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第60話「仕官なのじゃ!」

 ??? ──


 リリベットが目を開けると、正装をして王冠をかぶり、薄暗い謁見の間の玉座にポツリと座っていた。首を左右に振って周りを見渡すが、そこには誰もいなかった。


 普段は謁見の間で一人になることなどないため、不安な顔で


「誰か? 返事をするのじゃ?」


 と叫んでみるが、返事は返って来なかった。ふと前を見てみると一人の男性が立っていた。薄暗いせいか顔は良くみえない。

 

 男性はリリベットに対して何かを訴えているが、まるで異国の言葉のように理解できなかった。しかし自然と会話をしているように振舞う自分に戸惑っていると、しばらくして男性との会話は終わり彼は忽然と姿を消した。


 リリベットは王冠が気になるのか、パシパシと存在を確認するように両手で挟んだ。


 次に現れたのは女性だった。やはり顔はわからないが、若い女性のようだった。また理解できないが会話が成り立つ言葉で話している。彼女も会話が終ると霧のように姿を消した。


 再び、王冠を確認しながらリリベットは呟く。


「また重くなったような気がするのじゃ」


 この後も何組かの男女が、リリベットの前に現れては消えていく。その都度大きく重くなっていく王冠は、ついにリリベットを押し潰してしまうのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


「重いのじゃ~!」


 リリベットは叫びながら目を開けた。ハァハァと荒い息を上げながら見たものは、いつもの天井だった。しかし苦しくはないが何かに乗られているようで、起き上がることができなかった。


「陛下っ!?」


 リリベットの叫び声に反応して、マリーが控えの間から慌てた様子で寝室に飛び込んできた。身動きが取れないリリベットはマリーに助けを求める。


「マリー……動けないのじゃ」


 マリーはゆっくり天蓋付ベットに近付くと、ぬいぐるみと混じってリリベットの上に乗っていたソレを持ち上げた。


「ぷぎゅっ」


 と可愛らしい声と共に重みがなくなったリリベットは、身を起こすと驚いた様子で手を広げてソレを呼ぶ。


「ウリちゃん!?」


 リリベットの上に乗っていたのは、子猪のウリちゃんだった。ウリちゃんはマリーの手からピョンっと飛ぶとリリベットの元に擦り寄った。リリベットはウリちゃんを抱きしめながら優しく撫でる。


「どうしたのじゃ? ひょっとして最近中庭にいけなかったから寂しかったのか? 仕方ない奴なのじゃ」


 マリーはハンカチをポケットから取り出すと、リリベットの寝汗を拭く。


「陛下、汗が凄いですよ。大丈夫ですか?」


 リリベットはウリちゃんを撫でながら


「うむ、大丈夫なのじゃ。なにか変な夢を見ていた気がするのじゃが……もう忘れたのじゃ」


 と笑うのだった。マリーは少し安心した顔で首を傾げる。


「そうですか……しかし、この子どうやってここまで来たのでしょうか?」


 リリベットの寝室に入るには、マリーや女王付きメイドのいる控えの間を通らなくてはならない。リリベットも首を傾げながらウリちゃんを見つめる。


「そう言えば、そうじゃの? お主、どうやってここまで来たのじゃ?」


 と尋ねるリリベットの言葉に「ピィ」と一鳴きすると、ピョンっとベットから飛び降りたウリちゃんは壁に向かって歩き始め、そのまま溶け込むように壁の中に消えて行った。


「なんと!? あやつ、壁を通り抜けれるのじゃな!」


 思いがけない能力に、リリベットとマリーはただ驚くことしかできなかった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 その日の午後、謁見の間では正装で玉座に座っているリリベット。その横に護衛のミリヤム、シグル・ミュラー、あとは衛兵二人が側に控えていた。


 なぜかソワソワしているリリベットに、ミリヤムが不思議そうな顔で尋ねる。


「陛下、どうかなさいましたか?」

「うむ……いや、何でもないのじゃ。それで今日の謁見は誰なのじゃ?」


 ミリヤムは手元の資料を一瞥してから、リリベットの方を向き直して答える。


「まずは新たに仕官したミュゼ・アザル殿との謁見ですね」

「あぁ、数日前にシグルが許可を取りに来た者か……わかったのじゃ」


 リリベットが右手を軽く上げると、入り口付近で待っていた衛兵が敬礼をしてから、謁見の間の扉を開けてミュゼ・アザルを入室の許可を出す。


 入り口からゆっくりと歩いてくる人物は、肩と胸、そして腰回りのみ甲冑を着た軽装姿で、やや青みがかかった黒髪を後で縛り、凛とした顔が特徴的な女性で歳は十代後半に見えた。


