキラと輝く笑顔のフェルトに少したじろぎながら、リリベットは諦めた表情で


「むぅ仕方がない……時間もないのじゃ」


 と呟いた。フェルトはくるっと回転してドアの方を向くと、左腕をくの字に曲げた。リリベットはその腕にそっと右手を添える。


「では行きましょうか、女王陛下……あっ、そうそう」

「どうしたのじゃ?」


 キョトンとした顔でフェルトを見上げるリリベットに、フェルトは二コリと微笑みながら


「とても綺麗だよ、リリベット」


 とウィンクするのだった。その言葉に急に恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら右手に力を込めるリリベット。


「いたた、痛いってリリベット。皺になってしまうよ」

「……世辞はよいのじゃ! ほら、さっさと会場へ向かうのじゃ」


 と痛がるフェルトを、引っ張るように控え室を後にするのだった。





◆◆◆◆◆





 『役目交替』


 宰相が謁見が終わり謁見の間から戻る途中、ヘレンの部屋から戻ってきたフェルトと鉢合わせた。


「これはフェルト殿、今帰りかね?」

「はい、フィン宰相。この後の式典のために着替えに戻るところです」


 その言葉に何かを思いついたのか宰相は頷くと、フェルトの肩をポンっと叩き。


「丁度良かった、少し付き合いたまえ」

「えっ?」


 こうして半ば無理やり宰相に捕まり、ゲスト用の衣装室へ連れて行かれたのだった。

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