第67話「紅王軍なのじゃ!」
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
生誕祭を三日後に控えたある日、謁見の間の玉座には正装をしたリリベット、その側には宰相フィン、典礼大臣ヘンシュ、近衛隊からは隊長ミリヤム、ラッツ、レイニーの三名、衛兵隊からは隊長のゴルドの他に六名、そして部屋の隅には音楽隊が待機していた。
玉座の対面には真紅の礼装に身を包んだコウジンリィ、その後ろに副隊長シグル・ミュラー、同ミュゼ・アザル。そしてジンリィが連れてきたコウ家の武人が十名、ジグル・ミュラーが選抜した六十二名が、全て真紅を主体にした鎧を着た状態で整列していた。
ジンリィが一歩前に出てリスタ王国式の敬礼をする。以前のジオロ共和国式敬礼ではなくなっていることが、コウジンリィなりの敬意の表れであると言えた。
「コウジンリィ……ジオロ共和国より、ただいま戻りました」
ジンリィからの挨拶を受けて、リリベットは嬉しそうに微笑む。
「ジンリィ、元気そうじゃの。よくぞ戻ったのじゃ、嬉しく思う」
「ありがとうございます。主上もご壮健なようで何よりでございます」
リリベットは少し表情を引き締めると、飛び降りるように玉座から立ち上がる。
「さて……ジンリィ。さっそくで悪いのじゃが先に知らせてあった通り、お主には新設される部隊長を任せることになっておる。異論はないじゃろうか?」
「はっ、謹んでお受け致します」
敬礼をしながら答えたジンリィの言葉に、リリベットは満足そうに頷くと宰相の方を一瞥する。宰相はリリベットの意を察して頷くと彼女の横まで歩み、そして手にしていた剣をジンリィに向かって差し出すのだった。
この剣はリリベットの依頼で工房『土竜の爪』のドワーフが鍛えたもので、ジンリィが使っても耐えれるように設計された専用の剣である。ジンリィが傅くように膝を折りその剣を受け取ると、リリベットは一度息を吸ってから凛とした表情で部隊新設を宣言する。
「コウジンリィ……この剣を持って、お主を新設される部隊の隊長に任ずるのじゃ。そして初代隊長であるお主の名と王家の色を冠し、この部隊の名を『紅王軍』と名付ける事とするのじゃ」
「はっ、拝命致しました。コウジンリィ、以下七十五名……『クリムゾン』として、身命を賭して主上にお仕えすることを誓います」
ジンリィは誓いの言葉を告げると共に立ち上がり振り向いた。そして部下を見渡し、受け取った剣を抜きながら
「総員抜剣!」
と大声で号令を掛ける。それに合わせて部隊全員が鞘から剣を抜くと、柄を胸のところで合わせた。
「掲げぇ!」
事前にシグル・ミュラーの訓練があったとは言え、号令に合わせて一糸乱れぬ動きで剣を掲げる隊員たち。全員が剣を掲げた瞬間、音楽隊が部隊の新設を祝うようにファンファーレを吹き鳴らすのだった。
こうしてコウジンリィを隊長に据えた新部隊『クリムゾン』が結成され、王都南部の仮設砦に駐留することになったのである。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 近衛隊詰所 ──
コウジンリィの帰還と『クリムゾン』の結成式典が執り行われたあと、近衛隊の隊長ミリヤムと隊員のラッツとレイニーは詰所に戻ってきていた。三人は会議用のテーブルの席にそれぞれ座っている。そして隊長のミリヤムは沈んだ顔で呟く。
「まずいわ……近衛隊が出来てから半年も経つのに、未だに隊員が三人だなんて……今日結成した『クリムゾン』なんて、初動から七十五名よ? どういうことよ!?」
そう……近衛隊員は未だに三名のままなのだ。ミリヤムが選好みしているというのもあるが、近衛隊は女王の身辺警護という役割ゆえに、人柄や実力に信用が置ける人物でなくてはならず、大々的に募集などができないのも隊員が増えない原因の一つだった。しかし最も大きな原因は……
「隊長がいつもゴルド隊長と喧嘩ばかりしてるので、衛兵隊の皆が怖がってるからじゃないですかね?」
