第66話「次の祭なのじゃ!」
リスタ王国 王都 大通り ──
現在、リスタ王国は一週間後に控えたお祭りの準備で盛り上がっていた。今回はリスタ王国建国祭である『リスタ祭』に次ぐ盛り上がりを見せる『女王生誕祭』……つまり、リリベットの九つの誕生日である。
そんな喧騒の中、ラフス教司祭ヨドスと孫娘であるサーリャは、大通りで愛の女神ラフスの教えを説いていた。
彼らがこの国に訪れてからすでに三日経っていたが、やはり今までの宣教師と同様に彼の話を聞いてくれる人は稀で、聞いてくれても同盟から移住して来たラフス教徒ばかりという状況が続いていた。
古くから住んでいる国民は元々宗教には関心はないし、祭りの準備で忙しいのに宣教師の相手などしていられないという状態なのだ。それでも子供には優しい国民性なのか、サーリャに対してはお菓子や食べ物などの差し入れがよくされていたのだった。
「ありがとなの~」
中年の主婦からお菓子を受け取ったサーリャが笑顔でお礼を言うと、女性はサーリャの頭を撫でて笑顔でその場を後にする。それを見てヨドス司祭も微笑むが、すぐに落ち込んだ顔になってしまった。
「話には聞いておったが、ここまで相手にされぬとはなぁ……」
「お爺さま、元気を出してっ! この国の人たちは、いい人ばかりなの~」
落ち込んでいる祖父を、サーリャは貰ったお菓子を食べながら励ます。その孫娘の頭を優しく撫でながら
「そうじゃな……元犯罪者の国だなどと聞いていたが、国民は皆やさしい心を持っているようじゃ。それならば、ラフス様の教えがわからぬはずはないじゃろう!」
と気力を取り戻すと、背筋を伸ばして再び布教活動を再開するのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王寝室 ──
その日の夜、女王寝室ではリリベットとマリーが就寝の準備をしていた。薄手のネグリジェを着たリリベットは鏡の前で座り、マリーは彼女の髪を梳かしている。
「陛下、フェルト様にお出しした招待状のお返事が来ましたか?」
リリベットは、髪を梳かれて気持ち良さそうに目を瞑りながら答える。
「うむ、お祝いの手紙が来たのじゃ。今回は来れぬそうじゃが……」
「あら、それは残念でしたね」
「フェルトは忙しいらしいからのぉ。それに帝都からは遠いから仕方ないのじゃ」
リスタ王国からクルト帝国の帝都クルトタールまではガルド山脈を迂回する関係上、馬で直行しても一週間程掛かる距離にある。おいそれと行き来できないのが現状であり、リリベットもそれは理解している。しかし、やはり寂しいのか少し暗い顔もなってしまっていた。
マリーもそれを察して、それ以上は何も言わずリリベットの髪を優しく撫でるのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 帝都 外務庁の一室 ──
職場でもあるこの個室で、執務机の椅子に深く腰を掛けたフェルトが考え事をしていた。彼が父に呼び出されたファザー領から戻ってから、数ヶ月が経過していたが彼は未だに迷っているのである。
フェルトの悩みの種は、執務机に並べられた二通の手紙だ。
一通はリスタ王国の宰相フィンと、先王妃ヘレンの連名で送られてきたリリベットとの縁談の話である。現在十六歳である彼からしてみれば、リリベットは歳が倍も離れている可愛い妹のような存在なのだ。
貴族の婚姻では、十歳程度離れていることなどよくある話なのだが、正式に婚約を結ぶのは女性は十歳以上からが通例だった
もちろんリリベットが嫌いということはなく、家柄を目当てに言い寄ってくる女性たちより、よほど好意を持っているのだがやはり年齢が気になっているのだった。
そして、さらにフェルトを悩ませているのは、もう一通の手紙のほうだ。こちらも縁談の話なのだが、この手紙には皇帝印が押されていた。つまり皇族関連の手紙ということである。
クルト帝国皇帝 サリマール・クルトは、まだ若い皇帝で二十代前半であり、これは彼の妹であるサリナ・クルトとの縁談話だった。クルト皇帝は聡明な人物で臣下に対して強要したりはしないが、フェザー家としても受けるとなると権力の独占だと他の貴族から言いがかりを付けられ、断るとしても皇室関係から反感を買うため、どちらを選ぶにしてもそれなりの覚悟がいる縁談なのだ。
