表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/129

第69話「生誕祭なのじゃ!」

挿絵(By みてみん)

 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 良く晴れた朝、バルコニーへ続く大きなガラス張りの扉からは、柔らかい朝日が降り注いでいた。いつもと変わらない朝だが今日は特別の日だ。今日は『女王生誕祭』、つまり彼女が九つになって初めての朝である。目覚めたリリベットがベットから出ると、ほぼ同時にマリーが部屋に入ってきた。


「おはようございます、陛下」

「おはようなのじゃ、マリー」


 マリーは鏡台の前まで歩きリリベットが来るのを待つ、リリベットも素直に鏡台の席に座った。自身の誕生日と言っても『女王生誕祭』は国の祭事なので、ゆっくりしている時間など無いのだ


 鏡台には黒い箱が置いてあり、箱には花の形をあしらった赤いリボンが付いていた。リボンの所にカードが付いていたので、リリベットはそれを手に取って中身を確認する。カードには母の名前と共に誕生を祝福するメッセージが書かれていた。リリベットは笑顔でそれを閉じると、カードをそっとテーブルに置いてさっそく箱を開け始めた。


 健やかな成長を祝って服を贈るのが毎年の定番になっているため、リリベットも事前に何が入っているかわかっていた。それでも満面の笑顔で服を取り出すのだった。


 入っていたのは、白いワンピース、ダークグレーのコルセット、裄丈の長い赤いボレロ、別の箱には靴が入っていた。胸元が少し開いている九つという年齢にしてはやや大人びた服だが、少し背伸びをしたいお年頃を察しての選択だと言える。


 普段から接していると気付かないものだが、リリベットも順調に成長しており、八つの誕生日には平均を下回っていた身長も、現在では平均程度まで育っているのだ。


「さっそく着てみるのじゃ!」


 そう目をキラキラさせながら言うリリベットに微笑むと、マリーは手を二回打ち鳴らす。その音に反応して、すぐに女王付きメイドたちが入室してきた。そしてテキパキとリリベットの身支度を整えていく。




「くるし~のじゃ~」

「我慢してください。そんなに締めてませんよ」


 コルセットをつける段階で文句を言い出すリリベットを、苦笑いしながらも手を止めず装着していくマリー。成長したと言っても顔立ちや身長だけであり、上から下までフラット状態のリリベットであるが、コルセットで腰を少し締めるだけで、ふわっと広がるスカートと相まって立派なレディに見えるから驚きである。


 最後に靴を履き、姿見の前で腰に手を当ててポーズを取ると満面の笑みを浮かべるリリベット。


「似合うじゃろうか?」

「えぇ、とってもお似合いですよ、陛下」


 マリーの言葉に、女王付きメイドたちはパチパチと拍手しながら同意する。


「うむ……では、さっそく母様に見せに行くのじゃ!」


 意気揚々と寝室から出かけるリリベットだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──


 マリーを連れて部屋に入ってきたリリベットの姿に、すでにベットの上で半身を起こしていたヘレンは嬉しそうに微笑む。


「まぁリリー、とても似合っているわ」

「えへへへ~」


 贈られた服をヘレンに見せ付けるように、嬉しそうにクルクル回っているリリベット。順調に成長している娘の成長を一番喜んでいるのは、おそらくヘレンであろう。


「とても可愛らしいわ、リリー。でも、胸元がすこし心許ないかしら? どう思う、マーガレット」


 ズレないように、細い肩紐がかけているだけのワンピースが気になったヘレンは、首を傾げながら彼女付きのメイドであるマーガレットに尋ねる。


「……少し心許ないですが、ボレロもありますし大丈夫かと」

「そう? それならいいのだけれど、リリー……一応、気をつけてね?」

「わかったの……じゃ?」


 首を傾げながら返事をしたものの、この部屋の中で唯一リリベットだけが、母の心配を理解していない様子だった。


 その後、しばらく会話を楽しんだ母子だったが式典の時間が差し迫っていたので、リリベットはマリーと共に部屋を後にした。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 正門広場 ──


 正門内にある広場では、騎乗した近衛隊とクリムゾンが揃っていた。今回の式典はパレード形式であり、新設の部隊であるクリムゾンのお披露目も兼ねているのだ。あの事件以来初めてのパレードであり、多くの兵士たちには失敗できないという緊張感が漂っていた。


 そんな雰囲気に苦笑いを浮かべたリリベットは、中心に待機した戦車に乗り込むと正装の赤いマントを羽織り、未だにサイズが合ってない王冠を頭に乗せた。


 本来は式典用の白いローブに同じく式典用の白い馬車を使うのが通例であるが、先の事件の際に共に消失しており、リリベットが国民の救済を優先したため未だに揃えれていなかったのだ。


