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第73話「代役なのじゃ!」

 西の城砦 ケルン家 客室 ──


 リリベットは昨日の内に西の城砦入りしており、新郎の屋敷で一泊していた。昨夜は新郎の父であるザラロの泣き言に何時間も付き合う羽目になり、今朝の目覚めは非常に悪いものだった。


 実はリリベットが西の城砦に訪れたのは今回が初めてであり、気晴らしに散策に出そうとしたところ、マリーに捕まり客室に閉じ込められていた。


「ここから出すのじゃ~」

「今、陛下が姿を見せたら街中が混乱しますので……」


 現在、屋敷では新郎新婦の準備が執り行われている。リスタ王国には体系化された宗教がないため、結婚式も教会では行われず街の中央広場で行われることになっていた。


 往来でやるため邪魔にならないように準備も今朝からであり、こんな中リリベットが国民に見つかった場合、大混乱になるのは必至で式の準備の邪魔になりかねないのだ。


 しばらく待っていると新郎の準備が出来たということで、リリベットは新郎であるライムに会いに部屋から出ることができた。しかし逃げ出さないように、きっちりマリーによる監視付である。



◇◇◆◇◇



 西の城砦 ケルン家 新郎控え室 ──


 部屋の中には準備を手伝っていた執事と新郎の父であるザラロ、そして新郎のライム・フォン・ケルンの三名だった。部屋に訪れたリリベットにライムは両手を広げながら歓迎する。


「おはようございます、陛下。昨夜はよく眠れましたか?」

「……うむ、良い部屋だったのじゃ」


 多少不機嫌であっても、この辺りは空気を読めるリリベットは無難な返事をするのだった。


 ライムは黒い騎士礼服に身を包んでおり、その姿はいつもよりさらに凛々しく見える。リリベットはライムの衣装を見てニコリと微笑んだ。


「なかなか似合っておるのじゃ」

「ありがとうございます、陛下」


 ライムもニコリと微笑み返した。リリベットはふと彼の横に置いてある杖を見て、少し沈んだ表情を浮かべる。


「まだ杖が必要なのじゃな?」

「いえ……もう無くても、だいぶ歩けるようになってきてるんですよ。でも今日は転ぶわけにはいけませんからね」


 ライムはそう言うと、ウインクをして見せるのだった。



◇◇◆◇◇



 西の城砦 ケルン家 新婦控え室 ──


 リリベットは続いて新婦の控え室に訪れていた。こちらの部屋は新郎の部屋と違いとても華やかだった。鏡の前には新婦のナタリー、その周りにはリリベットに同行した女王付きメイドの内、マリーを除いた五名がナタリーの準備を手伝っている。


 彼女たちは常にリリベットの世話をしている精鋭たちである。楽しくおしゃべりしながらでも手は一切止まらず、花嫁の準備を整えていっている。リリベットはそんな彼女たちを見て一言呟く。


「お主たち……普段から、それぐらいおしゃべりしてても構わぬのじゃぞ?」


 その一言にビクッと固まるメイドたち。さすがに彼女たちもリリベットの世話をする際は、こんなにはしゃいだりはできないのだ。固まってしまったメイドたちに対して、マリーが二回手を叩く。


「いいから、仕度を続けなさい」

「あ……はいっ」


 リリベットはいまいち納得できない顔をしながら、純白のドレスを着たナタリーの元まで歩く。そしてナタリーの顔を見ると驚いた表情を浮かべた。


「すごく綺麗なのじゃ」

「あ……ありがとうございます、陛下」


 リリベットに褒められたのがよほど嬉しかったのか、ナタリーは今にも泣きそうな顔をしている。それに対して、周りのメイドたちは慌てて止めに入る。


「泣いてはだめよ、ナタリー! お化粧が崩れてしまうわ」

「は……はい」


 彼女にしてみればライムとの結婚は夢のようなことで、全てリリベットのお陰で実現したような話なのである。そんなリリベットに褒められれば、感慨深くなるのも仕方のないことだった。


