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第55話「開演なのじゃ!」

 クルト帝国 レグニ領 リスタ方面監視砦 ──


 ソーンセス公国方面から、エヴァン・フォン・レグニが率いる領主軍が夜通しで駆け続け、監視砦に到着したのは翌日の昼過ぎだった。エヴァンは砦に入るなり差し出された水をひったくるように受け取ると一気に飲み干した。


 一息ついた所で、砦の責任者に現在の状況について確認する。


「はっ! リスタ王国の砦周辺に集まっているのは、どうやら大半は民兵のようです。ですが規模は一万近くまで膨れ上がっております」


 その報告を聞いたエヴァンは、怪訝そうな顔をしながら首を傾げる。


「一万!? だが、ジオロ共和国やザイル連邦の兵ではないのか!?」

「はい……ですがリスタ女王の姿以外にも、宰相フィンの姿も確認されておりますので」

「な……なんだと、あの氷の守護者(アイスガーディアン)まで来ているというのかっ!?」


 フィンの存在を聞いて、思わずエヴァンが渋い顔をする。氷の守護者(アイスガーディアン)の名は、四十年前に大敗をしたレグニ領主軍にとって、いまだに恐怖の対象なのである。


「それで現在の状況は?」

「あまり刺激してはまずいと思い近付いてはいませんが、砦から確認した限りでは国境線辺りで、ニ時間ほど前から五百騎程度の小規模な軍事演習を行っている模様です」


 報告を聞いたエヴァンは、相手が何を考えているのかわからないと言った顔で首を捻っている。その時、防壁の上でリスタ方面を監視していた兵士から、驚きや恐怖の声が一斉にあがった。その声に反応したエヴァンは、すぐに防壁の上に続く階段を駆け上がる。


 そこで見たものは……


「あ……あれが、伝承にある氷龍!?」


 エヴァンに瞳に映ったのは、遥か遠くのリスタ王国の砦付近に突如現れた、水色の鱗を持った巨大なドラゴンだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦上 ──


 エヴァンたちが氷龍を目撃してから遡ること数時間前、リリベットは東の城砦の防壁の上に立っていた。その横には宰相フィン、近衛隊長ミリヤム、騎士団長ボトス、そして劇団『運命の紬糸(ノルニル)』座長のチョップスがいる。その目下では、およそ一万の国民や将兵がリリベットの姿に歓声を上げている。リリベットは一度深呼吸をすると、左手に持った宝玉に向かって喋りだした。


「皆の者、本日はよく集まってくれたのじゃ!」


 リリベットの声は、そのまま国民の周辺に配置された同様の器具を通じて響き渡る。これは今回のために王都から持ち出してきた魔道具だった。


「本日はリスタ王家主催、劇団『運命の紬糸(ノルニル)』の記念公演が開催されるのじゃ」


 チョップス座長が民衆に対して、お辞儀をすると大歓声が応える。今まで経験したことのない観客の数に、チョップス座長は感極まったのか少し涙ぐんでいた。続けてリリベットが演劇の内容と注意事項を話していく。


「今回の演目は、皆も大好きな『リスタの騎士』なのじゃ」


 ボトス団長が剣を鞘から抜くと天高く突き上げる。それに合わせて周りにいる騎士たちも抜剣して剣を掲げた。国民たちもそれぞれ贔屓にしている騎士の名前を叫んで応えている。


「そこで、お主たちに一つ約束して欲しいことがあるのじゃ……ここは国境線に近い、我が国の国境を越えてくる阿呆は居らぬと思うが、万が一ということもあるのじゃ。その際は城砦に逃げ込むか、停泊中の船団、もしくは王都へ向かうのじゃ」


 リリベットは少し暗い顔をしてそう告げる。リスタ王国に攻め込めば、先の例からクルト皇帝から、かなり厳しい沙汰があるのは間違いない。だがレグニ領主軍が暴走して攻め込んでこないとは限らないのだ。もちろん、それに対して万全な対策を講じてはあるが、それでも国民を心配しての言葉だった。


「そうなったら俺らも戦うぜ~!」

「レグニの連中なんて目じゃないぜ!」


 しかし逆にリリベットを心配した国民たちは、口々に参戦の意思を叫びはじめる。この女王にして、この国民たちである。リリベットは深呼吸をして腹に力を入れると大声で叫んだ。



「ならぬのじゃ! 必ず下がると約束して欲しいのじゃ……」



 リリベットの心からの願いに民衆は口を噤み、辺りは一瞬にして静寂が訪れた。すかさず宰相がリリベットに小声で耳打ちをする。


「陛下、国民を不安にさせてはいけません」

「う……うむ、わかってるのじゃ」


 リリベットは、すぐに気を取り直すと宝玉に向かって演説を続ける。


「な……なに、心配するでない。お主たちが下がってくれれば、ここに居る氷の守護者(アイスガーディアン)と謳われし宰相が、存分に力を使えるのじゃ! 彼にかかればいかなる軍隊であろうとも問題ないのじゃ!」


 宰相は右手を上げて国民に存在をアピールしている。その姿に静まり返っていた国民たちは、一転して大歓声をもって応えたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦前 特設舞台 ──


