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第65話「海賊の宴なのじゃ!」

 ノクト海 グレート・スカル号 食堂 ──


 グレート・スカル号の食堂は、その巨大な船体に合わせて恐ろしく巨大な部屋で、多数の長机と椅子が並べられており、荒くれ者の船乗りが暴れても壊れない頑強な造りになっている。


 オルグとベア船長が食堂に入ると、すでに祝勝の宴会が始まっていた。集まっているのはグレートスカルの船員たちと、クロス・カトラスの元に集まった海賊たちだ。


 すでにかなり飲んでいるのか顔が赤い若い船員が、入ってきたオルグの姿を発見すると大声で叫ぶ。


「キャプテン・オルグだ!」


 その声に反応した船乗りたちは、食堂が割れんばかりの大歓声が巻き起こった。


「キャプテン・オルグ!」

「会長~!」

「オルグの旦那ぁ!」


 呼び方はそれぞれ違うが、口々にオルグを讃える歓声を上げている。オルグは若い船乗りから、酒が入ったジョッキを受け取ると天高く掲げる。


「やっとるかぁ、野郎ども!?」

「おぉぉぉぉぉ!」


 オルグの号令に、食堂にいた船乗りたちは一斉にジョッキや肉を掲げて応える。その歓声の中、ベア船長と共に上座に空けられた席に着くと、今度は船乗りたちが次々と酒を注ぎに集まってきた。


 注がれた酒を煽るように次々と飲み干すオルグだったが顔も赤く上機嫌になってきた辺りで、いきなり後頭部を平手で叩かれて手にした酒を零してしまった。


「なんじゃぃ!?」


 と振り返るオルグだったが、そこには仁王立ちのレベッカ・ハーロードが立っていた。レベッカはオルグに指を突きつけながら


「爺様、飲みすぎだよっ! 先生に飲酒は控えるように言われてんだろ? 歳考えろよなっ!」

「うるせぇや、勝ったら飲む! これが海賊ってもんよ。がっはははは」


 レベッカの忠告もまったく耳を貸さないオルグだったが、レベッカは冷めた目でボソリと呟く。


「じゃ……ルネ先生に報告するわ」


 その言葉に顔を青くしたオルグは、慌てた様子でレベッカの腕を掴む。


「待て待て待て! わかったわぃ、酒は控えりゃいんだろぉ?」

「わかればいいんだよ、爺様」


 したり顔で言うレベッカに、オルグは苦笑いすると周りにいる船員たちに


「まったく可愛くねぇ、孫娘だぜ! これじゃ嫁の貰い手もねぇよなぁ? がっははは」


 と豪快に笑う。しかし、その言葉に船員たちは急に色めき立つ。


「レベッカ姐さんなら、俺が貰うぜ!」

「なに抜け駆けしてんだ、テメェ!」

「ふぉふぉふぉ、じゃワシの嫁にならんか?」

「爺はすっこんでろっ!」


 などと、年老いた船長も下っ端も口々に言い争いが始まってしまった。特に若い船乗りを中心に女神と信奉する者も多いレベッカである。たちまち場内は殴り合いの乱闘騒ぎになり、レベッカも呆れた顔でそれを眺めている。


 オルグは、その状況に懐かしいものを見ているように目を細めると、突然豪快に笑い出し


「がっはははは、これでこそ海賊の宴よぉ!」


 と上機嫌に語るのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 リスタ港 ──


 大勝利に終ったシー・ランド大海戦から、二ヶ月が過ぎていた。他の大陸や七国同盟との航路も正常化し、同盟との交流も盛んに行われるようになっていた。


 同盟からリスタ王国への移住希望者も増え、リスタ王国の人口も徐々に増えつつあった。それに合わせて移民街の整備や増設が進められ、リスタ王国全体としては好景気に転じていた。


 しかし人が増えればトラブルも増えるもので、異文化間での衝突が度々起きるようになっていた。これは『親分さん』ことシグル・ミュラーが、移民街の役所から王宮に引き抜かれてしまったことも大きいのだが、それでも彼の元部下たちのお陰で最小限に食い止められている状況だった。


 そんな中、ソーンセス公国からリスタ港に戻ってきた船からは、新たに老人と少女がリスタ王国の地へ降り立っていた。


「ここがリスタ王国か……港じゃからかソーンセス公国の港とあまり変わらんのぉ」


 強い日差しに手で影を作りながら呟いたのは、白い聖職者風のローブを着た老人。その横には同じく白いワンピースのような服を着ている薄い茶色い髪の少女、歳はリリベットとさほど変わらないように見える。


「お爺さま、早く行こうなの~」


 新しい街に興味津々なのか、目を輝かせた少女は少し間の抜けた喋り方をしながら老人の手を掴むと、大通りの方へ引っ張っていくのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 城門広場 ──


 一通り大通りを回ったあと、老人と少女は大通りと王城への道が繋がる地点にある城門広場に来ていた。リスタ王国にこの二人が来た本来の目的のためである。


 老人は噴水の前に立ち、神や愛が如何に素晴らしいものなのかの説法を開始する。そう、この老人は宗教の宣教師なのだ。リスタ王国には国教というものがなく、海神信仰と山神信仰という原始宗教が少々あるだけで、体系化された宗教は存在していない。


