第61話「海賊会議なのじゃ!」
リスタ王国 王都郊外 紅庵 ──
リリベットは、マリー、ミリヤム、ラッツ、そして五日前に新たに臣下に加わったミュゼ・アザルと共に、コウ老師の紅庵に訪れていた。
リリベットは剣術指南を受けに訪れたのだが、コウ老師の若い頃を知っているミリヤムと、武神の祖母に興味を持ったミュゼ、最近老師を師事しているラッツの三名が付いてきたのだった。
紅庵に到着すると、コウ老師が穏やかな笑顔で出迎えてくれた。
「ふぉふぉふぉ……よぅ来なさった、主上よ。今日は随分と大勢じゃのぉ」
そんなコウ老師に、ミリヤムは腕を組みながら偉そうに胸を張って
「老けたわね、コウジンジィ! 私のことは覚えているかしら?」
と尋ねる。閉じたような目が微かに開くと、コウ老師は懐かしそうに笑う。
「ふぉふぉ……森人か、お主らは見た目がかわらんからのぉ……確か五十年ほど前じゃったかな?」
ミリヤムとコウ老師は一度戦場で出会っただけなのだが、一度相対した強敵は忘れないのだろうか? 逆に覚えていたことに驚くミリヤムを他所に、今度はミュゼが前に出てきて礼儀正しく頭を下げる。
「コウ老師、お会いできて光栄です。私はミュゼ・アザルと申します」
「ふぉふぉふぉ、アザルと言うと……アザル流槍術かのぉ」
「ご存知とは!?」
自分の流派を言い当てたことに驚くミュゼに、コウ老師は軽く笑いながら
「コウ家は古今東西様々な武術に精通しておるでなぁ……さて、そろそろ道場へ移動しようかの?」
と言うと、そのまま道場に向かって歩いて行ってしまった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都郊外 紅庵 道場 ──
道場に入り準備が終ったリリベットは、相変わらずマリーと一緒にゆっくりと振られる木剣を払うお遊戯のような剣術の稽古をしている。
リリベット自身もわかっていることだが、彼女には剣の才能がない。同じ年頃の子供に比べても小さな体躯、運動もあまりせず机仕事ばかりしているので力も無い。それでも王家の嗜みとして、剣術を習わなくてはならないので渋々稽古を受けているのだった。
一方ミリヤム、ミュゼ、ラッツは、コウ老師に直接指導を受けることになっていた。ミリヤムはコウ老師に向かって
「あの時は勝てなかったけど、今なら私の方が上ね!」
とドヤ顔で言い放つ。ミリヤムのが年上だが自身は人族で言えば十代半ばの若々しい肉体、対するコウ老師はすでに全盛期を過ぎた老体である。そんな大人気ない態度に、マリーは呆れた顔で見つめている。しかし余所見をしていたせいか、マリーが振った木剣はリリベットの脳天に直撃した。
「あぅ……」
頭を押さえてしゃがみ込むリリベット、マリーは慌ててリリベットの頭を確認しながら謝罪する。
「申し訳ありません、陛下」
「う……うむ、大丈夫なのじゃ」
若干涙目で答えるリリベット。幸いたんこぶにすらなってない程度だった。
一方ミリヤムはコウ老師と試合型式の稽古を始めるところだった。ミリヤムは木製の剣を持って構え、コウ老師は長めの木製の棒を立てて、その中心を持っているだけの自然体で立っている。
ラッツの開始の合図と共に、突撃しながら剣を薙いだミリヤムだったが……次の瞬間地面に叩き付けられて、喉元に棒の先を突きつけられていた。
「ふぉふぉふぉ、まだまだじゃのぉ。そんな調子ではこの婆の域に達するのは、あと百年はかかるわぃ」
楽しそうに笑っているコウ老師に、何が起こったのかすらわからなかったミリヤムは悔しそうに歯軋りをしている。続いてミュゼが相手をすることになった。
「お願いしますっ、老師!」
「ふぉふぉふぉ……来るがよい」
再びラッツの開始の合図で稽古が始まった。ミュゼは先ほどのミリヤムの失敗から、間合いを取り細かく突く戦法を取ったようで、一度に三~四回突いているように見える連続突きを繰り出している。
コウ老師はゆらゆらと揺れるように突きを避けると、一気に踏み込んで間合いを潰してしまう。それを待っていたミュゼは、後ろに下がりながら踏み込んできた脚を薙ぎ払う。この薙ぎ払いは囮で老師が飛んで避けれないところに、次の一撃を狙うつもりだったのだ。
しかしコウ老師は、その薙ぎ払いのさらに下に潜り込み、浮き上がると同時にミュゼの喉元に棒を突き出して止める。下がりながら振ったため、僅かに浮いてしまった薙ぎ払いを狙われたのだ。