 リリベットによる演説が終ると、民衆たちは特設舞台の方へ移動し始め、合わせてリリベットたちも移動する。今回の劇では通常とは異なり、ロードス王役をリリベットが演じることになっており、さらに宰相やリスタの騎士も役者ではなく、本物のリスタの騎士たちが行うのだ。足りない部分は衛兵や劇団『運命の紬糸(ノルニル)』の面々が、補うことになっていた。


 演劇『リスタの騎士』は初代国王ロードス王の建国記であり、クルト帝国からの独立宣言から始まり、様々な困難の末クルト帝国皇帝との会談を行い不可侵条約、いわゆる『皇帝の密約』の締結、それを不服としたレグニ侯爵との戦い、最後にはロードス王が率いるリスタの騎士と氷の守護者(アイスガーディアン)が見事撃退するといった流れの劇である。


 リスタ生まれの人々なら、それこそセリフが暗唱できるほど、何度も観たことがある内容だった。




 劇が始まってからしばらく経ち、現在舞台では『皇帝の密約』のシーンが演じられていた。彼らの声は小型の魔道具によって拾われ、観衆のもとに届けられている。このシーンの次にあるレグニ侯爵の口上シーンが終れば、いよいよクライマックスシーンである『リスタの騎士』の始まりだった。


 飽きるほど観ているはずの劇を、なぜ観衆が目を輝かせながら観ているかと言うと、それには大きく二つ理由がある。


 まずは役者の代わりに本物が演じてる点が挙げられる。国民に絶大な人気を誇る女王リリベットが主演な上、その美しい容貌から女性に人気のある宰相フィンや、男女問わず人気が高いリスタの騎士まで出演しているからこそ、全国民の三分の一に相当する数をこの場に集めることが出来たのだ。


 次にクライマックスシーンの規模である。丁度レグニ侯爵役のチョップス座長が、リスタ攻めの口上を述べている。いつもと違う役でもしっかりこなしてくるのは、さすが演劇団の座長だと言える。


 口上が終わりチョップス座長が舞台から下がると、特設舞台は大きな音を立てて崩れ落ちた。



 ドォォォォォォン!



 ハプニングだと思った観客が一時騒然としたが、舞台の奥で待機していたリスタ軍と、劇団『運命の紬糸(ノルニル)』と衛兵隊を中心に、一部国民も混じって演じているレグニ侯爵の軍が、一斉にそれぞれの陣地に分かれると大歓声に変わった。


 今回のメインイベントである『リスタの騎士』のシーンは、その物語の元になった戦場跡地で、実際の兵士たちが歴史再現を持って演じられることになっていたのだ。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦前 戦場跡地 ──


 実際のロードス王は騎乗だったが、馬に乗れないリリベットはフードをかぶった宰相と共に戦車である。戦車の上で緊張した面持ちで対面のレグニ役の軍を見ている。偽物の戦場とはいえ、リリベットにとっては初陣なのだ。


「ぜ……前進なのじゃ!」


 リリベットを乗せた戦車と共に、近衛隊長のミリヤム、シグル・ミュラーが馬上にて付き従う。それに応じてチョップス座長が演じるレグニ侯爵と、騎兵二十騎が戦場の中央まで進み出た。


「侯爵よ、ここは我が国、我が領土なのじゃ! 早々に立ち去るのじゃ!」

「ロードスよ。この逆賊め! 我らが討ち取ってくれるわ!」


 この会話は公式記録にはなく、演劇としてレグニ侯爵が悪者とわかりやすくするための創作である。その後いくつかの口上を述べ合ってから、それぞれの部隊に戻っていく。


 リリベットは一度深呼吸すると、腰の短剣を抜き剣を天高く掲げた。


「我に付き従いしリスタの騎士たちよ! 敵の数は三千、我らは百と二人。だが、この一戦は我が国の礎となる戦いである。汝らの奮戦に期待する!」


 現在行われてる演劇では、両軍合わせて総勢五百程度しかいないが、これは齢三十の頃にロードス王が実際述べた口上だ。まだ王になりかけで、年寄りの喋り方ではない頃である。


「おぉぉぉぉぉぉ! ロードス王、我らが王!」


 この時のリスタの騎士は、あまりの戦力の違いに全騎討ち死にを覚悟していたと言われている。そして同時にチョップス座長が演じる侯爵の命令により、侯爵軍役がゆっくり進み始めた。




 こうしてリスタ王国国境付近で、リスタ建国時の防衛戦の再現が始まったのだった。





◆◆◆◆◆





 『ナディアの特訓』


 ナディアはチョップス座長の娘で、『幼女王の帰還』のリリベット役の女優である。歳は十歳。今回の作戦が決まった際、王城に招かれリリベットの演劇のレッスンをすることになったのだった。


「いいですか、陛下! このシーンは重要なので、語尾に『なのじゃ』をつけてはいけません! では、もう一度!」


 王城に招かれた当初は大人しくしていたナディアだったが、演劇の事となると立場も忘れて、かなり厳しくリリベットにレッスンをつけていた。


「……リスタの騎士たちよ! 敵の数は三千、我らは百と二人なのじゃ! ……あっ」

「陛下っ!」


 こうしてナディアの厳しい特訓が、つい先日まで続いたのだと言う。


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