第68話「皇女なのじゃ!」
クルト帝国 帝都 郊外の森 ──
リスタ王国のクリムゾン結成式典が行っている頃、フェルト・フォン・フェザーは馬車に揺られ、皇女サリナ・クルトの私邸へ向かっていた。サリナ皇女に招待されたお茶会への参加するためである。馬車の中には彼の騎士であるオズワルトと、侍女のリュウレが同乗していた。オズワルトは心配そうな顔でフェルトに尋ねる。
「フェルト様、本当によろしかったのですか?」
「ん? 何がだい?」
フェルトは質問の意味がわからず、首を傾げると逆にオズワルトに尋ね返した。
「まだご結婚するつもりはないと思っておりましたが?」
オズワルトが心配するように、これから会う皇女サリナ・クルトはフェルトの縁談相手だった。
彼は今までにあった縁談話は全て断ってきていた。理由は簡単で縁談相手がフェルト個人ではなく、帝国有数の大貴族であるフェザー公爵家の子息を欲していると感じたからである。しかし今回の相手は皇族であり、その心配はないように思えた。
「結婚云々はとりあえず置いておいて、一度会ってみようと思ったんだよ」
オズワルトの問いにそう答えたフェルト。今回の話がどの様な経緯で持ち込まれたかはわからないが、会ってみなければ始まらないと言うのがフェルトの考えのようだった。
「武器、全部取られた。許すまじ……」
と突然呟いたのはリュウレである。この森自体が皇族の私有地であり、森の中に入るには守衛の許可がいるのだが、その段階で武器になるものは全て没収されてしまったのだ。
「あははは、帰りには返してくれるはずさ。すこし辛抱しておくれよ、リュウレ」
フェルトは笑いながら、ふて腐れてるリュウレを宥めるのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 帝都 皇女サリナ・クルトの私邸『白薔薇の館』 ──
現クルト皇帝の妹であるサリナ・クルトは帝都の中心にある宮殿ではなく、この郊外の森にある館で暮らしている。年に数度の皇室主催の式典や舞踏会に出席する以外は、あまり宮殿には近付かないとのことだった。フェルトが彼女を目撃したのも、そんな舞踏会の時である。
薔薇のレリーフが掘られた美しい正門をくぐると、フェルトたちを乗せた馬車が館の玄関の前に止まった。御者がドアを開けるのを待ってからフェルトたちは外に出る。フェルトが御者に礼を述べると、御者は丁寧にお辞儀をしてからドアを閉め御者台に戻っていった。
到着したフェルトたちを出迎えてくれたのは、サリナ皇女ではなく初老の執事だった。
「フェルト・フォン・フェザー様でございますね? ようこそ『白薔薇の館』へ。私、この館で家令を務めております、アレン・ローガンと申します。」
フェルトは、アレンと名乗った老執事にお辞儀をしながら挨拶をする。
「僕がフェルト・フォン・フェザーです。ローガン殿」
帝国貴族が執事などにまともに挨拶をすることは珍しく、丁寧な挨拶をされた老執事は少し驚いた表情をすると軽く微笑む。
「ふふふ、ご丁寧な挨拶ありがとうございます。では、こちらへ……お嬢様がお待ちしておりますので」
老執事はそう言うと、フェルトたちを案内するように歩き出した。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 帝都 『白薔薇の館』 庭園 ──
老執事に案内されて少し歩くと、館の名前である白薔薇に囲まれた庭園が現れた。手入れが行き届いており、帝国内でもこれほど立派な庭園はあまり見ない。フェルトが感嘆の声を上げると老執事はニコニコしながら尋ねる。
「ふふふ……白薔薇はお嬢様が好きな花でしてね。見事なものでしょう?」
「えぇ、これほど見事な庭園は見たことがありません」
フェザー公爵家は代々武門の出である。実家であるフェザー家の館では、この様な庭園は存在しない。剛剣公と呼ばれる父 ヨハン・フォン・フェザーは、「花ではいざと言うときに腹が膨れん、野菜を育てよ」と命じるほどなのだ。
そんな事を思い出しながら苦笑いするフェルトに、老執事が首を傾げながら尋ねてくる。
「フェルト様……なにか気になることでも?」
「いえ、少し自分の屋敷のことを思い出してまして……父はあまりこう言うことに興味がなかったので」
「あぁ、フェザー公であればそうでありましょうな」
そんな世間話をしている間に、庭園の真ん中にあるガゼボまでたどり着いた。そこには長く美しい金髪の少女が、その青い瞳をフェルトに向けて微笑んでいた。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 帝都 『白薔薇の館』 庭園 ガゼボ ──