 戦車の上に立ったリリベットは、一度息を吸うと笑顔で演説を始めた。


「皆の者、今日はわたしの誕生日、自分で言うのは恥ずかしいがおめでたい日なのじゃ。しかし、お主たちの顔はなんとも暗い……先の悲しい襲撃事件の記憶もまだ新しいのはわかっておるが、皆には笑顔で祝って欲しいのじゃ!」


 と言うリリベットの言葉に、周辺の将兵たちからは笑いが漏れ少し場の空気が明るくなる。兵士たちはそれぞれ武器を掲げながら


「女王陛下万歳!」

「おめでとうございます!」


 と祝福の言葉を笑顔で贈り始めた。その様子にリリベットは満足そうな笑顔で、手を上げて応えるのだった。


 兵たちに気遣いを見せるリリベットだったが、マントで隠しているが実は一番震えていたのは彼女だった。まだパレード中に襲われた事件から半年程度しか経っておらず、その恐怖は消えていないのだ。それでも彼女は女王であり、皆の希望でなければならないと勇気を奮い起こしているのだ。


 リリベットは祝福の声援が収まるのを待って、右手を前に差し出して


「それでは出発なのじゃ!」


 と宣言したのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 リスタ王国の国民は総じてお祭りが大好きである。元海賊や荒くれ者が多く、何かと理由を付けて宴会を始める国民性なのだ。大通りではヘルミナが取り寄せた振る舞い酒が手配されているため、それが目当てに集まった国民や九つになったリリベットの晴れの姿を、一目見ようと訪れた人々でごった返していた。


「おい、まだか?」

「そろそろだろ!」


 などと口々にしながら、リリベットの到着を待っている国民たちの元に、ついにパレード隊が到着し大歓声が巻き起こる。大通りの左右に並んだ国民たちはリスタ王国の旗を振ったり、道に花びらを撒いたりしてリリベットの誕生日を祝っている。


「陛下ちゃーん!」

「おめでと~!」

「きゃぁぁぁ、可愛い!」


 リリベットは、そんな国民たちの声援に笑顔で手を振って応えるのだった。


 南門までたどり着いたパレード隊の中で、クリムゾンはそのまま駐屯地である南方の仮設砦へ向かい、リリベットは正装と王冠を預けると戦車を降りた。そして近衛隊の三人と共に、今度は徒歩で王城へ向かうのだった。これはリリベットの希望で、パレード型式ではなく国民と直に接したいという考えからだった。


 基本的に女王であるリリベットにも無遠慮の国民たちである。彼女を見かけると祝杯を掲げながら大いに盛り上がり、皆々が渡してくる贈り物にラッツとレイニーは完全に荷物係になっていた。


 持ちきれないほどの大量の贈り物と一緒に、リリベットたちが王城にたどり着く頃にはかなりの時間が経過しており、ラッツとレイニーはだいぶ疲れた顔をしていた。この贈り物は一度危険な物がないか確認されたあと、リリベットに手渡されることになっているのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 王城に戻ってからは、リリベットの誕生を祝った晩餐会が行われ、それが終ったところでやっと解放されたリリベットが、マリーと共に寝室まで戻ってきていた。


「つーかーれーたーのじゃ~」

「本当にお疲れ様でした、陛下」


 そのままベットにダイブしたリリベットに、マリーが労いの言葉を掛ける。ふとリリベットがベットの隅を見ると、そこには新しく猪のぬいぐるみが増えていた。それをぎゅぅっと抱きしめるとニコリと微笑む。


「これは、また母様じゃな!」


 リリベットのベットの上に転がっているぬいぐるみたちは、ヘレンが誕生日の度に贈ってきたもので、この猪を含めると九体いる。今回の猪はウリちゃんのことを楽しいそうに話す娘が「猪が好きなのか?」と考えた上での選択である。


 くすくすと笑っているリリベットに、マリーが微笑みながら小さな箱を差し出してきた。


「ん? それは誰からじゃろうか?」

「フェルト様からですよ、陛下。先ほど届いたのです」


 リリベットは飛び起きて、マリーから箱を受け取る。


「随分軽いが……なんじゃろうか?」


 と呟きながら箱を開けると、中からは金の懐中時計と手紙が入っていた。手紙には直筆で参加できなかった謝罪と、誕生日へのお祝いの言葉が書かれていた。その手紙が嬉しかったのか、フェルトが贈り物を忘れなかったのが嬉しかったのかはわからないが、リリベットは嬉しそうに笑うと、懐中時計の蓋をパカパカと何度も開け閉めするのだった。





◆◆◆◆◆





 『帝都の時計店にて』


 ショーケースの前で唸っている貴族の青年に対して、店主は「これが今の流行りで~」や「女性に贈るものであれば~」等と流行の時計を見せながら説明しているが、青年はほとんど聞いていなかった。


 それから彼是一刻ほど悩んだ青年は、意を決したように自分と同じ種類の懐中時計を選ぶのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