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第57話「お茶会なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 リリベットが仮初の初陣を飾ってから、早一月ほどが経過していた。先の騒動の助力に感謝を伝えるため、本日はソーンセス公国外務大臣のタイルが訪れている。


 突然の訪問であり、リリベットには次の予定があったため宰相に任せようとしたが、少しでもよいので会いたいとの要望だった。仕方が無く隙間時間を利用して謁見をすることになったのだ。謁見の間にはリリベットの他に、近衛隊のレイニーとラッツ、それに宰相と財務大臣のヘルミナのみが控えていた。


 タイル大臣は玉座の前まで進むと、そこで膝をつき深々と頭を下げた。


「お忙しい中、拝顔の栄を賜り感謝致します。並びに此度は同盟へのご助力、誠に感謝の念が尽きませぬ」


 エヴァンが率いていた領主軍が撤退したため、ソーンセス公国は帝国からの圧力から開放され、まるで自分たちで戦って勝ったかのような雰囲気で盛り上がっていた。そのためリスタ王国の助力の情報が伝わるまで時間が掛かり、訪問が本日まで遅れていたのだ。


 あの後、騙されたことを知ったエヴァン・フォン・レグニの領主軍は、ソーンセス公国方面には戻らなかった。リスタ方面へ向かう際に物資を放棄したため、作戦の継続は不可能を下したのと、予想より早くにクルト皇帝からの警告が届き、身動きが取れなくなったためである。その影にはフェルトや、その父であるフェザー公爵の働きがあったのだが彼らが知る由もなかった。


「タイル殿、良いのじゃ。これは我が国のためにやったことじゃからな」


 このリリベットの言葉は、半分は謙遜であり半分は事実である。リスタ王国は同盟を存続させることにより、レグニ領とのバランスを取る道を選んだのだ。しかしタイル大臣は首を振る。


「いいえ、そうは参りませぬ。我が国としましても最大限の感謝をと……」


 タイル大臣は懐から封書を取り出すと、その場で差し出すポーズを取る。レイニーがタイル大臣から封書を受け取ると、リリベットの元に戻り封書を差し出した。リリベットは封書の中身を確認するとヘルミナに渡す。


 封書の中身は、今回タイルが持ってきた金品などの目録だった。リリベットは受け取るつもりはなかったが、内容を確認したヘルミナがリリベットに対して目で訴えている。


 レグニ領との今後に、楔を打ち込めた価値に比べれば安いものだが、今回の作戦は国庫にだいぶ負担をかけているのだ。そこに正午を示す鐘の音が一度だけ聞こえた。その音にリリベットは玉座を立つと


「うむ、正午じゃな。タイル殿、すまぬが先に伝えてあるように予定がある。今後のことは宰相と財務大臣たちと詰めて欲しいのじゃ」


 と告げる。タイル大臣は朗らかに微笑むと一礼する。


「いえいえ、少しでもお会いできて光栄ですぞ」


 タイル大臣は宰相とヘルミナに連れられて、そのまま謁見の間を後にするのだった。リリベットも謁見の間から出ると、待っていた側付きメイドにマントと王冠を預けて中庭に向かった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 中庭 ──


 中庭にはティーテーブルが用意されており、劇団『運命の紬糸(ノルニル)』の座長の娘ナディアと、自称ラッツの恋人であるメアリーが座っていた。メアリーはリリベットと共に来たラッツを見つけると、嬉しそうに手を振っている。


「ラッツお兄ちゃ~ん! ……っと陛下ちゃん!」


 ラッツはつられて手を振っているが、リリベットは呆れた顔で


「メアリーよ、ついでのように言うでないのじゃ。お主は、わたしを待っていたのじゃろうが」


 と怒って見せるが、メアリーは舌を出して照れた様子で反省はしてないようだった。リリベットは、そのまま椅子に座るとマリーがお茶とクッキーを運んできた。


「わぁ、マリーさんのクッキーだ~」


 メアリーは、さっそくクッキーを一枚手に取ると口の中に放り込んだ。程よい甘さに自然と笑みになるメアリー。その様子にナディアは呆れた様子でため息をついている。


 本日、リリベット(八歳)、ナディア(十歳)、メアリー(九歳)という三人の幼女が集まったのは、お茶会を開くためである。なぜ、この三人でお茶会を開くことになったかと言えば、リリベットの母である先王妃へレンの提案だった。


