第74話「荷物なのじゃ!」
西の城砦 中央広場 結婚式特設会場 ──
新郎新婦と観客を遮っていた幕が上がり、ケルン家が用意した音楽隊の演奏と共に、溢れんばかりの観客の大声援が巻き起こった。
何と言ってもリリベットを救った救国の英雄かつリスタの騎士であるライムと、平民出身のナタリーの結婚式である。多くの国民が関心を持つのは当然のことだった。
杖を突いて歩く新郎ライムと新婦ナタリーが、騎士たちが左右に並ぶバージンロードをやや硬い表情で歩き始める。この城砦の最高責任者でリスタの騎士副団長のミュルン・フォン・アイオが剣を抜きながら号令を出す。
「総員抜剣! 掲げぇ!」
バージンロードの左右にいた同僚の騎士たちは、剣を抜くと天高く掲げ、剣をゆっくりと前に倒して剣のアーチを作る。その間をゆっくりと歩いて進む新郎新婦に向かって、騎士たちは祝福の言葉を投げかけていく。
中年の騎士がナタリーの後ろを歩くベール・ガールの女の子を見て、隣の騎士に話し掛ける。
「おい、ケルン卿にはあんな妹君がいたかな?」
「さぁどうだったかな? 誰かに似ている気がするが……なかなか可愛らしいではないか、息子の嫁に丁度よい年頃かもしれん」
「おいおい、俺が先に目をつけたんだぞ?」
若干ではあるが注目を浴びているリリベットは、そんな彼らに笑顔を振りまくのだった。
簡単な変装であったが、その場にいるはずがない人物であったため騎士たちは気付かなかったが、中には顔面が蒼白になっている人物がいた、副団長のミュルンである。彼女はリリベットと何度も会っているため、すぐにベール・ガールの正体に気が付いていた。
「なぜ、陛下があのような……」
しかし式を中断するわけにはいかなかったので、そのまま通り過ぎるのを黙って待つしかなかった。
大歓声の中、ゆっくりとステージに上がった新郎新婦は観客の方を振り向く。そして、その後ろでリリベットは美しいカーテシーで観客に挨拶したあと、幕の奥へと隠れるのだった。
◇◇◆◇◇
西の城砦 中央広場 貴賓席 ──
新郎新婦の親族が座る席として、二階建て程度の高さの櫓が組まれており、そこに一族が一列に並んでいる。そんな中で、中央の少し高いところにある席だけが空席になっていた。これはリリベットのために用意された席である。
挨拶が終わったザラロは、その隣に座るとチラリと空席を見る。
「式は始まってしまったが、陛下はまだ来られないのですかな?」
空席の隣に立っている近衛隊隊長のミリヤムは、ザラロの問いかけにぎこちない笑顔を向けるながら
「準備に手間取っているようです。もう来られると思いますよ」
と答える。その額には一筋の汗が流れていた。
◇◇◆◇◇
西の城砦 中央広場 結婚式特設会場 ──
リリベットが姿を消した幕の奥では、マリーとメイド隊が待ち構えていた。すぐさまリリベットの準備が整えられていく。
白いワンピースはそのままで、ウィッグを取り外しブラシで髪を整えると、赤いローブを羽織らせる。そのまま化粧を直しティアラを頭の上に乗せて、どこから見ても恥ずかしくない女王へ変身させていく。
しかし、ここで問題が発生したのだった。メイドの一人が周りの様子を探って報告に戻ってきた。
「マリーさん、人が多すぎて貴賓席まで行けそうもありませんよ!」
当初予定していた、こっそりと回り込んで貴賓席まで行く作戦は早くも頓挫したのである。マリーは溜息をつくと大きな袋とロープを取り出した。
「やっぱりですか、仕方ありませんね……陛下、ちょっと我慢してくださいね」
と言うと返事も聞かずにリリベットの上から、すっぽりと袋をかぶせロープで縛り上げる。咄嗟のことに暴れだすリリベットを無視して担ぎ上げると、急いで近くの建物の影まで運び出すのだった。まさに人攫いの所業である。そして、建物の屋根に向かって
「ラッツさん、作戦は失敗です!」
と呼びかけると、ラッツがヒョコっと屋根の上から顔を出す。
「わかりました、第二作戦実行ですね。投げてください!」
マリーはリリベットを縛り付けたロープの逆側に棒を括りつけて、ナイフを投げる要領で屋根の上のラッツに正確に投げつける。それを受け取ったラッツは、ロープを引っ張りリリベットを屋根の上まで引き上げた。
「ぐえっ、締まるのじゃ~」
リリベットの悲鳴は聞かなかったことにして、彼女が入った袋を担ぎ上げると屋根沿いに貴賓席側まで走り抜け、建物の端までくると下の通路に向かって叫んだ。
「レイニー、陛下を降ろすぞ!」
「うん、て……丁重にね」
