第58話「赤髑髏なのじゃ!」
リリベットがお茶会をしている間、ソーンセス公国の外務大臣タイルと宰相たちの会談が行われていた。リスタ王国と同盟各国の関税や貿易に関する条約が見直され、ある程度まとまった段階でリリベットの承認を得て締結されることになった。
今回は外交上の謝礼的な意味があるため、リスタ王国が有利な条件になっている。しかし、その条約が次なる問題を運んでくるとは、リリベットはもちろん誰にも知る由がなかった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
同盟との条約を締結してから、さらに二ヶ月が経過していた。
本日もリリベットは執務机に向かって公務をこなしている。控えの間に続くドアからノックの音が聞こえたのでマリーがドアまで歩き、一言二言会話してからドアを開いた。
部屋に入ってきたのは宰相フィンだった。宰相に対しては「いつでも好きに入ってきてよい」と許可しているのだが、彼は必ず許可を取ってから入室してくる。おそらく彼なりの臣下としての線引きなのだろう。リリベットは書類から目を離し、宰相の方を見ると首を傾げながら尋ねる。
「今日は、どうしたのじゃ?」
「ご報告したいことがございまして」
その言葉にリリベットは頷くと、執務机から離れてソファーまで歩いて腰を掛ける。それに合わせて宰相も対面のソファーに座った。
「それで、何があったのじゃ?」
「海賊でございます」
時に陸上の海賊国と揶揄されるリスタ王国と、ノクト海の海賊国シー・ランドは比較的友好な関係にある。特に明確な協定を結んでいるわけではないが、お互いに刺激さえしなければ手を出さないのが暗黙のルールとなっていた。
「……海賊じゃと?」
「はい、最近増えた同盟との交易船が、海上で襲われるケースが度々ありまして……無論、こちらも武装商船ですので撃退しておりますが、あまり航路が脅かされるとなると……」
リリベットは、そこまで聞くと頷きながら答えた。
「商機と信用が失われるということじゃな?」
「はい」
リスタ王国は航路の安全を売りに商売をしている国家であり、それが損なわれるということは経済的に大打撃になる案件だ。突然沸いた問題にリリベットは困った顔で唸っている。
「ふむ……宰相の意見としては、どうなのじゃ?」
「もちろん討伐船団を出すことを提案致します。今後の航路の安全のためにも必要かと」
思ったより強硬策を提案されたのでリリベットは少し驚いた顔をしたが、そのまま頷くと宰相に向かって
「わかった。この件は、今日中に海洋ギルドのオルグと相談することにするのじゃ」
と告げるのだった。
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リスタ王国 王都 海洋ギルド『グレートスカル』 会長室 ──
その日の午後、リリベットはマリーと護衛ラッツを連れて、海洋ギルド『グレートスカル』会長オルグ・ハーロードの元に訪れていた。リリベットたちは海洋ギルドに入るなりに違和感を感じていた。普段通り活気に満ち溢れてはいたが、どこか張り詰めた緊張感を感じだったのだ。
リリベットたちが部屋に入ってくると、オルグは席を立ちソファーを勧めながら自身もその対面に座る。そして膝をバシバシ叩きながら豪快に笑うと
「がっはははは、よう来たのぉ。丁度こっちから行こうと思ってたところよ!」
「うむ……折り入って相談したいことがあるのじゃ」
「おぅ、わかっとるわ! 海賊のことだろ?」
さすがに実際に船舶に被害が出ている海洋ギルドである。状況はおそらく王国側より詳しく知っているようだった。オルグは白い髭を擦りながら
「今回襲ってきてるのは、シー・ランドの海賊というより、赤髑髏っていう小僧だ! 元々はグレートスカルの傘下だったんだが、この国には来なかった連中だな。どうやら代替わりして方針を変えたらしい。先代の船長はこんな馬鹿はしなかったんだがなぁ」
と、どこか懐かしそうに状況の説明をしてくれた。リリベットは唸りながら尋ねる。
「そうなると赤髑髏を討伐しても、シー・ランドは動かぬのじゃな?」
「いや、そういう簡単な話でもねぇな。海賊どもは結束が固いからなぁ」
首を振りながら答えたオルグに、リリベットはさらに考えて込んでしまう。オルグはそんな様子を笑いながら
「がっはははは、まぁワシに任せておけっ!」
「うむ、何か策があるのじゃな?」
と首を傾げるリリベット。オルグは横の箱から海図を取り出すとテーブルに広げた。そして、ノクト海中央の小島郡を指しながら