「ま……参りました」
「ふぉふぉふぉ……狙いは悪くないがのぉ。飛ばせたいなら、もっと地面を這うように振るか、斜めに振り下ろすのじゃな」
そして、その後ラッツも軽くあしらわれ、しばらく順繰りにコウ老師との稽古が続くのだった。
それから一時間ほど経過した。稽古が終ったリリベットとマリーは、持参した紅茶を飲みながらコウ老師と三人の稽古を見守っていたが、最終的には三名同時でもまるで相手にならず、三人とも道場の床で大の字で寝る結果となったのだった。
コウ老師も老齢であるため、さすがに疲れは見えたが結果的には一本も取られずに稽古を終え、『王者の護剣』の名に恥じぬ強さを示していた。
「さすがに強いのじゃ」
肩で息をしている三人をよそに、リリベットはまったりと紅茶を一口飲んでから呟いたのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 シー・ランド 旗艦オクト・ノヴァ ──
シー・ランド ── 正規名称は『シー・ランド海賊連合』。その旗艦であるオクト・ノヴァでは、現在海賊の船長たちが集まり海賊会議が執り行われていた。議題はリスタ王国、すなわち大海賊グレートスカルについての話し合いである。ノクト海に大髑髏旗がたなびいてから早一月が経っていた。
むさ苦しい海の男たちは、テーブルを囲み酒を飲みながら話し合いをしている。
「馬鹿なことをしてくれたもんだぜ。まさかグレートスカルに手を出すとは」
「まったくだ! お陰で南方面は迂闊に入れやしねぇ。商売になりゃしねぇぞ」
「すでに船の何隻かは沈められてんだぜぇ? 三十年近くも活動してなかったくせに、相変わらずあぶねぇ奴らだ」
などと口々に文句を言う船長たち。彼らからすれば、いきなりノクト海の半分を奪われたようなものなのだから当たり前である。そんな中、赤い船長服と髑髏の入った帽子をかぶった若い船長が
「おいおい、爺ども。あんなグレートスカルに何時までビビってんだよ」
と馬鹿にするように言うと、髭を生やした初老の船長が持っていた木のジョッキをテーブルに叩き付けると同時に叫ぶ。
「もとを正せば、貴様がリスタ王国の船に手を出すからだろうが、この若造がっ!」
この赤い船長服の若い船長こそ、リスタ王国の船舶を襲っていた赤髑髏の船長で名をフォレス・カライと言う。フォレスは両手を広げながら船長たちに向かって
「ここにいる船長たちは海賊の矜持を忘れちまったのか!? グレートスカルって言ってもせいぜい百隻未満だ、海賊連合の敵じゃねぇだろ!」
「そうだ! そうだ! 何時までもビビッてんじゃねーぞ、爺ども!」
フォレスに同調したのは、彼と同じく代替わりした若い船長たちである。時代が変わり大海賊グレートスカルを知らない船長たちも増えてきているのだ。そんな若造たちに初老の船長が再び叫ぶ。
「貴様らはキャプテン・オルグを知らんから、そんなことが言えるんだ! それにグレート・スカル号がいるんだぞ!? あの不沈艦がいる限り数の問題じゃないわい」
確かに現在この周辺に集まっている海賊連合の船は大小含めて千を越えるが、それでもグレート・スカル号と戦える船は、このオクト・ノヴァぐらいである。フォレスはニヤリと笑う。
「なぁに、あの化け物船と戦うことはねぇ。あいつ等には弱点があるからなぁ」
「じゃ……弱点じゃと?」
フォレスは、テーブルの上に置いてある海図の端にある陸地にナイフを突き立てると
「リスタ王国! こちらから攻めて、ここを襲うのよ! あいつ等はここに縛られている飼い犬だからなぁ、女王を攫っちまってグレート・スカル号を明け渡させるんだよ!」
海賊会議の場は歓声をあげる若い船長たちと、頭を抱える老人船長たちの二つに別れた。その時、突然頭上から警鐘の音が鳴り響いたのだった。
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『オクト・ノヴァ』
シー・ランド海賊連合の旗艦であり、グレート・スカル号の姉妹艦である。
サイズ的にはグレート・スカル号の半分程度だが、装甲や武装は同じものを使っている。オルグがシー・ランドを離れて行く際に残していった船の一隻である。




