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第75話「新大臣なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 西の城砦で行われたライムとナタリーの結婚式から、さらに二ヶ月が経過しており、本日リスタ王国の謁見の間では新しい大臣が就任しようとしていた。


 謁見の間では、玉座に座る正装をしたリリベット、その横には宰相が立っている。玉座の前を左右に分かれて七人の大臣たち、すなわち国務・軍務・財務・内務・外務・司法・典礼の各大臣が揃い踏みしていた。そして部屋の隅には音楽隊が待機している。


 全員が配置についたことを確認した典礼大臣ヘンシュが、一歩前に出て書状を広げながら書かれた名前を読みあげる。


「財務庁直轄、財務大臣補佐官タクト・フォン・アルビストン殿、女王陛下の御前へ!」


 その声が響き渡るとアルビストン教授が、前室からゆっくりと歩いてくる。彼がこの国に訪れてから、まだ三ヶ月程度しか経っていないが、ヘルミナと一緒に提出された献策の数々は全て的を得たものであり、あまり体制を変えることをよしとしない頭の固い大臣たちも唸るものだった。


 その為、宰相と財務大臣の連名で提出された新たな大臣職に関して、部署の必要性も相まって首を横に振るものはいなかったのである。アルビストン教授は、大臣たち前で立ち止まるとリリベットに向かって傅く。


 リリベットが玉座から立ちあげると、宰相は一歩前に進み出て彼女に持っていたトレイを差し出す。トレイに乗せてあったソレを受け取ったリリベットは、そのまま教授の元まで歩いていく。


「タクト・フォン・アルビストンよ。面を上げるのじゃ」

「はっ」


 教授が顔を上げると同時に、音楽隊が演奏を開始する。そしてリリベットは教授の胸に大臣章を付けてから高らかと宣言する。


「我、リリベット・リスタの名の元に、汝タクト・フォン・アルビストンを学芸大臣に任ずるのじゃ」

「謹んで拝命致します、陛下」


 今回新たに作られた学芸大臣は、名前の通り学問と芸術を統括する部門であり、それには現在建設中の学府はもちろん、修道院が行っている学習塾の管理、それに劇団の演劇公演なども含まれている。


 リリベットはアルビストン大臣を立たせると、軽く彼の腕に触れ


「うむ、よろしく頼むのじゃ!」


 と期待に満ちた眼差しで微笑むのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 帝都 『白薔薇の館(ワイスロゼ)』 庭園 ──


 丁度その頃、クルト帝国でも動きがあった。初めてのお茶会以降も何度か招待されて、フェルト・フォン・フェザーはクルト帝国皇女サリナ・クルトとのお茶会に参加していた。


 二人とも友好的な関係を築いていたが、フェルトは彼女との縁談に対して一つの結論に至っていた。




 サリナはティーカップを静かにソーサーに置くと、真剣な眼差しでフェルトを見つめる。


「フェルト様……もう一度お願いできるかしら? (わたくし)の聞き間違えでなければいいのだけど」

「はい、サリナ殿下……此度の縁談お断りさせていただきます」


 真っ直ぐとサリナ皇女の瞳を見つめながら答えたフェルトに、彼女は溜息を付くと改めて尋ねる。


「訳を聞かせていただいてもよろしいかしら? 私、これでも貴方のことを気に入ってましたのに、私に何か不満でも?」


 断ることはあっても、断られることは予想していなかったサリナ皇女は、納得できないという顔をしながら首と傾げている。サリナ皇女は、容姿、性格、家柄と非の打ち所がない女性であり、彼女自体にもその自覚がある。


