第63話「掲揚なのじゃ!」
ノクト海 海賊船『海熊』 甲板上 ──
『海熊』は虎髭の船長トク・ベアが率いる、シー・ランド海賊連合に属する海賊団の中でも古参の海賊である。彼らの船は西側の航路を取った船団の中にいた。
ベア船長は自慢の虎髭を擦りながら、左舷に浮かぶ巨大な船影を見つめる。
「まさか、オルグ船長と戦うことになるとはなぁ……」
「伝説のキャプテン・オルグですか……でも乗ってるとは限らないんじゃ? 確か、今は息子が船長って聞きましたけど?」
と若い船乗りが尋ねるが、ベア船長は豪快に笑いながらバシッと若い船乗りの背中を叩いた。
「がっはははは、あのオルグ船長がこんな戦いを見逃すわけねぇだろうがぁ!」
ジンジンと痛む背中を擦りながら、涙目になっている若い船員は
「そ……そういうものですか?」
と呟くのだった。それと同時にグレート・スカル号を監視していた見張りが叫ぶ。
「グレート・スカル号、進路を西北西に変えました!」
「やっぱり……簡単に風上は取らしてくれんわなぁ」
ベア船長はニヤリと笑うと、すぐに指示を叫ぶ。
「おまえらぁ砲撃が来るぞ! いつでも船動かせる準備しとけやっ!」
「アイアイサー!」
船員たちの気合に乗った返事にベア船長も力強く頷く。しかし若い船員は首を傾げながらベア船長に尋ねる。
「あの船長……まだかなり距離がありますけど?」
「いいから配置に付けや! グレート・スカル号、あの船に対して常識は捨てろっ」
そう言い放った後は、黙ってグレート・スカル号を睨むベア船長であった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 『グレート・スカル号』 甲板上 ──
西に向かう一団を牽制するために、西北西に舵を取ったグレート・スカル号の甲板上では、船長のログス・ハーロードが望遠鏡で前方を確認していた。
「取り舵! あと四度だ、切り上がるぞ! 他の船に風下には入らないように伝えろ! 右舷上部砲門開けぇ!」
グレート・スカル号の砲門は片舷だけでも六十三門あるが、最大射程を誇る上部砲門だけでも片舷十九門ある。船長の号令に副長が宝珠を通して、船の隅々まで命令を伝達させる。また同行している他の船舶にも注意喚起の手旗信号が送られていた。
数分後、船は挙動を変え西北西から西へ舵を切った。それとほぼ同時に右舷上部砲門が開いていく。他の船に対して風下に入らないように伝えられたのは、巨大な船体が風を完全にさえぎってしまうためと、左舷に舵を切ると右舷側(風下側)に物凄い高波が発生するためである。
「おい、あまり沈めるんじゃねぇぞ?」
ログス船長の横にいたオルグが白いひげを擦りながら忠告すると、ログスは鼻で笑って
「わかってるよ」
と短く答えるのだった。
グレート・スカル号の性能であれば、海賊を殲滅させるのも容易いのだが、この辺りはリスタ王国の利権が絡んできており、王国としては完全に海賊がいなくなっては困るのだ。理由は簡単で海賊の脅威があればあるほど、安全な航路を確保できるリスタ王国の価値が上がるからである。
それからしばらく進んだところで、グレート・スカル号の射程に入る直前でログス船長が叫ぶ。
「右舷上部……全砲門放てっ!」
この号令も副長を通して右舷の砲手に伝えられると、およそ三十秒後に一斉に砲撃が開始された。物凄い爆音と共に発射された砲弾は、西側に切り上がって来ていた海賊連合の船団の鼻先に着弾するのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 『レッドスカル』 甲板上 ──
西に切り上がっていた一団の先頭を奔るレッドスカルと、その一味である五隻は轟音と共に目前に現れた水柱に騒然としていた。
「な……なんだ! あんな距離から届くのか!?」
「あ、あんなのどうしろって言うんだよ!?」
レッドスカルの砲弾が届くようになるには、まだ大分距離がある。ベテランの船乗りたちでも、グレート・スカル号の常識外れの射程距離には慄くしかなかった。慌しくなった船員たちにフォレス船長は一喝する。
「落ち着け、テメーら! こんなもん当たりやしねぇーよ!」
この声にレッドスカル号の船員たちは何とか落ち着きを取り戻したが、他の船長の船はそうもいかなかった。混乱した船は無理に舵を切って裏帆を当てて停止してしまったり、その船に後ろから突っ込み航行不能になる船や、早々に逃げ始める船も現れたのだった。
「ちぃ、役立たずどもが!」
そんな状態に苛立ちを隠せないフォレス船長は、甲板を何度も踏みつけるとマスト上の見張りに向けて叫ぶ。
「奴らと東側に回った連中はどうなってる?」