 リリベットから演劇の話を聞いたヘレンは、特訓の結果『なのじゃ』を付けなくて喋れたという話に大層興味を示し、女王という役目のせいであまり年頃の子供らしくない娘も、同じ世代の子供たちと交流を増やせば少しは変わるのでは? と期待してのことだった。


 このお茶会も実は三回目である。初めての頃は緊張していたが、今では友達のように接しているのだから、子供の順応力は大したものである。


「今日は遅かったんですね、陛下ちゃん」


 ナディアは紅茶を一口飲んだあと、微笑みつつ首を傾げて尋ねてきた。彼女がなぜそう思ったかと言えば、一回目、二回目ともに、リリベットは一番乗りでソワソワしながら座っていたからである。その質問にリリベットは少し済まなそうな顔をする。


「うむ、少し来客があったのじゃ」

「えっ? 私たちの所に来て、大丈夫なの?」

「宰相たちに任せたから大丈夫なのじゃ!」


 と朗らかに笑うと、リリベットも美味しそうにクッキーを食べるのだった。


 その後、しばらくお茶と会話を楽しんだ三人だったが、膝の上のウリちゃんにクッキーをあげていたリリベットに向かって、メアリーが突然笑顔でお願いしてくる。


「陛下ちゃん、一つお願いがあるんだけど聞いてくれる?」

「うむ……どうしたのじゃ、メアリー」


 と首を傾げながら尋ねるリリベットだったが、メアリーは目を輝かせながら


「結婚年齢を九歳まで下げてくれないかな~? そうすれば、すぐにラッツお兄ちゃんと結婚できるわ!」


 とナイスアイディアと言わんばかりの笑顔で言ってきた。


 リリベットは驚いた顔でラッツの方を見ると、彼は凄い勢いで首を振っている。ちなみにリスタ王国の結婚が可能な年齢は十二歳からである。しかし、これは早くから婚約を進める貴族のための設定であり、通常は十五歳以上が常識だった。


 リリベットが返答に困っていると、マリーはリリベットのティーカップに紅茶を淹れなおし、メアリーにクスリと笑う。


「メアリーさん、数年なんてすぐですよ。あの人を見極める期間だと思えばいいのです。彼は女性関係に問題がありますからね」


 マリーの言葉にラッツは落ち込んでいたが、メアリーは頬を膨らませながら


「そんなことないもんっ! お兄ちゃんは、私一筋なんだからっ!」


 と擁護する。マリーは特に反論せずに、温かい目でメアリーを見つめながら会釈すると下がっていった。そして、お茶の補充のためにラッツの前を通ると、彼を一瞥してクスリと笑うのだった。


 リリベットは、小さく溜息をつく。


「そんな理由で法は曲げられないのじゃ。マリーの言う通り、しばらく待つのじゃな」

「ちぇ! ナディアちゃんも、陛下ちゃんも好きな人とかいないの~?」


 急に尋ねられ、お茶を飲んでいたナディアが咳き込んだ。


「げふげふ……いったいなにを?」

「だって、二人とも可愛いのにそういう話聞かないし?」


 咽たからか若干涙目になっているナディアは顔を赤くしながら


「わ……私は、演劇が恋人だからいいの!」


 とそっぽを向く。メアリーはつまらなそうな顔でリリベットの方を向くと、リリベットは若干ドヤ顔をしながら


「わたしは、好きな人がおるのじゃ!」


 と告げた。メアリーは当然ながら、ナディアすらも興味深々で身を乗り出して問い詰める。


「えっ? 本当に!? 誰、誰?」

「うむ……メアリーも、ナディアも、ラッツも、レイニーも、マリーも皆、大好きなのじゃ!」


 と自身満々に言うリリベットに、メアリーとナディアはため息をつきながら


「陛下ちゃ~ん、そうじゃないよ~。好きな男の子はいないの~?」


 と再び尋ねるメアリーだったが、リリベットは首を傾げスカーフに付けている緑色のブローチを擦りながら微笑むと


「よくわからないのじゃ!」


 と告げるのだった。





◆◆◆◆◆





 『中庭のお茶会』


 ヘレンの提案から始まったリリベットと同世代の女の子同士のお茶会。初回は緊張していた為、リリベットが「政治・経済」について、ナディアが「演劇」について、メアリーは「恋愛」についてを、好き勝手話したためカオスなお茶会になった。


 今の所、ヘレンの願いである娘が女の子らしくは、効果が出ていないようである。

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