ガゼボとは、庭園がよく見えるように壁はなく柱と屋根のみで構成されている建物である。その中心に設置された、ティーテーブルの席に座っている少女に対して老執事は頭を下げた。
「お嬢様、フェルト・フォン・フェザー様と従者の方二名をお連れ致しました」
「ありがとう、ローガン。従者の方々と下がって貰えるかしら?」
その言葉にオズワルトとリュウレは、フェルトの方に確認の視線を送る。フェルトは彼らの視線に対して頷いた。老執事とオズワルトたちは、それぞれの主に一礼すると来た道を戻っていく。
彼らを見送ったあと、少女は立ち上がってフェルトに会釈をしながら
「フェルト・フォン・フェザー様、招待を受けていただいて感謝しますわ。私がサリナ・クルトです」
と告げた。この少女が皇女サリナ・クルト、薄い青のドレスを着ており、よく手入れがされている髪には白薔薇の髪飾りをしていた。彼女の挨拶に対してフェルトもクルト帝国の敬礼をしながら答える。
「フェルト・フォン・フェザーです。お招きいただき感謝致します。サリナ殿下」
「ふふふ……そんなに緊張なさらずに、どうぞお掛けください」
サリナはそう言いながら、側にいた執事が引いた席に着く。フェルトもサリナが席に着いたのを確認した後、同じく引かれた席に着くのだった。メイドたちがお茶の準備を整えるとサリナが軽く手を上げながら
「皆さん、しばらくフェルト様とお話がしたいの。呼ぶまで下がって貰えるかしら?」
と命じる。彼女の周りにいた執事とメイドは、その言葉にお辞儀をすると速やかにその場を後にした。
サリナは美しい所作で紅茶を一口飲むと、フェルトに微笑みかけながらさっそく本題に入った。
「縁談の話……驚かれたでしょう?」
「えぇ突然でしたので、とても驚きました」
フェルトの正直な感想に、サリナは少し驚いたあと楽しそうに笑っている。フェルトは少し失礼だったかと思ったのか、人差し指で自分の唇を押さえる。
「失礼しました……皇女殿下」
「いえ、こちらこそ笑ったりしてごめんなさい。そんなに素直な返事をいただいたのは久しぶりだわ。皆、私の前だと本心は話してくださらないので……」
サリナは少し寂しそうな顔をする。帝政の国で皇帝の妹である皇女に気さくに接する人など珍しい。彼女の兄である皇帝の機嫌を損ねれば、どんな貴族家であろうと取り潰しになるかもしれないのだ。それだけ皇帝に絶対的な力があるのが、この帝国なのである。
一息ついたあと、サリナは凛とした顔をするとティーカップを置く。
「私は、先に貴方に謝っておかなくては……実はこの縁談の話は、母様が進めているものですの」
絶対的力を有する皇族でも、フェザー公爵家だけには気を使っている。これはフェザー家が皇室に最も近い血筋な上、現軍務大臣のレオナルド・フォン・フェザーをはじめ代々軍部の高官を輩出しており、フェザー領主軍は帝国最大の軍事力を有しているからである。
現当主ヨハン・フォン・フェザーは、権力闘争を嫌い叛乱を起こすような人物ではないが、先のロードス・クルトが叛乱した例もあるため、より縛り付けるための婚姻外交ということだろう。フェルトもその辺りのことは理解しているので軽く首を振る。
「いえ謝罪していただく必要はございませんよ、よくあることですからね。……それでは殿下は、このお話には乗り気ではないということでしょうか?」
「あら? それは分かりませんわ。だって、まだ出逢ったばかりでしょう?」
サリナ皇女はからかうようにそう言いながら、朗らかに微笑むのだった。
その後しばらく会話とお茶を楽しんだフェルトとサリナ皇女は、だいぶ打ち解けた様子になっていた。フェルトはティーカップを置くと、ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「もうこんな時間ですか……それではサリナ皇女、僕はそろそろお暇させていただきます」
その言葉に、サリナは残念そうな顔をした。
「あら、もうですの? 楽しい時間はすぐに過ぎてしまいますわね。……フェルト様、よろしければまた来ていただけるかしら?」
「えぇ、是非」
そう微笑みながら答えるとフェルトは席を立ち、改めてサリナに対して礼儀正しくお辞儀をして館の方へ歩き始めた。
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『異次元メイド服』
『白薔薇の館』がある森の入り口にある守衛の詰所には、大量の武器の山が積まれていた。
この武器は数刻前に森に入ったフェザー公爵の子息に、同行していたメイドから押収したもので、武器類の提出を要求したらメイド服からボロボロと出てきたのである。
その武器の山を眺めながら、困惑した表情で守衛は呟いた。
「あの女中さん、一体どこにこんな武器隠し持ってたんだ?」




