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第76話「尾行なのじゃ!」

 リスタ王国 王都 城門広場 ──


 翌日の昼下がり、城門広場の噴水前では緊張した面持ちのラッツがマリーを待っていた。普段とは違い近衛制服ではなく、白いシャツに黒いベストを着ており小奇麗な印象である。緊張しているのか何度も時間を気にしては金の毛先を弄っていた。


 そこに時間通りに到着したマリーが、普段通りの調子で話し掛けてきた。


「お待たせしましたか?」

「いえ、全然待ってな……って」


 首を横に振って答えたラッツだったが、実は一時間も前から待っている。しかしマリーの姿を見て、少しガッカリした様子だった。その態度にマリーは首を傾げながら尋ねてくる。


「どうかしましたか?」

「私服じゃないんですね……」


 少し気合を入れてきたラッツとは違い、マリーの格好は普段から着ているメイド服だった。せっかくのデートなのだから、ラッツは密かにマリーの私服を楽しみにしていたのだ。


「買出しに着飾る必要はありませんからね。そもそもお互い城に住んでいるのに、この待ち合わせは必要なのですか?」

「いや、やっぱり雰囲気的なものも重要なんじゃないかと……」


 マリーは呆れた表情を浮かべながら溜息をつく。


「それで、今日はどちらに行かれるのですか?」

「えっ?」




 一方、その頃 ──


 城門広場を窺える建物の影には、目を丸くしてラッツたちを監視しているレイニーと、面倒そうな表情を浮かべているリリベットがいた。


「ちょっと、アレ……何にも考えてないって顔ですよ? 相変わらずダメダメだな~ラッツ君は」

「うむ、確かにラッツはダメな奴じゃが……なぜ、わたしまで付いて来なければならんのじゃ? マリーが帰ってくるまでに仕事を終わらせぬと、オヤツ抜きなのじゃが……」


 レイニーが、ぼやいているリリベットの肩をガシッと掴む。


「だって! ミリヤム隊長が、今日は邪魔しないように一日陛下の護衛についてろって言うから! 大丈夫、オヤツならあたしが作りますから!」


 つまりレイニーがラッツたちを尾行するにはリリベットを同行させる必要があり、執務室で仕事をしていたリリベットを無理やり連れ出したのである。恋する乙女の行動力は恐れを知らない。


「うむ、それなら……まぁ、よいのじゃ」


 レイニーが作るオヤツがどんな物なのか考えながら、笑顔のリリベットはそう答えた。


 しかし、リリベットは知らなかった……レイニーの料理の腕がラッツより劣っており、計量が重要なお菓子作りなどの細かい作業は苦手だということを。


 そんな話をしている内に、ラッツたちが大通りへ向かって歩き出したので、レイニーとリリベットの二人はこっそりと後ろについていくのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 女性を誘っておきながら、ノープランというダメな男っぷりを発揮しているラッツだったが、マリーが気を使って結局買い物をすることになり、まずは食材屋に向かうことになった。


「マリーさん、食材屋では何を買うんですか?」

「そうですね。陛下が心を入れ替えて仕事に戻った時のために、お菓子の材料を買い足そうかと……」

「へぇ、いいですね。俺もマリーさんの作ったお菓子食べてみたいです」


 マリーがチラリと後ろを見ながら言った言葉に、ラッツは浮かれながら答えていた。




 一方、その頃 ──


 マリーの視線に気が付いたレイニーは、慌てて壁に背をつけて隠れる。


「ちょっとマリーさん、こっち見ましたよ? まさかバレてるんじゃ?」

「ん~? この距離なら、マリーは当然気が付いておるじゃろう」


 なぜか自信満々に答えるリリベットに、レイニーは困惑した顔をして


「そういうことは早く言ってくださいよ。陛下~」


 と言ってリリベットを担ぎ上げると、マリーたちから距離を取るのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 ファムの店『狐堂』 ──


 食材屋でお菓子の材料を買ったマリーとラッツの二人は、ラッツの提案で今度は服を見るためにファムの店『狐堂』に訪れていた。入店してしばらく経つが、いつもならすぐに現れるファムが姿を見せなかった。


