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第71話「招待状なのじゃ!」

 リスタ王国 東の城砦 騎士団詰所 ──


 リスタの騎士が賊を捕らえてから三時間が経過した頃、騎士団詰所の一室では追われていた男性が眠っていた。すでに捕えられた賊の尋問は終わり、この人物の身元は判明しているため留置所ではなく、詰所の一室に移され従士が一人看病役として付き添っている。


 しばらくすると眠っていた男性が、身動ぎをしてゆっくりと目を開いた。


「んっ……ここは?」

「起きられたようですね、良かった。ここはリスタ王国の城砦です。ただいま団長を呼んで参りますので、そのまましばらくお待ちください」


 男性の質問に答えた従士は席を立つと、そのまま男性を残して部屋を後にした。




 しばらくして先ほどの従士と共に、ボトス団長が部屋に入ってきた。男性はベッドの上で半身を起こしている。


「ふむ、起きたようじゃな。えっと……」


 ボトス団長が先程報告を受けた名前を思い出せず言い淀むと、すかさず従士が小声で耳打ちをする。


「あぁ、そうそう……アルビストン教授でしたな? いや、歳を取ると忘れっぽくていかんわ」


 入ってきた老人に突然名前を呼ばれたことに驚いたのか、アルビストン教授と呼ばれた男性はやや擦れた声で尋ねる。


「なぜ……私の名前を?」

「はははは、貴方を襲っていた連中を何人か捕らえましてな」


 ボトス団長は、軽快に笑いながらベットの脇にある椅子に座る。その言葉にアルビストン教授は深々と頭を下げる。


「どうやら助けていただいたようだ。感謝致します……えっと?」


 そこまで言うと、相手の名前を聞いてなかったことを思い出したのか、首を傾げるアルビストン教授。


「あぁ、失礼した。ワシはボトス・フォン・リオンじゃ。リスタ王国騎士団の団長をやっておる」

「そうですか……改めてありがとうございます」

「なぁに、領内に侵入してきたならず者の相手をするのも我々の仕事じゃよ。それに貴方を直接助けたのは私の部下だ」


 ボトス団長はそこまで言うと従士から書類を受け取る。そしてアルビストン教授の目を見つめながら


「さて疲れておるじゃろうが、少し質問に答えて貰おうかの?」


 と尋ねる。その言葉にアルビストン教授が頷くのを確認してから、ボトス団長は質問を開始した。


「まずは……名前と年齢、職業、それに入国の理由を」

「名前はタクト・フォン・アルビストン。年齢は三十八歳、職業は大学教授……いえ、今は無職ですかな、ははは」


 力無く笑うアルビストン教授にボトス団長は軽く微笑みながら掌を見せて、続きを喋るように催促する。


「えっと、あとは入国理由でしたね。恥ずかしながら亡命ということになりますかな。もう祖国にはいられそうもありませんので……この国には教え子がいるのですよ、彼女を頼ってきたという訳です」

「ほぅ、教え子ですか? よろしければ、こちらで連絡を取りましょうか? その方のお名前は?」


 クルト帝国からの亡命者はさほど珍しくもないので、ボトス団長はそのまま話を続ける。


「それはありがたい、彼女の名前はヘルミナ・プリストと言います。確か財務大臣についていると聞いていますが……」

「なんとプリスト卿ですかっ!? 確かに彼女はクルト帝国の大学に通っていたと聞いたことがありますな。わかりました……おい、よろしく頼むぞ」


 ボトス団長は横にいた従士にそう言うと、従士は敬礼して部屋から出て行った。彼を見送ったあと、ボトスは一つ咳払いをしてから最後の質問をする。

 

「それで……貴方は、なぜ襲われていたのですかな?」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 財務大臣執務室 ──


 アルビストン教授が目を覚ましてから、半日ほどが経過していた。ヘルミナが執務机に向かって仕事をしていると、東の城砦から知らせを持った秘書官が執務室へ入ってきた。


「閣下、東の城砦から急ぎでとのことです」

「東の城砦から? また何か壊したんじゃ……せめて高額な魔導式ポリボロスじゃないことを祈るわ」


 ヘルミナの元に城砦から直接知らせが届く場合、だいたい備品や修理費の請求が殆どなのである。以前、従士が誤って魔導式ポリボロスを大破させた時は、胃に穴が開くような思いで修理資金をかき集めたのだった。


