表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/129

第54話「幻影なのじゃ!」

挿絵(By みてみん)

 ソーンセス公国 南方 国境付近 ──


 会議があった翌日の昼頃、ソーンセス公国軍は首都防衛に最低限の兵を残し、ほぼ全軍が南方の国境付近に砦に集結していた。全軍と言っても騎兵三百、弓兵四百、歩兵千三百、計二千程度の規模である。


 前方の帝国領との緩衝地帯では、レグニ領主軍三千が軍事演習という名の挑発を繰り返していた。むしろ公国軍が現れた以降の方が、挑発は激しいものになったと言える。領主軍からしてみれば公国軍に先に手を出させるための示威行動であり、公国軍が現れたのは待ち望んでいた状況なのだ。


 その様子に血気盛んな若い騎士は怒りに満ちた顔で、将軍に向かって具申する。


「将軍! 今すぐあの連中の鼻を明かしてやりましょう!」

「ならん! 攻撃はあと三日待つのだ……」


 将軍も今すぐにでも攻め入りたい気持ちだったがタイル大臣との約束もあり、すでに同盟間に伝令を出し各国から集結中だったので、目を瞑りながら辛抱強く我慢しているのだ。その様子に若い騎士もぐっと堪えるしかなかった。




 翌朝 ──


 その翌日の朝、空が白み始めた頃に訪れた見張りの兵からの急報は、将軍を驚かせるものだった。眼前の陣よりレグニ領主軍が忽然と姿を消したのだ。


 将軍は急いで百騎の兵をまとめると、自ら偵察に出発した。国境線ギリギリまで近付き望遠鏡で確認したところ、確かに領主軍の陣の中には人の気配がまったくなく、陣をそのまま放置して撤退した様子だった。


 将軍は罠を警戒しつつ、半日ほど注意深く監視を続けたがやはり人の気配はなかった。意を決した将軍は状況を確認するために、百騎の騎兵と共にレグニ領主軍の陣まで近付くことにした。




 レグニ領主軍 陣地跡 ──


 将軍に率いられた偵察隊が侵入した陣地には、やはり人の気配はなかった。多くのテントや物資の大半も放置された状態だったのだ。その様子を見た若い騎士は、拳を上げながら叫び始める。


「奴ら、我らを恐れて逃げ出したんだっ!」

「おぉぉぉ!」


 他の騎士たちも、その言葉に同調し鬨の声を上げ始めた。ただ一人、将軍だけは唸りながら呟く。


「これは違うな……おそらく後方で何かあったのだ」



◇◇◆◇◇



 前日、レグニ領主軍 陣地跡 ──


 時間は少し遡る……レグニ領主軍の陣では、やっと現れた公国軍の姿に大いに盛り上がっていた。


「田舎者どもめ、やっと覚悟を決めて出てきたようだ」

「二ヶ月も待たせやがって鈍間どもめ!」


 などと悪態をつきながら、公国軍を挑発するように軍事演習を続けている。




 領主軍司令部のテント ──


 この領主軍の指揮者は、レグニ侯爵の嫡男でエヴァン・フォン・レグニである。やや経験不足ではあるが、父であるレグニ侯爵と同じく軍人然とした青年だ。


 エヴァンはソーンセス公国軍が現れた報告を聞き、罠に掛かったとニヤリと笑う。そして、配下の兵には継続して挑発を行うように指示を出した。そこまでは彼の思惑通りに進んでいたが、しばらくしてリスタ王国王都を監視していた密偵からの急報が届けられたのである。


「急報っ! リスタ王国が挙兵! 女王リリベット・リスタが王城より出陣したとのことです!」

「なにっ!? そんな馬鹿なことがあるか! 何かの間違いではないのか?」


 予想外の知らせに机を叩きながら立ち上がったエヴァンは、報告を持ってきた兵士に詳しく話すように詰め寄る。


「はっ……報告によると、昨日の昼頃に戦装束に身を包んだ女王が、およそ百五十ほどの兵を連れて王城を出発、レグニ方面に向かったとのことです。それと、祭と称し……」


 百五十という数字を聞いてホッとしたエヴァンは、話を遮るように豪快に笑うと再び椅子に座った。


「ははははは、驚かせるな! 百五十程度で何ができるというのだ! 国境付近の守備隊に任せておけよい! ……リスタめ、何をトチ狂ったのだ。まぁ奴らから攻めてくれるなら、忌々しい奴らを滅ぼす大義名分が立つと言うものよ……くくく」


 国境の守備隊だけでも、三つの砦に三百ずつ、計九百は配置してある。たかが百五十程度の兵では恐れる必要すらなかった。


 勝利を確信し笑みを浮かべているエヴァンの下に、もう一通の急報が届いた。今度はリスタ方面の監視砦に配属されている国境警備隊からである。エヴァンは楽しい気分を邪魔されたことに苛立ちながら


「今度はなんだ? リスタの馬鹿どもが動き出したのは、もう聞いたぞ! 百強で何が出来るというのだ!」


 と怒鳴りつける。しかし急報を持ってきた兵士の顔は真っ青だった。


「リ……リスタ王国方面からの伝令です。リスタ王国方面にリスタ王国軍が集結中、数およそ……」

「どうした? 早く言え!」


 戸惑っている兵士に苛立ちながら、ワインボトルを煽るエヴァン。兵士はおずおずと続きを読みあげる。


「数は、およそ……八千以上、陸路から数千! 海からは突如大船団が現れ、こちらも数千規模で次々上陸しており、さらに増加中とのことです!」


 ガシャーン!