 しばらくナタリーと歓談していると、ドアをノックする音が響いた。


「そろそろ時間みたいね」


 そう言ってメイドがドアを開けると、豪華な服を少し無理をした感じで着ている中年の女性が入ってきた。


「お母さん!?」


 女性の登場に驚いた様子のナタリー、どうやら彼女はナタリーの母親のようだった。ナタリーの母親は戸惑った表情でナタリーに近付くと


「ごめんなさい、ナタリー。実はベール・ガールを頼んでいた子が怪我をしてしまって」

「えっ、大丈夫なの?」

「えぇ、でも……今日は歩けないみたいで、ベール・ガールは無理だって」


 ナタリーは少し暗い顔をしたが、取り繕ったように微笑むと


「仕方ないよ。ミドルベールもあるから大丈夫! その子には気にしないように言っておいて」

「でも、ナタリー……先方が選んでくれた衣装なんだろう?」


 そのまま母子の話は続いていたが、リリベットは側にいたマリーに尋ねる。


「ベール・ガールとはなんじゃ?」

「入場する花嫁の後ろで、長いベールを引きずらないように持つ女児のことです。長いベールは格式にこだわるケルン家の要望でしょうから、少し問題になるかもしれませんね……」


 リリベットは少し考えてから、親子のところへ歩き出した。


「他に子供はおらぬのじゃな? では、その役わたしが代わりにやるのじゃ」

「えっ!?」


 周りは騒然としたが、動揺しているのかナタリーの母親だけがきょとんとした顔で


「……この子は?」

「何を言っているの、お母さん!? 陛下よ、リリベット・リスタ女王陛下!」


 ナタリーの悲鳴のような叫び声に、みるみる顔が青くなっていくナタリーの母は、すぐに土下座するような勢いで跪くと謝罪の言葉を述べるだった。


「よい! 花嫁の母が娘の晴れの日に、そのような振る舞いをする必要はないのじゃ」


 と言って無理に立たせるが、逆に恐縮して固まってしまった。ナタリーも慌てた様子でリリベットを止めようとする。


「陛下にそのような事はさせられません!」

「……わたしがやりたいのじゃ」


 リリベットはそう言うと周りの制止も聞かず、自ら鏡の前に座り戸惑っているメイドたちに向かって


「そのベール・ガールとやらの格好にせよ。大急ぎなのじゃ」


 と告げるのだった。


 それから二十分ほど経過した頃、リリベットは鏡に映った自分の姿を確認して満足そうに微笑んだ。そこには栗色のロングへアのウィッグに花の冠をかぶり、質素な白いワンピースを着た少女が映っていた。



◇◇◆◇◇



 西の城砦 中央広場 結婚式特設会場 ──


 現在、特設された貴賓席で新郎の父であるザラロが集まった来賓に挨拶をしている。新郎新婦はバージンロードへと続く幕の内側にいた。表情が硬いナタリーを気遣うように彼女の手を取って、ライムが優しく声を掛ける。


「大丈夫かい? ナタリー、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「えぇ……わかっていますわ、ライム様」


 ナタリーの視線が後ろにいる子供に泳いだのに気がついたライムは、しゃがみ込んで子供の視線に合わせてニコリと微笑む。


「キミが代役に来てくれた子だね? 見つかってよかった、よろしくね。キミは緊張してないかな?」

「うむ、任せるとよいのじゃ!」


 その言葉に目を白黒させているライム、ナタリーの表情は固まったままである。


「へ……陛下!? 何をなさっているのですか!」


 戸惑いながらも声を抑えて尋ねるライムに、ニヤリと笑うリリベット。


「他に子供がおらんのじゃ。なに……誰も気付かないじゃろう」


 リリベットがここにいることを知っているのは、新郎新婦、マリーを含むメイドたち、ナタリーの母、それに近衛隊だけである。


「わたしのこおはよいから、お主たちは自分の式のことだけを考えるのじゃ」

「えぇ!?」


 そんな話している内にザラロの挨拶が終わり、いよいよ新郎新婦の入場のための幕が上がろうとしていた。


 こうして無駄に緊張感がある結婚式が始まるのだった。





◆◆◆◆◆





 『使われなかった命令書』


 「ライム・フォン・ケルンとナタリーの婚姻を認め、異を唱えることを禁じる」これがリリベットが褒美として出した命令書である。この勅命があるのに、実際に結婚が決定するまでに半年以上かかったのは、ライムがこの命令書を使わずに父ザラロを説得したからだった。


 息子の度重なる説得に、最終的にはザラロもナタリーの人柄を認め結婚を承認した。


 しかし、やはり息子が心配なのか昨夜夕食後、部屋に戻ろうとしたリリベットを捕まえると、深酒した状態で延々と「ナタリー嬢は素晴らしい娘さんだが、平民と結婚した騎士として息子が謗られるのだけが心配で!」と涙ながらに語り続けたのだった。


 リリベットはうんざりしながらも、父とはこういうものなのかと思いを馳せてるのだった。

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