ロープを使って屋根からゆっくりと通路に下ろされたリリベットは、レイニーによってようやく解放された。
「め……目が回るのじゃ……」
「陛下、こちらです!」
レイニーは目を回しているリリベットの手を掴むと、貴賓席に向かって急ぐのであった。
◇◇◆◇◇
西の城砦 中央広場 貴賓席 ──
何とか貴賓席にたどり着いたリリベットは、中央の席に座ると一息つく。ステージのほうでは、丁度新郎新婦による宣誓が行われていた。
ザラロを含め、貴賓席の列席者は宣誓の言葉を聞き入っている。この時ばかりは観客も静かにしているのだった。
宣誓の言葉が終わると二人の結婚への承認の意味を込めて、観客や列席者から盛大な拍手と歓声が巻き起こっていた。
そのタイミングでザラロが席から立ち上がり、リリベットの前に跪くと
「陛下、よろしければ……新たな門出を旅立ちます夫婦への祝辞をお願いしたく存じます」
と嘆願してきた。元々はミュルンから祝辞を贈る予定だったが、親心か女王からの祝辞を贈って欲しくなったようだ。
リリベットは黙って頷くと、貴賓席の縁まで歩き眼下を見下ろす。ザラロはその横に立ち、ステージ上の司会者に対して合図を送る。
「皆様、ケルン卿とその妻ナタリー殿の新たな門出への祝福をありがとうございます。ここで祝辞を贈りたいという方がいらっしゃいますので、しばしお静かにお願いします」
司会者の言葉に会場はシーンと静まり返る。司会者は右前方の貴賓席を指しながら
「では、皆様から見て左後方の貴賓席をご覧ください」
と告げると観客は一斉に貴賓席の方を向く。その視線は自然と貴賓席の真ん中に立っている子供に向かい、周辺が俄かにざわめき始めた。
まずはザラロが口を開いた。
「本来であれば、この城砦の長であるアイオ卿に祝辞をお願いするところであるが、此度はもっと相応しい人物をお迎えできた。こちらにおられるリリベット・リスタ女王陛下である」
その言葉に、観客が爆発したように歓声を張り上げた。
「陛下! 女王陛下だ!」
「うぉぉぉぉぉ、本物だ! 本物の陛下だぞ!?」
王都では知らぬものがいないほど有名なリリベットだが、西の城砦から出たことがない国民も多く、この国は九つの幼子が治めていると知ってはいても、姿を見たことがない観客が多かったのだ。
リリベットが手を上げると、自然と歓声が止まり静寂に包まれた。
「まずはケルン卿とその妻ナタリー、そして両家の親族たちに心からの祝福を申し上げるのじゃ。わたしは若輩ゆえ夫婦というものはよくわからぬが……」
その後もリリベットの祝辞が進み、その言葉を新郎新婦や観客は静かに聞いていた。
「……新郎新婦の末永い幸せを祈り、いま一度盛大な拍手をお願いするのじゃ」
リリベットは締めの言葉と共に右手を小さく上げた。そして盛大な拍手が巻き起こったのを確認すると、満足そうに微笑んでから自分の席に戻るのであった。
◇◇◆◇◇
西の城砦 中央広場 結婚式特設会場 ──
リリベットの祝辞が終わり盛大な拍手が収まると、司会者が新郎新婦の退場を宣言した。
しかし、いざ退場する段階でナタリーが、少し戸惑っているのに気が付いたライムが首を傾げながら尋ねる。
「どうしたんだい?」
「ベールが……」
どうやらナタリーは、ベールを引きずって傷つけてしまうことを気にして躊躇しているらしい。ライムはその様子をおかしそうに笑うと、突いていた杖を手放してナタリーを抱き上げた。所謂お姫様抱っこという格好に、慌てたナタリーが
「いけません、ライム様。足に負担が……」
「君は軽いから大丈夫だよ」
と微笑みながら歩き出した。その姿に観客たちは暖かい声援と共に、もう一度拍手を送るのだった。
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『女王陛下輸送計画』
マリーとメイド隊、そして近衛隊はリリベットの意に沿うよう作戦を立てていた。舞台裏から貴賓室の移動についてである。
まず第一作戦は着替え終わったリリベットをメイド隊で取り囲み、周辺に気付かれないように移動する案。
そして人混みが予想されていたため、第二作戦はリリベットと気付かれないように隠してから屋根の上を移動するパターンである。
この案を聞いたラッツは心配そうな顔で呟く。
「これ、あとで陛下に怒られませんか?」
「終わったら気付かれないように貴賓席へというのが、陛下のオーダーですもの……大丈夫よ」
とシレッとした顔で答えながら、大きな袋とロープを用意するマリーだった。