 もちろん移民が多いので、個々で見れば大陸有数の教徒数を誇るヘベル教徒が多かったりするのだが、それに対して国が改宗を求めたりもせず、宗教の自由に関してはかなり守られている。しかし、こんなところで説法を始めれば当然目立つので、程なくして衛兵隊に囲まれることになってしまった。


 突然衛兵隊に囲まれてしまい怯えている老人と少女の前に、面倒くさそうに頭をかきながらゴルドが現れた。


「怪しげな爺さんが、広場で騒いでいると通報があったんだが……司祭さんかよ。お前ら解散だ、仕事に戻れぇ!」


 ゴルドの号令で取り囲んでいた衛兵隊はすぐに囲みを解いて、それぞれの持ち場に帰っていった。ゴルドは屈んで膝をつくと少女の目線に合わせてニカッと笑う。


「いや、怖がらせてすまなかったな。宣教かい? この国じゃ宣教師は珍しいからなぁ」


 このリスタ王国でも建国した当時は多くの宣教師が訪れていたが、現在では殆ど訪れることはない。大体の宣教師は入国して三日以内に泣きながら出国してしまうためだ。


 多くのリスタ国民が信じているのは、神などという曖昧なものではなくリスタ王家であるため、いくら神や愛を説いても国民から無視されるのである。それによって付いた渾名が『宣教師の墓場』『悪逆の地』『呪われた王国』等々である。


 笑顔を向けてきたゴルドに対して、少女は老人の後ろに隠れてしまった。老人は謝りながらゴルドに尋ねる。


「やはり一度、許可を取ったほうがよろしいのでしょうな? リスタ女王陛下にお会いしたいのですが……やはり有力者(どなた)かの紹介が必要でしょうか?」


 大抵の国家では国教があったり、法律上で布教活動は禁止されていたりしているため、制限がかかっていることが多い。理由としては、すでにある宗教との対立を避けるためである。


「紹介? 別にいらないと思うが……まぁ陛下に会いたいなら、あと一時間ほど待ってれば会えんじゃねぇかな? 悪いが俺は仕事があるんで、もう行くぜ」


 と言い残すと、ゴルドは詰所のほうへさっさと戻って行ってしまった。取り残された老人は少女の顔を見ながら


「ここで待ってろとは、どういう意味じゃろうな?」


 と呟くのだった。




 それから、一時間ほど経過した ──


 少女は屋台で買った、甘いお菓子を頬張りながらニコニコと座っている。


「美味しいの~」


 老人もそんな孫の笑顔を見て、穏やかな表情で彼女の頭を撫でている。ふと前を見ると、大通りの方から金髪で赤いスカートを履いた幼女が、城門広場に向かって歩いてきていた。


 その幼女が老人の目に止まったのは、彼女の後ろに白い服を着た兵士風の男性と、胸甲を着て槍を持っている紫がかった黒髪の女性が付き従っていたからである。


 そのことに驚いた老人だったが、すぐに少女と共に幼女に近付きながら声を掛ける。


「もし……ひょっとして女王陛下でございませんか?」

「うむ、わたしがリスタ王国女王 リリベット・リスタなのじゃ。お主は見ない格好をしておるが、この国に来たばかりじゃろうか?」


 リリベットは頷きながら、そう尋ね返した。


「はい、今日入国したところでございます。私はラフス教の司祭で、ヨドス・ハンと申します。こちらは孫娘のサーリャ・ハンです」

「うむ、よろしく頼むのじゃ。……して、ラフス教とは?」


 ラフス教という名前を聞いたことがなかったリリベットが首を傾げると、横にいたミュゼが耳打ちをする。


「陛下……七国同盟の国教で、愛の女神ラフスの教えを説いている宗教です。私も一応ラフス教徒ですが……」

「おぉ、こんなところでラフス教徒と会えるとは、まさに神のお導きですじゃ」


 ヨドス司祭は思いがけないところで、信徒に出会って嬉しそう笑うと手を合わせている。ミュゼも同じように手を合わせて一礼している。どうやら、これがラフス教徒の挨拶のようだった。


「して……そのラフス教の司祭殿が、わたしに何か用じゃろうか?」

「あぁ、そうでございました。陛下に布教の許可をいただきたいと思っておりましたのじゃ」


 その言葉にリリベットは首を傾げる。


「布教の許可……無理に改宗させたりせぬのなら、好きにするとよいのじゃ。我が国では特定の宗教を信仰しなければならないという法律はないのじゃからな」


 リリベットの淀みない返事に驚いたヨドス司祭だったが、手を合わせながら


「感謝いたします、陛下」


 とお辞儀をした。それに対してリリベットは軽く手を上げてから、そのまま司祭の横を通りすぎ王城の方へ歩いていく。


 こうしてラフス教司祭ヨドス・ハンと、その孫娘サーリャ・ハンは、リスタ王国に留まることになったのである。





◆◆◆◆◆





 『ラフス教』


 七国同盟に属する七つの国の国教となっている宗教で、愛の女神ラフスが主神である。ムラクトル大陸のみに布教しており、信徒の数は全体では五パーセント以下である。


 比較的熱心に布教するため、他の信徒からは面倒がられることが多い。

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