「あれ、どうしたんだろ? 店長さん、いつもならすっ飛んでくるのに……」

「まぁ、静かでいいのではないでしょうか」

「ははは、そうですね」


 服が置いてあるエリアで飾ってある服を見ながら、ラッツがマリーに服を薦めている。彼はどうしても私服のマリーが見たいようだ。




 一方、その頃 ──


 ファムは怯えながら棚の影に隠れていた。


「アイツ、アイツが来とる! 触らぬ神になんとやらやで」


 女王襲撃事件以来、どうもマリーが苦手なファムである。そんなファムの尻尾が突然抱きしめられた。


「な……なんやっ!」


 ファムが声を押さえながら悲鳴を上げるて尻尾を引き寄せると、そこにはリリベットが張り付いていた。


「モフモフなのじゃ~」

「へ……陛下ちゃんやないの~。もぉ、いきなり尻尾を抱きしめるのやめてぇなぁ。今日はアイツと一緒やないの?」

「今日はマリーを尾行中なのじゃ!」


 レイニーがファムに状況を説明すると、ファムはカラカラと笑い出した。


「あははは、なるほどなぁ~おもろいことしとるわ。そんなアンタにいい商品があるでぇ」

「押し売りならいらないですよ?」

「ちょい待っててなぁ~」


 ファムはすぐさま店中を駆け巡り、商品をかき集めて戻ってきた。そしてレイニーに商品を見せながら熱心に薦めてくる。


「あの怖いねーちゃんは美人やからなぁ、アンタみたいなのが勝つにはこれぐらい必要やろ!」

「なに、これ……下着? ちょっと、これスケスケで殆ど隠せてないじゃない! それにこの怪しいピンクのポーションは……」


 ファムは小声で耳打ちするように囁く。


「それは惚れ薬やぁ、効果はテキメンでっせ~」

「ほ……惚れ薬……ごくり」


 レイニーは興味深々にそれを眺めているが、マリーたちを監視していたリリベットがレイニーに向かって尋ねる。


「マリーたちが行ってしまったようじゃが、もう尾行はよいのか?」

「えぇ!? お……追いましょう、陛下。ファムさん、また来ます!」

「待ってるでぇ~」


 ファムは手を振りながら満面の笑みだが、カモを見るような目をしながらレイニーたちを見送ったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 路地裏 ──


 狐堂から飛び出たレイニーとリリベットは辺りを見回した。丁度路地裏に入っていくラッツとマリーを見つけ、振り切られてなかったことに安堵のため息を付く。


「ふぅ……見失うところだったわ」


 こそこそと後を追うレイニーたちは、距離を取りながら追跡を再開した。


 しばらく歩いていくと、ラッツとマリーがある店に入っていくのが見えた。


「あの店って、何の店だったかな?」


 レイニーたちはそう言いながら、店の前まで来ると看板を見上げた。


「えっ……ここ……」

「『枯れ尾花(ガスト)』、確か宿屋じゃな」

「!?」


 レイニーはリリベットの手を取ると、急いで近くの物陰に隠れて宿『枯れ尾花』の様子を窺った。レイニーは少し混乱した様子で


「え? だって、初デートでそんな!? マリーさんだって、そんな素振りは……何か用があるだけ、きっとそうよ!」


 と自分に言い聞かせるように呟くのだった。




 それから三十分ほど経過 ──


 なかなか出てこないラッツとマリーに、退屈そうに欠伸をしているリリベットがついに業を煮やした様子で


「レイニー、もう飽きたのじゃ、そろそろ帰るのじゃ」


 と話しかけると、レイニーは涙目で振り返った。そして、そのまま泣きながら走り去ってしまう。置いてきぼりにされたリリベットは、咄嗟のことにポカンっと口を開けて呆然としている。完全に護衛の職務放棄である。


 しかし約一分後、勢いよく戻ってきたレイニーはリリベットを小脇に抱えると、そのまま王城へ向かって走り去るのだった。





◆◆◆◆◆





 『ロバートのコーヒー』


 宿『枯れ尾花(ガスト)』に入ったラッツはソワソワしていた。「少し休憩しましょうか?」というマリーの言葉に従って付いてきた先が宿屋だったからである。


「なんだ、お前らか……何か用か?」


 カウンターに座っているロバート老人は、二人を一瞥すると興味なさそうに聞いてきた。珍しく客かと思ったら、知人の顔だったからである。


「ロバートさん、コーヒーを二杯お願いします」

「おいおい、ここは宿屋だぜ? 喫茶店じゃないんだが……」

「ここのコーヒーが一番おいしいですから」


 と微笑みながら、マリーはコーヒー二杯にしては多い料金をカウンターに置いた。それを受け取るとロバートは面倒くさそうな表情を浮かべたながら、カウンターから立ち上がり奥のキッチンに向かって歩きながら


「ちょっと時間かかるぞ」


 と告げたのだった。マリーはロビーまで戻りラッツの対面に座る。


「ロバートさんのコーヒーは美味しいのですよ。少し時間がかかるのが難点ですが……ところで、顔が赤いですよ? ひょっとして……何か、いかがわしいことを考えていたのでは?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ! いやだなぁ、あははは」


 マリーの言葉に、ラッツは頭を掻きながら笑って誤魔化すしかなかった。


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