 玉座の前まで辿り着くと傅いて、リリベットの言葉を待つ。


「よい、面を上げるのじゃ」


 その言葉にミュゼ・アザルは顔を上げる。


「わたしがリスタ王国女王リリベット・リスタなのじゃ」


 と微笑みながら名乗るリリベット。対するミュゼはやや硬い表情のまま


「お初にお目にかかります、陛下。ミュゼ・アザルと申します。此度はお召し上げくださり感謝致します」


 と挨拶を述べた。シグルからは編成中の新部隊に配属したい旨の報告を受けていたため、リリベットは少し考えてから首を傾げながら尋ねる。


「若輩ゆえ不勉強ですまぬのじゃが、アザルという家は聞いたことがないのじゃ。お主は、どこのから来たのじゃ?」

「はっ、プロレブ王国からでございます」


 プロレブ王国とは七国同盟の一つで、ソーンセス公国の東方にあるリスタ王国と同程度の小国である。リリベットもさほど詳しくはないが、七国同盟の武を司る国だと聞いたことがあった。


 シグルがリリベットに近付き、小声で耳打ちするように伝える。


「陛下……ミュゼ殿は、槍の達人ですよ」

「ほぅ、それは見てみたいのじゃ。どうじゃろう?」


 普段は仕官に関して臣下の選定を信用しているリリベットだったが、この時はすこし退屈だったのか、そんなことを言い始めた。そのリリベットの願いにミュゼは頷く。


「はっ、私も是非アザル流槍術をご覧いただきたいです」

「良ければ私がお相手しましょう」


 なにやら嬉しそうに名乗り出るミリヤムに、リリベットは許可するように頷いた。




 そしてミリヤムとミュゼが一時退出して、しばらくしてから戻ってきた。それぞれの手には木製の剣と槍が握られていた。玉座から少し離れた位置で二人は対峙する。腰を落として木製の槍を構えるミュゼと、半身で切っ先を相手に向けるミリヤム。


 緊迫した空気が流れる中、リリベットが右手を軽く上げるとシグルが開始の号令をした。


「始めっ!」


 その瞬間、カッカッカッンという音と共にミリヤムが後に飛び退いた。ミュゼが一瞬の内に踏み込むと三連突きを顔、左腹、右肩と連続で繰り出し、ミリヤムも木剣でそれを捌きながら間合いを取るために後に飛んだのである。


「速過ぎて見えないのじゃ……」


 リリベットは困惑した顔で呟いていたが、ミリヤムは楽しそうに笑っている。そしてミュゼの左側、すなわち背中側に廻りこみながら一気に駆け寄る。すぐに向きを合わせたミュゼは、向かってくるミリヤムの顔と胴体に二連突きを入れる。


 それを最小の動きで避けたミリヤムはミュゼの胴を薙ぐように剣を振るが、ミュゼは槍を立ててそれを受け止めた。


「やるわね……どう? 貴女、近衛に来ないかしら?」


 突然の提案にミュゼは少し驚いた顔をしたが、すぐに右手を振り上げるようにミリヤムの剣を受け流すと、そのまま石突側で振り払う。


 ミリヤムは当たる寸前に後に飛び退き間合いを取った。


「ありがたい申し出ですが……」


 ミュゼは済まなそうな顔で再び構え直した。ミリヤムも同じく構え直した時点で、リリベットが二人を止める。


「そこまでなのじゃ! 二人とも凄かったのじゃ」


 やや興奮気味のリリベットの言葉にミリヤムは腰に剣を据え、ミュゼは槍を立てて一礼する。シグルは苦々しい顔をしながらミリヤムに忠告する。


「ところで……ミリヤム隊長、勝手に勧誘しないでくださいね?」

「あら、貴方のところは結構入っているでしょ? 少しぐらい譲ってよ」


 シグルが副隊長として編制官の任についてから、移民やシグルの元部下たちが集まり始め、新部隊は徐々に形になってきている。しかしミリヤムの近衛隊は選考が厳しく、未だに三名のままだったのだ。


「お主のように強い者が、我が国に仕官してくれるとは嬉しい限りなのじゃ。これからもよろしく頼むのじゃ!」

「はっ」


 ミュゼは右手を左胸に当てて一礼する。こうして槍の使い手ミュゼ・アザルがリスタ王国に仕えることのなったのである。





◆◆◆◆◆





 『アザル流槍術道場での親子喧嘩』


 これはミュゼがリスタ王国に来る前の話である。


 プロレブ王国の王都にある道場では、ミュゼと道場主であるミュゼの父が喧嘩をしていた。


「いい歳して、いい加減に婿を選ばんか、この馬鹿娘がぁ! お前はこの道場の一人娘なんだぞ!?」

「父上、私は 『武神の婿取り』に習い、自分より強い男以外を婿に取るつもりはございません!」


 などと槍で撃ち合いながら喧嘩しているのである。しかし、すでに父を凌ぐほどの力を持ったミュゼに敵う男などは居らず、この日も父を打ち倒し家を飛び出したミュゼは、西の空を見上げながら呟くのだった。


「そう言えば今度リスタ王国に、あの武神が部隊を作ろうとしているって噂を聞いたな……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] えっ?いいの跡取りが飛び出して笑
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