 そうで無くとも帝国内で皇帝の妹との縁談話を自分から断るなど、普通はあり得ないことなのだ。


 フェルトは静かに首を振ると、サリナ皇女を見つめる。


「サリナ殿下……貴女はすばらしい女性です。しかし……」

「しかし?」

「貴女は僕を見ていない、それが理由です。僕の家名だけを見ている女性とは違うので、最初は気が付きませんでしたが……」

「あら……貴族にしては、随分子供っぽい理由なのですね」


 フェルトの答えに満足していない様子のサリナ皇女は、皮肉めいた表現でそう呟くと真剣な瞳をフェルトに向ける。


「それでは、私が何を見ているとおっしゃるのです?」


 しばしの静寂の後、フェルトは口を開く。


「僕の兄ですね? 貴女の想い人は」


 フェルトの言葉に驚いた表情を見せたサリナ皇女は、すぐに顔を伏せて小刻みに震えている。そして俯いたままボソリと呟く。


「なぜ……なぜですか? 私、誰にも話したことはありませんのに……」


 心の内を見透かされたのがショックだったのか、力無く発せられた言葉だったがフェルトは寂しそうな表情を浮かべる。


「簡単な話ですよ。僕は産まれた時から、天才()と比べられて生きてきました。だから僕を見ながら兄と比べる視線には慣れているのです」


 しばしの沈黙のあと、サリナ皇女は口を開いた。


「わかりました。此度の縁談は私から母様を通して、お断りさせていただきます」


 フェルトからではなくサリナ皇女から断ることで、対外的にはサリナ皇女ではなくフェルト側に非があるように見せ、サリナ皇女は体面を保つことができる。もちろんフェルトも、その事を理解しつつ黙って頷くと席を立ち、その場を去ろうと歩き出した。その背中に向かって、サリナ皇女は微かに微笑みながら声を掛けた。


「フェルト様、貴方が気に入っていたというのは嘘ではありませんわ。よろしければ、またお茶会に来てくださるかしら?」

「えぇ、もちろん。ご招待いただけるのでしたら」


 振り返ったフェルトは、爽やかにそう微笑むと再び歩き出すのだった。その後姿を見ながら、最後にサリナ皇女は呟く。


「……貴方にお似合いの女性が見つかることを、祈っておりますわ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 通路 ──


 ライムとナタリーの結婚式後に、リリベットやその周りでもいくつか変化があった。まず驚くべきことにリリベットが、夫婦という関係に興味を示し始めたのだ。


 二人の結婚がとても幸せそうに見えたからか、既婚者に「夫婦とはどういうものなのか?」と尋ねては、毎回違う答えに首を捻っている毎日である。今まで恋愛関係すら興味を示さなかったことに比べれば大きな進歩と言える。


 そして、もう一人大きく変わったのはラッツの態度である。あのラッツが、ついに意中の相手であるマリーを誘うようになったのだ。


「マ……マリーさん! 今度の休みに街に出かけませんか?」


 リリベットと歩いていたマリーに、緊張しているのか少し上擦った感じでラッツが声を掛ける。マリーは冷ややかな視線をラッツに送りながら


「今は仕事中ですよ?」


 と答える。ラッツは慌てた様子で首を振ると、弁明の言葉を口にする。


「俺は休憩中です。マリーさんは、ずっと働いてるじゃないですか! 少しは休んでも……」


 ラッツの言う通り、マリーは年中無休でリリベットの側で働いている。丸一日休暇を取ったことなど、本人の記憶の片隅にすらないような状態だった。


「貴方には関係のないことです。さぁ陛下参りましょう」

「う……うむ? 別に急いではないのじゃが……」


 ラッツに言われて、改めてマリーが年中側に居てくれることを思い出したリリベットは、少し考えてから頷いた。


「ラッツが言うことも最もじゃ、せっかくじゃからマリー明日は休むのじゃ」

「陛下!?」


 いきなりの提案に、マリーは戸惑いながらリリベットを見つめる。


「ラッツを荷物運びにして買い物でもいくとよいのじゃ。マリーはわたしと街に出ても自分の買い物はしないからな、丁度いいじゃろう」

「そ……それは必要がないからで……」

「明日ですね! じゃ、俺はミリヤム隊長に休暇の許可貰ってきます!」


 ラッツは喜びに満ちた表情で微笑むと、そう言いながら走り去ってしまった。その後姿を眺めながら、マリーは頭を抱えながら呟く。


「なぜ……こんなことに……」





◆◆◆◆◆





 『近衛隊の増員』


 ラッツからの突然の休暇願いに、隊長のミリヤムは少し考えたが結局許可を出すことにした。この二ヶ月の間に衛兵隊から三名、騎士家から二名の増員があったため、そろそろラッツたちにも休暇を取らせなければと思っていたのだ。


「それで休暇を取って、明日は何をするの?」

「はい、マリーさんとデートです!」


 ミリヤムの質問にラッツの満面の笑みで答えた。その瞬間、大きな音がして二人が驚いてそちらを見ると、驚いた様子のレイニーの後で椅子が盛大に倒れていたのだった。

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