と言うのはラッツの言葉だが、ミリヤムとゴルドは会うたびに喧嘩しており、それを目撃している衛兵隊も多数いるのだ。ゴルドはいい加減な性格だが衛兵隊員の信望は厚いため、結果として近衛隊長は怖いのでは? という悪印象を持たれてしまっているのだ。
「それはおかしいでしょ? 私のような美人とあの筋肉ダルマなら、私の方を選ぶのが普通だと思うのだけど……」
ミリヤムは首を傾げながら、心底理解できないという顔で唸っている。そんな自身満々なミリヤムにレイニーが提案をする。
「待遇をアピールして集めるのはどうでしょうか?」
「待遇って言ったって……給金は良いらしいけど、常時待機状態で休みなしだしなぁ」
レイニーの提案にラッツが答える。彼は懲罰的に近衛隊に移籍したため、給金は未だに新人の衛兵の時と同じで、他の隊員がいくら貰ってるか知らない。それでも、それなりに貰っていることは知っていた。そして人数が少ないことから、休みが無い状態が続いているのも事実である。
「う~ん、確かに二人に無理させているのは問題よね。仕方ない……嫌だけど、ちょっとゴルドに相談しに行って来るわ」
ミリヤムはそう言いながら立ち上がったのを、ラッツとレイニーの二人が慌てて止める。こんな調子では、明らかに喧嘩になるのが目に見えていたからである。
「ちょっと待ってください、隊長!」
「そうです、あたしたちが行ってきますから!」
慌てた様子の二人に、きょとんとした顔のミリヤムは席に戻る。
「そう? それじゃ、お願いしようかな」
ラッツとレイニーの二人は安堵のため息をつくと、ミリヤムの気が変わらぬうちにいそいそと席を立ち
「それじゃ、行ってきますね」
と告げてから、部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 衛兵詰所 ──
リスタ王城から一番近い衛兵詰所が、ラッツとレイニーの元の職場であり、ゴルドがいる詰所である。ラッツとレイニーの二人が詰所の休憩室に入ると、そこにはゴルドがだらけた様子で座っていた。
入ってきた二人の顔を見て、ゴルドは軽く手を上げて二カッと笑う。
「おぅ、どうした? 二人して何の用だ?」
「ゴルド隊長、実は相談があって来たんですが……」
「相談だぁ? まぁいいや、座れや」
ゴルドに勧められたまま、椅子に座った二人は事の経緯をゴルドに話した。それを聞いたゴルドは唸りながら
「近衛隊の増員かぁ、まぁ三人じゃ大変だよな」
「そうなんですよ、一緒に休みとか取れませんし……」
少し赤い顔をして、チラチラとラッツの様子を窺いながらのレイニーは呟きだったが、ラッツは特に気付かず話を進める。
「それで……なんとか隊長に紹介してもらえないかと」
「ん~……しゃーねぇな、衛兵隊もだいぶ増えてきたし、心当たりも何人かいるから聞くだけは聞いてやるぜ。その後どうなるかまでは責任が持てないがな」
ゴルドは頭を掻きながらぶっきらぼうに答える。こういう面倒見がいいところが、ゴルドの人気に繋がっていると言える。その後しばらく会話を楽しんだあと、ラッツとレイニーは部屋を後にした。
その帰り道 ──
「レイニー、何か機嫌悪そうだけど何かあった?」
「……なんでもないよ、ラッツ君」
やや膨れた顔で、そっぽを向くレイニーであった。
◆◆◆◆◆
『クリムゾン』
リスタ王国の国境防衛であるリスタの騎士とは完全に独立した部隊で、国家に所属する騎士団とは違い女王直属の部隊である。隊長はコウジンリィ、副隊長にシグル・ミュラーとミュゼ・アザルが就いている。
東西の騎士団はそれぞれ国境を護らなくてはならず、お互いに連携が取り難いため、遊撃的に動ける部隊の必要性に応じて新設された。普段は衛兵隊と共に王都の治安維持にも参加している。
隊員の武装は真紅で揃えられており、国民からは『赤い部隊』や武神コウジンリィに因んで『武神隊』と呼ばれることもある。