「まずグレート・スカル号を旗艦に大船団で海都を包囲するだろ?」
海都と言うのはシー・ランドの主要拠点で、言うならば首都に当たる場所だ。そんなことをすれば宣戦布告どころの話ではない。リリベットは慌てた様子で止めに入る。
「ま……待つのじゃ、そんなことをすれば戦争になるじゃろ!? ひとまず話し合いでじゃな……」
オルグは呆れた顔で手を左右に振りながら
「話し合いだぁ? 何言ってんだ、相手は海賊だぞ? まず動けなくなるまで砲弾をぶち込むっ! 脅迫はそれからよぉ」
あまりの無茶な理論にリリベットは何も言えず、口をパクパク動かしている。リリベットの代わりにマリーが一歩前に出る。
「オルグ殿、シー・ランドとの戦争は困ります」
「まぁ任せておけ、ワシも久しぶりの海戦だ! 二十は若返った気分だぜ!」
年齢を感じさせない筋肉を誇示するようにポーズを取ったオルグに呆れ顔のマリーである。そこにレベッカ・ハーロードが入ってきた。
「爺様、編成できる船は……おや、陛下ちゃんじゃない。今日も可愛いねぇ」
リリベットに近付こうとしたレベッカをマリーが止める。
「話が進まないので、今はやめてください」
「ちぇ、それで話ってのは?」
レベッカはリリベットを可愛がるのを止められて舌打ちをしつつ、オルグに書類を渡していた。マリーが現状をレベッカに説明すると、レベッカは大笑いして言うのだった。
「あはははは、確かにそう思うのも無理はないけどねぇ。まぁ海賊のことは海賊に任せておきなっ」
と自信満々に答えるレベッカにリリベットは少し考え込んだが、やがて意を決したように頷くと
「うむ……では、お主たちに任せるのじゃ」
と告げたのだった。驚いたマリーとラッツは止めようとしたが、オルグは豪快に楽しそうに笑うと、リリベットの頭をガシガシと叩きながら褒め始めた。
「がっははははは! さすが我らが王よ。王器ってのが備わってきたなぁ」
「痛い! 痛いのじゃ!」
髪の毛をぐしゃぐしゃにされたリリベットは、涙目になりながらジタバタと暴れていた。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 フェザー領 フェザー公爵の館 修練場 ──
クルト帝国フェザー領、ムラクトル大陸東部の大半を有した広大な領地で、領主は剛剣公と名高いヨハン・フォン・フェザー公爵である。
フェルトは、そのフェザー公に呼び出されて実家である館に戻ってきていた。
「父上、風邪を引きますよ」
それが上半身裸で柱のように太い鉄の塊を、片手で振ってるヨハンに向かっての第一声である。この訓練はヨハンの日課であるため、家族であるフェルトには珍しいものではなかった。
フェルトは昔から父のことを壁のようだと思っていた。精神的な意味ではなく、物理的な意味である。素晴らしく鍛え抜かれた筋肉が体も器も大きく見せていた。
「うむ、戻ったか。フェルトよ」
ヨハンは息子であるフェルトの姿を見るとニカッと笑って、大きな音を立てながら手にした鉄の塊を置くと、壁に立てかけてあった刃引きの剣をフェルトに投げ、自分は同じく刃引きの大剣を持ち上げるのだった。
「丁度よいところに戻ったな、少し付き合え」
こうなったら拒否できないことを知っているフェルトは、諦めの表情で苦笑いをすると刃引きの剣を半身で構えた。
しばらくの打ち合いのあと、剣を打ち落とされへたれ込んでいるフェルトにヨハンは手を差し伸べる。
「はははは、まだまだだな」
「さすがに父上には敵いませんよ」
フェルトは父の手を取ると、そのまま引き起こされ照れながら笑っている。ヨハンはフェルトの肩を豪快にバンバンと叩く。
「そんな気概では嫁すら守れんぞ!」
嫁という言葉をフェルトはピクリと反応する。眉を少し上げ面倒そうな顔で尋ねた。
「父上、ひょっとして今回呼び出したのは、その件ですか?」
「ははは、そんなに嫌そうな顔をするな。どうしても嫌なら私の方から断っておくが……まぁ一度見てみろ」
ヨハンはそう言うと落ちていた剣を拾い、自身の大剣と共に壁に戻した。そして上着を羽織るとそのまま修練場を後にするのだった。
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『陸上の海賊国』
リスタ王国を表す言葉はいくつかあるが、その一つが『陸上の海賊国』だ。
建国時からたくさんの元海賊が住みついており陸に国家を構えて置きながら、海上にもかなりの影響力を持っているためである。大海賊グレートスカルが居を構えていることも大きかった。