 兵士からの報告にワインボトルを落として、唖然とするエヴァン。


「馬鹿なっ! リスタ王国の総兵力は千にも満たぬはずだ! 一体どこから、それほどの兵を!? ま……まさか、ジオロ共和国か? それともザイル連邦と手を組んだのか!」


 リスタ王国と他の大陸の覇権国家であるジオロ共和国や、ザイル連邦の友好関係は有名であり、突如現れた大兵団にエヴァンがそう考えるのは無理はなかった。半狂乱状態で喚き散らすエヴァンだったが、詳しい状況がわからない兵士たちは首を振ることしかできなかった。


 しばらくして落ち着きを取り戻したエヴァンは、意を決したように告げる。


「撤退だっ! もうすぐ夜が更ける。その隙に夜陰にまぎれて撤退するのだ。最早、同盟などに構っている場合ではない! そのままリスタ方面へ急行するぞ。撤退に気付かれないようにテント等は放棄せよ!」

「は……はっ!」


 こうしてソーンセス公国方面に展開していた領主軍は、夜の間に撤退しリスタ方面に向かって移動を開始したのだった。



◇◇◆◇◇



 前日、レグニ領 リスタ方面監視砦 ──


 時間はさらに遡る……まだ日が出てからさほど時間が経っていない早朝、砦の上からリスタ方面を望遠鏡で覗きこむ兵士は、欠伸をしながら隣で眠そうしてる兵士に尋ねる。


「なぁ、アレ何してるんだと思う?」


 アレとは数日前から始まった、リスタ王国の砦前で行われているテント等の設営のことである。気持ち良いまどろみの時間を邪魔された兵士は、興味の無さそうな声で


「知るかよ……どうせ大したことじゃないだろ」


 と言うと再び目を瞑る。彼らの任務はリスタ王国の監視ではあるが、リスタ王国とレグニ領が戦闘になったのは、四十年前の一度だけである。一応監視はしているものの特になにも起きたことはなく、砦の兵士たちは無為な日々を過ごしているのだ。




 昼頃 同監視砦 ──


 一応規則なので、定期的に望遠鏡でスタ方面を覗きこんでいる兵士は、突然驚きの声を上げる。


「お……おい! 何か凄い数が集まって来てるぞ!? どうやら歩兵みたいだが」

「なんだと? ちょっと貸せ!」


 隣にいた兵士は望遠鏡を奪い取るとリスタ方面を覗きこむ。距離があるため見えにくいが、リスタ王国の砦付近に棒状のものを持った人々の姿が見える。その数は次々と増えていき、数千規模に膨れ上がりつつあった。


 そこに海岸線を監視していた兵が叫び声を上げる。


「おい! 海の方を見てみろ!?」


 その声に反応して、望遠鏡を海の方へ向ける兵士。


「な……なんだと!?」


 兵士が見たものは、突如現れた三十ほどの船団から、次々と上陸してくる()()()姿()だった。あまりの数にパニック状態になった監視砦の兵士たちは、叫びながらオロオロしているだけだった。


 そこに砦方面を監視していた兵士が叫び声を上げる。


「おい、女王だ! リスタ女王がいるぞ!?」


 望遠鏡で戦車の上で豪華な兜を被ったリリベットの姿を捉えた兵士は、上擦った声で再び叫び声をあげた。


「戦装束だっ! リスタ王国が攻めてきたんだ! 全員叩き起こせ! それと侯爵様に伝令! あと演習中のエヴァン様にも救援要請を出すんだ!」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦前 ──


 一方その頃、リリベットは戦車の上で腕を組みながら、レグニ領の監視砦を見つめていた。顔は動かさず側で望遠鏡を覗き込んでいるシグル・ミュラーに尋ねる。


「どうじゃ、見ているじゃろうか?」

「えぇ、その為に陛下にも、わざわざ派手な格好をしていただきましたからね。……ちゃんと見つけてくれたようです。砦はすっかり慌ててる様子ですよ」


 砦の様子を覗きこみながら状況を説明するシグルだったが、リリベットは少し不安な顔をする。


「この後も、ちゃんと作戦通り動いてくれるじゃろうか?」

「えぇ……事前に調べた結果、この付近では現在ソーンセス公国方面に展開している部隊が最大です。レグニ領としてもリスタ方面を抜かれるわけにはいけませんから、必ず救援要請を出すはずですよ。これで第一段階は完了ですね」


 自身満々に語るシグルに、少し安心したような表情をしたリリベットは頷くと


「ふむ……では、こちらも開演準備じゃな!」


 とニッコリと微笑むのだった。





◆◆◆◆◆





 『幻の槍兵』


 リスタ王都から東の城砦まで、徒歩でも半日~一日の距離である。


 東の城砦に向かって歩くリスタ民たちは、まるで小旅行気分で南門で貰った槍のように長い杖をつきながら笑顔で歩いてきている。


 また海上からは数時間の船旅を楽しんだ国民たちが、同じく東の城砦に向かって続々と上陸し始めているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