マスト上の見張りは、すぐにグレート・スカル号と東側に回った海賊たちの状況を伝えると、フォレス船長はニヤリと笑う。そして手旗を持った船乗りに向かって命じる。
「後続の連中に伝えろ! 『進路を北西に切れ』っとな」
その言葉に手旗を持った船乗りは急いで船尾までいくと、手旗信号で後続に伝えていく。そしてレッドスカルと共に生き残った約七十隻が、グレート・スカル号から逃げるように北西に向かって進み始めた。
◇◇◆◇◇
ノクト海 『グレート・スカル号』 甲板上 ──
一方その頃、北西に進路を切った船団を確認したログス船長は頭を掻いてぼやいていた。
「おいおい、まさか最初の一撃で逃げ出すとは……面舵一杯! 追いかけるぞ」
ログス船長は、すぐに逃げ出した海賊たちを不審と思ったが、どんな作戦でもこの船の相手ではないという自負からか、特に気にせずに追いかけることを決める。程なく北西に舵を切ったグレート・スカル号は、そのままレッドスカルを追いかけて進み始めるのだった。
グレート・スカル号も他の船と船足を揃えているので、距離はさほど変わらぬまま、そのまま一時間ほど追いかけていたグレート・スカル号だったが、船尾にいた見張りから慌てた様子で報告が飛んできた。
「頭ぁ! 後方から二百隻ほど来やがりました!」
「ちぃ、東に回ってた連中か?」
東から回っていった船団は、周辺に哨戒に出ていた船が合流して二百隻まで膨れ上がっていた。舌打ちをしながら顔を顰めるログス船長に、オルグはバカにしたように腹を抱えながら笑い出す。
「かっかっかっ、油断したのぉ! こりゃ、そろそろ頃合かのぉ?」
前方を確認すると逃げていた七十隻も全船反転してきていた。どうやら後方に現れた船団と共に、グレートスカル側を包囲をするつもりのようだ。ログスは諦めたような表情で帽子を取って頭を掻くと
「この船は沈まねぇだろうが、他の船はそうも言ってられんか……仕方ねぇ、掲げろぉ!」
と大声で叫ぶのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 『レッドスカル』 甲板上 ──
上手くグレート・スカル号を誘引できたフォレス船長は、数的に圧倒的に有利になったことで上機嫌な様子で笑っていた。
「ははははっ、進め、進め! 調子に乗りやがって骨董品め!」
「若、落ち着いてください」
フォレス諌めにかかった老人を苛立ちながら突き飛ばす。
「邪魔するんじゃねぇーよ」
「若……」
そんな時、マストの上の見張りが甲板に向かって大声で叫ぶ。
「頭ぁ、旗だ! グレート・スカル号が旗を上げやした」
「旗だぁ? まさか旗色が悪くなったんで、白旗でも上げたかぁ? かっはははは!」
「いえ、黒い旗です。髑髏とカトラスが重なっているような……そんな感じの旗ですぜ」
それを聞いたフォレス館長は首を傾げていたが、老人の船乗りは震えながら
「『連合旗』ですじゃ、若! 今すぐ、この海域から離脱してくださせぇ」
「あぁん?」
横柄な態度で老人を見下ろすフォレス船長。しかし見張りが慌てた様子で報告を入れる。
「グレート・スカル号の後方にいる船団……と、こっちの集団の船も何隻かが旗を降ろし始めてますぜ!」
「なんだとぉ?」
◇◇◆◇◇
ノクト海 海賊船『海熊』 甲板上 ──
見張りの船乗りの報告に眉を吊り上げたベア船長は、再度確認するように叫ぶ。
「本当に大髑髏の下にカトラスが重なってる旗が揚がったんだなぁ?」
「へぃ! 間違いありませんっ!」
ベア船長は小刻みに震えた後、大声で船乗りたちに叫んだ。
「海賊旗を降ろせぇ! お前は船長室に飾ってある、あの旗もってこいや!」
「は……はいっ!」
命令された船乗りは急いで船長室に向かい、しばらくして旗を持って戻ってきた。ベア船長はその旗をひったくるように奪い取り、ロープから自身の海賊旗を取り外すと、持ってきた旗を括りつける。
「よぉし、掲げろぉ!」
程なく海賊船『海熊』のマスト上には、黒い地に白い髑髏とカトラスがクロスしている絵が描かれている旗が掲げられたのだった。
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『海賊の戦法』
まず砲撃を行い相手を怯ませたり航行不能にする。しかし射撃有効距離や命中精度が低いのもあり、さほど有効ではなく脅しが主な効果である。さらに接近して砲台を向けて『言うことを聞かないと沈めるぞ!』っというわけだ。
これは海賊行為のためでもある。彼らは人質や積荷を盗る事を目的に海賊行為を行っているのだから、船を沈めてしまっては元もない。
だから彼らの主な攻撃方法は、接舷や衝角で突撃しての白兵戦がメインになるのである。




