第62話「大海戦なのじゃ!」
ノクト海 シー・ランド海賊連合 旗艦オクト・ノヴァの甲板 ──
会議中に鳴り響いた警鐘より、時は少し遡ることになる。
オクト・ノヴァの甲板上では船長たちが会議している間、その部下の海賊たちが暇を持て余し酒盛りや賭博などに興じていた。髭面の海賊とのっぽの海賊はポーカーをしながら笑いあっている。
「お前、下の会議どうなると思う?」
「グレートスカルが活躍してたのは、もう三十年以上前だからなぁ……まさか戦うとか言い出したりしてな、はっはははは!」
そんな他愛もない話をしている海賊たちだったが、マストの上では見張りの海賊が望遠鏡で水平線を監視していた。太陽の光を反射するだけで、特に何も変わらない水平線をボーっと眺めていると、南西の方角の水平線に棒状の物が生えているのに気が付いた。
「なんだ、あれは?」
見張りをしていた海賊がその方角を凝視していると、徐々にその全貌が明らかになってきた。その棒状の物は信じられないことに船のマストだったのだ。島のような大きさを誇る魔導帆船グレート・スカル号のマストが、水平線上から見えていたのだ。
これがグレート・スカル号の唯一の弱点だと言える、その巨大さ故に隠密性が犠牲になっているのである。
突如現れたグレート・スカル号に驚いた見張りの海賊は、そのまま慌てて落ちそうになったが何とかロープを掴んで踏みとどまる。そして、その方向に哨戒に出ていた船に望遠鏡を向けて状況を確認した。
哨戒船は光信号と手旗信号を送っていたが、光信号は減衰して識別不能だった。手旗信号の方は『グレート・スカル号 船影 約五十 来襲』と繰り返し送ってきている。それを見た見張り台の海賊は、一心不乱に警鐘を打ち鳴らしながら下に向かって叫ぶ。
「グレートスカル来襲! グレートスカル来襲! 船影は約五十! 南西方向より海域に侵入!」
それを聞いた海賊たちは飲んでいたジョッキを落とし、手にした手札を放り投げて立ち上がった。
「グレートスカルだって!? お……おい、どうするんだよ?」
「し……知るか、俺に聞くんじゃねぇ!」
「とっ、とりあえず船長に報告だぁ!」
そして慌てながらも指示を受けるために、船長たちが会議をしている部屋に向かうのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 シー・ランド海賊連合 旗艦 オクト・ノヴァの会議室 ──
海賊会議をしていた船長たちも、鳴り響いている警鐘に騒然としていた。
「な……何事じゃい!?」
虎髭の船長が叫び声を上げると同時に、部下の海賊が慌てた様子でドアを開けて飛び込んできた。
「か……頭ぁ! 大変だぁ、グ……グレートスカルだ! 奴らのほうから攻めてきやがったっ!」
その報告にレッドスカル船長フォレスを含め、他の船長たちも一斉に立ち上がると問い詰めるように口々に叫ぶ。
「か……数は、何隻できた?」
「距離は? どっちから来ているんだっ?」
「グレート・スカル号はいるのか!?」
すごい剣幕に報告に来た海賊は怯んだが、慌てながらも質問に答えていく。
「グレート・スカル号を確認、規模はおよそ五十! 現在約十二海里、南西方向から真っ直ぐこちらに向かって来てやがります!」
この報告を聞いた瞬間、顔色を変えた船長たちは慌てた様子で、我先にと押しのけ合いながら部屋から出て行く。それぞれの船に戻るためである。グレートスカルと敵対するつもりがなかった船長たちも、相手が攻めてきたとあっては覚悟を決めたようだった。
「ふざけやがって! 骨董品の分際であっちから攻めてくるなんて、いい度胸じゃねぇかっ!」
フォレス・カライもそう叫ぶと、急いで自分の船に向かうのであった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 グレート・スカル号 甲板上 ──
一方その頃、潮風に吹かれながら漆黒の船長服と白い髪をたなびかせて、腕を組んで前を見つめるオルグ・ハーロードは豪快に笑いながら
「がっははははは、やはりワシの予想通りだろぉ? 雁首揃えてる頃だと思ったぜ!」
と自分の予想が当たったことが嬉しいのか、自慢げな顔をしている。その横で望遠鏡を覗きながら状況を確認しているログス・ハーロード船長は、呆れた顔で報告する。