サリナ・クルト ── 歳は十四、評判では美しくお淑やかな女性だが、重要な社交の場にしか姿を現さない。フェルトとしても、舞踏会などで何度か若い貴族たちに囲まれているのを見かけたぐらいで、あまり覚えていない程度の存在であり、正直縁談と言われても返事をしかねる状態だった。
「困ったね……」
フェルトはそう呟きながら、引き出しからもう二通の封書を取り出して机に並べる。一通はリリベットからの生誕祭へのお誘いだった。
リリベットからの手紙には縁談の件は触れられていなかったので、返信もごく普通に返すことができた。おそらく縁談は叔母であるヘレンと父のフェザー公が、勝手に進めている話なのだろうとフェルトは感じていた。
もう一通はサリナ・クルトからで、近日行われるお茶会へのお誘いだった。こちらは帝都の私邸で開催とのことで断れないため、参加する旨を送ってある。
「さて、どんな子なんだろうか……?」
フェルトはそう呟いてから、手紙を全て引き出しにしまうのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 海上 グレート・スカル号 前部甲板 ──
グレート・スカル号は、現在ジオロ共和国からの帰路でリスタ王国へ向かっており、ヘルミナに頼まれた生誕祭用の酒類が満載状態である。その前部甲板では、黒く艶やかな長い髪の赤い民族衣装を着た女性が潮風に当たっている。
「風が気持ちいいねぇ」
彼女は数ヶ月前に同じくグレート・スカル号の甲板にいた武神コウジンリィだ。コウ家に家宝の双龍剣を届けてから、父であるコウ家の当主の説得や身辺の整理に時間がかかり、リスタ王国へ向かうのが遅れていたのである。
そんな彼女が風に当たっていると、背後から何かを落としたような大きな音がした。ジンリィが振り向くと、そこには白衣を着た女性と無骨な金属の腕を持った若い船乗りがいた。
「ほら、しっかりして! 君が手伝うと言ったんだろ?」
「そんなこと言ったって、まだ腕がちゃんと動かせねぇんだよ!」
その言葉に、白衣の女性は不満そうな顔をすると
「なんだい? 私の接合が下手だって言いたいのかい?」
「……そんなことは言ってねぇよ」
と慌てて否定する船乗り。どうやら先ほどの大きな音は、義手の船乗りが運んでいた荷物を落とした音だったようだ。ジンリィが二人に近付きながら
「大変そうだね、手伝おうか?」
と声を掛ける。そのジンリィに白衣の女性は軽く微笑みながら
「貴女は、確か……コウさんだっけ? ありがとう、でも結構だよ。これは彼のリハビリを兼ねているからね」
ジンリィが若い船乗りを見ると、まだ上手く動かせない義手を使い荷物を持ち上げようとしている。
「ふむ……それは邪魔をしたかね」
「いや、気遣いありがとう。あぁ挨拶がまだだったね、私はルネという。この船の船医だよ」
ルネはにこやかに笑いながらジンリィに握手を求めた。ジンリィはその手を取って握手すると
「コウ ジンリィだよ。ちょっと前にリスタ王国で仕えることになってね。所用を終らせて向かってるところさ」
と名乗りながら微笑むのだった。しばらくルネとジンリィが話していると、義手の船乗りは何とか荷物を持ちあげることができた。そしてルネに向かって
「ルネ先生、行こうぜ。重いんだよ、これ」
「あぁそうだね。じゃまたね、コウさん」
ルネは軽く手を振ると、義手の船乗りと共に船内に入っていった。ジンリィは、再び水平線を眺めながら
「さすがにまだ見えないねぇ」
とリスタ王国を思いながら呟くのだった。
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『義手の船乗り』
数ヶ月前にグレートスカルに入った船乗りである。腕を失って死にそうになっていたところを船医ルネによって救われる。
ルネの依頼で工房『土竜の爪』のドワーフが製作した義手をつけており必死のリハビリの結果、最近なんとか動かせるようになってきたところである。
その恩に報いるため彼女の手伝いをリハビリと合わせてやっている最中で、ルネには決して頭が上がらない様子である。