 今回もそうじゃないかと勘ぐりながら、ヘルミナは恐る恐る封書を開いた。


「えっ? アルビストン先生が!?」


 届けられた知らせの内容に驚いたヘルミナは、少し考えたあとペンを取るとスラスラと手紙を書き始めた。しばらくして書き終えた手紙を突き出すようにして秘書官に渡す。


「これを東の城砦にいる。タクト・フォン・アルビストンまで届けさせて」

「はっ」


 慌てた様子のヘルミナに秘書官も緊急性と感じ取ったのか、敬礼すると速やかに部屋から出て行くのであった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 同じ頃リリベットの元にも一通の封書が届いていた。こちらは西の城砦から届いたもので可愛らしい青い花柄の物だった。マリーから封筒を受け取ったリリベットは、さっそくペーパーナイフで封を開けて手紙とカードを取り出した。


 その手紙を一目みた瞬間、リリベットは嬉しそうにニコニコしながら読み始めた。上機嫌のリリベットにマリーが尋ねる。


「ふふふ、良い知らせだったようですね。どなたからだったのですか、陛下?」

「うむ、ケルン卿からなのじゃ。くくく……どうやら、やっとザラロめが折れたらしいのじゃ」

「まぁ、やっとですか!」


 マリーが驚くのも無理はない。この手紙はライム・フォン・ケルンと、元女王付きメイドのナタリーの結婚が決まった知らせであり、その式への招待状だったのだ。


 ライムとナタリーの結婚は半年ほど前にリリベットが許可した案件ではあるが、予想通りライムの父であるザラロが反対したため、今日まで説得に時間がかかってしまっていたのだった。


「一月後、西の城砦で式が執り行われるようじゃ。出席できないかと聞いて来ておるのじゃが……」


 騎士の結婚に女王自らが足を運ぶことはなく、通常であれば祝いの品と書状を贈る程度である。しかし、今回の手紙には是非出席して欲しい旨が書かれていた。これはリリベットに出席して貰い、式に箔を付けたい等というような要望ではなく、新婦であるナタリーを想っての言葉だった。


 リリベットが動かなければ、彼女の元同僚である女王付きメイドたちも当然出席できないため、新婦が寂しい思いをしないようにという新郎ライムの配慮である。


 しかし前例がないことをやると波風が立つものである。今回特別にリリベットが参加するとなると、他の騎士家が僻む可能性もあるのだ。そんな背景からリリベットが悩んでいると、マリーは微笑みながら


「ケルン卿は、陛下をお守りした国の英雄です。陛下がその結婚式に出席なさっても、さほど問題にはならないかと思いますよ」

「そ……そうかの? うむ、念のため宰相にも確認を取っておくのじゃ」


 リリベットは執務机の椅子から飛び降りるように立ち、そのままフィンに会いに部屋を出て行くのだった。





◆◆◆◆◆





 『教授の弟子』


 数年前 ── 大学内の通路を歩いていたアルビストン教授の耳には、後ろから呼びかける声が聞こえてきた。教授が振り返ると視界には誰もおらず首を傾げていると、今度は足元から声が聞こえてきた。教授が下を向くとそこにはブラウンの髪をした小柄な少女が見上げていた。


「アルビストン先生、この論文についてですがっ!」

「なぜ、子供が……いや、論文についてだったかな? どれ……」


 大学に幼い少女がいることを不審に思いながらも、彼女から論文を受け取ると表紙を一瞥してから戻した。


「これは私が書いた論文だね?」

「はいっ、感銘を受けました! 是非先生に色々と教えていただきたいですっ!」

「ははは、君には難しいだろう? もう少し大きくなったらまた来なさい」


 と言って、笑いながら少女の元から去って行ってしまう。




 しかし諦めなかった少女は、それから三日間教授に何度も頼み込み、ついにはアルビストン教授が折れて教えることになるのだった。それから数年後、彼女が祖国に帰る頃には『教授の弟子』と呼ばれるまでに少女は成長していた。

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