「しかし、見えてる数だけでも三百はいるぜ、親父!」
「ん~? まぁその倍はいるだろうなぁ、がっはははは」
グレートスカル側の戦力は旗艦グレート・スカル号、大型帆船十二隻と中小含めた帆船が三十四隻で、計四十七隻である。相手との戦力差は絶望的な数字だったが、グレート・スカル号の存在があるうえに風の利もあった。
「なぁに風上は押さえておるし、ワシらの恐ろしさを分からせるだけだ、なんとでもなるわい」
現在、南西から北東に向かって風が吹いている。この海域にいる船はほとんどが帆船であり、風上を完全に押さえたことにより、海賊連合側は風上に向かって奔って来なくてはならないのだ。
その為にはタッキングという風上側に船首を向ける動きを繰り返して、ジグザグに奔って来なくてはならず、かなり操船の技量を要求される。その上もしタッキングに失敗すれば、帆が逆風によって裏返り船足が完全に止まってしまう。海戦時に動きを止めれば砲の狙い撃ちに合うのだ。
もちろん相手も海賊であり一流の船乗りなので技量的には問題のないのだろうが、風上に向かって奔るというのはそれだけでリスクを伴う行為なのだ。もちろん船足も上がらないため、どちらにしろ圧倒的不利である。
つまり帆船同士の海戦では、風上を取った方が機動性の面で圧倒的に有利ということだった。
「それに保険もあるしのぉ……」
オルグはそう呟くと、丁度船員が持ってきた旗を見てニヤリと笑うのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 レッドスカル号 甲板上 ──
フォレス・カライは、慌てた様子でオクト・ノヴァからボートで自分の船に戻って来ていた。
そのフォレスに老齢の船乗りが尋ねる。この老人はフォレスのお目付け役で副長を務めており、フォレスの父親の代からこの船に乗っている。つまりレッドスカルが、グレートスカルの傘下だった頃からのベテラン海賊である。
「若、お帰りなさい。会議はどうでしたか?」
「どうしたもこうしたもあるかっ! グレートスカルが攻めてきやがったんだよ! おらぁオメーラ、海戦準備だ! 錨を上げろ、帆を開けぇ!」
船員たちは苛立ちが隠せない船長の号令でも、嫌な顔もせず忙しなく動き始めた。老齢の船員は心配そうな顔で再びフォレスに尋ねる。
「若、本当にやるんですかい? 親父さんもグレートスカルにだきゃ手を出すなとおっしゃっていたでしょう?」
「うるせぇ、親父の話はするんじゃねーよ。今は俺が船長だ!」
と言って邪魔そうに老齢の副長を押しのけると、フォレスは操舵士の方を向いて叫ぶ。
「敵に風上は取られてる! まず西に向かうぞ! とりあえず船足がつくまでは、そのまま奔れぇ!」
「おぉぉぉ!」
フェレスの命令に部下たちの威勢のいい声が返ってくる。
◇◇◆◇◇
ノクト海 シー・ランド海域 海上 ──
風上である南西から侵入した大海賊グレートスカル四十七隻に対して、シー・ランド海賊連合は、総勢三百四十二隻の船が参戦したが、連携が取れた行動は取れていなかった。
元々シー・ランド海賊連合は、複数の海賊が集まっただけの組織であり、オクト・ノヴァの船長が名義上の長になっているが、海賊たちが素直に命令など聞くわけがなかったのだ。
ベテラン船長が乗る百隻近くの船は経験から、近付かれる前に西側に舵を切り風下の不利を少しでも無くそうと動き始めていた。横帆船を主にした約百二十隻は東に舵を取り回りこむように奔っている。旗艦オクト・ノヴァを含めた、残りの船は混乱して中央から動けない状態であった。
こうして後の歴史家が、シー・ランド大海戦と呼ぶことになる海戦が突如始まったのである。
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『閉じ込められたオクト・ノヴァ』
海賊会議は、ノクト海に浮かぶ島々の一つにある専用港に停泊していたオクト・ノヴァに、様々な海賊の船長が集まって行われたため、その周辺には多数の船舶が錨泊していた。
グレートスカルによる急な襲撃により、慌てて出航しようとした船舶同士がぶつかり、団子状に重なることで中心部にいたオクト・ノヴァの航路が失われたのだった。




