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第51話「帰国なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──


 リリベットたちが、ピクニックから戻って数日が経過していた。フェルトたちが帰国することになっており、ヘレンの部屋に挨拶をするために訪れている。部屋の中にはベットの上で上半身だけ起こした先王妃ヘレン、その側付メイドのマーガレット、フェルト、リリベット、そして宰相のフィンがいた。


「叔母様、本日は帰国の挨拶に伺いました」


 フェルトがそう言いながらお辞儀をすると、ヘレンは残念そうな顔をする。


「もう帰るのですね……もう少しゆっくりしていけばよろしいのに」

「あはは……僕もそうしたいのですが一度領地に戻って父上に報告してから、帝都に戻らないといけないので」


 ヘレンは目を瞑ると少し考えてから、マーガレットに目配せをする。マーガレットは頷くと、テーブルの上から封書を取りフェルトに手渡した。


「その手紙を兄様に届けてくれるかしら?」

「わかりました、確かに父上にお渡しいたします」


 フェルトは微笑みながら了承し、封書を懐の中に入れると立ち上がった。


「それでは叔母様。名残惜しいですが、また近いうちに必ず伺いますので、なにとぞご自愛くださいますよう」


 ヘレンにお辞儀をするとフェルトは部屋から出て行き、リリベットもフェルトを見送ると言って一緒に出て行った。一人残ったフィンだけが部屋を出る気配がなかったので、マーガレットは何も言わずカーテシーをすると控えの間に下がっていった。マーガレットを見送ったヘレンは宰相を見つめながら


「フィン……あなたの意見を聞きたいわ」

「あくまで私の所見ですが……家格も人柄も申し分ないかと思います」


 その言葉にほっと胸を撫で下ろしたヘレンは、一瞬安心したような表情を浮かべたが突然咳き込み始めた。ヘレンは苦しそうに右手で胸を押さえながら咳き込むが、側に駆け寄る宰相に左の掌を向けて制止する。


「……大丈夫です」

「ヘレン様、今日はここまでに致しましょうか?」


 フィンはサイドテーブルから水差しを取ると、コップに水を注ぎヘレンに差し出す。ヘレンはそれを受け取って一口飲むと、少し落ち着いたようで力無く微笑むのだった。


「ありがとう……落ち着きましたから大丈夫よ。それより安心しました……あなたが気に入ったのなら、きっと大丈夫ね」

「ただ少々年が離れている気がしますが……」

「あら、ロードス王(義父様)と義母様は、もっと離れていたでしょう?」


 ヘレンが茶目っ気のある顔で微笑むと、宰相も頷きながらクスリと笑う。


「実は先ほどフェルトに託した兄様宛の手紙に、それとなく書いておいたの。後は、貴方が進めてくれるかしら? ほら、私はいついなくなってしまうか、わからないから……」


 その言葉にフィンは眉を吊り上げるが、あえて返事は口にせず頷くのだった。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 リスタ王国 ~ ソーンセス公国間 船上


 ソーンセス公国 外務大臣タイルは、リスタ王国からの帰路についていた。今回の訪問でもリスタ王国の同盟加入は叶わなかったが、落ち込むより前に女王リリベット・リスタから告げられた言葉が気になっていた。


一月(ひとつき)……女王は『主戦派を一月抑え、決して同盟側から手を出さぬように』と言っていたが、どういうことだろうか?」


 タイル大臣は謁見の間で、何か楽しいことを始める子供のような笑顔の女王の姿を思い出している。唸りながら女王が口にした言葉の意味を考えるタイル大臣だが、結局何も思いつかなかった。


「どちらにしろ帝国と戦争をするわけにはいかんのだ。ここは女王の言葉を信じリスタ王国に秘策ありとして、主戦派の説得して回るしかないのぉ」


 タイル大臣は、そう呟きながら水平線の向こうに見える祖国を見つめるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大劇場 ──


 リスタ王国の娯楽の一つに演劇鑑賞がある。定番はロードス王が建国時に起きたレグニ領主軍との戦い、宰相の氷の守護者(アイスガーディアン)という渾名の元となった逸話『リスタの騎士』だったが、最近は先の襲撃事件を題材とした『幼女王の帰還』が、国民から人気を集めている。


 『幼女王の帰還』に関しては先日フェルトと共に鑑賞するという、ある種の拷問を受けたリリベットが顔を真っ赤にしながら、危うく公演禁止の令を出すところだったが、フェルトに『国民に娯楽を提供するのも王族の務め』と諭されて事なきを得ていた。


 本日の公演も終わり、休んでいる団員たちのもとにジグル・ミュラーが訪れていた。


「もし、座長さんはいるかな?」

「ん~? あぁ座長なら、あそこのテントにいると思うぜ」


 座っている団員に声を掛けたシグルは答えてくれた団員にお辞儀をすると、そのテントに向かって歩いていく。テントに入ると髭を生やした中年の男性と、リリベットと同じく金髪の少女が休んでいた。


 男性の名前はチョップスといい、この劇団『運命の紬糸(ノルニル)』の座長である。少女は彼の娘でナディアという名前だった。『幼女王の帰還』の主演女優、つまりリリベット役である。


「アンタは……確か移民街の親分さんだったか?」


 チョップス座長はいきなり入ってきたシグルを睨みながらそう尋ねると、シグルは丁寧に頭を下げながら答える。


「知っていただけているとは光栄です。チョップス座長」

「アンタ、結構有名だからなぁ……それで何の用だい?」


 まだ少し警戒しているチョップス座長に、シグルは朗らかに微笑みながら


「あなた方に、お手伝いしていただきたいことがあるのです。実は……」


 その後、説明が終わったシグルは笑顔で手を差し伸べる。


「報酬はもちろん、その間の補償は国庫から致します。いかがでしょうか?」


 チョップス座長はニヤリと笑いながら、ガシリとシグルの手を掴むと力強く握手した。


「俺らはリスタ王国一の劇団を自負している、こんな面白い話を断れるワケがない! しかしアンタ面白いこと考えるなっ! がっはははは」


 翌日から、大劇場の前に劇団『運命の紬糸(ノルニル)』の休演のお知らせと共に、新たな『劇』の告知が張り出されたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 木工ギルド『樹精霊(ドリュアス)の抱擁』会長室──


 財務大臣ヘルミナ・プリストは、木工ギルドの長であるヴァクスと面会していた。セクハラ防止のため護衛には女性衛兵が一名同行している。ヘルミナとヴァクスは対面でソファーに座り、衛兵はヘルミナの後ろで控えている。


「ヴァクス会長、実は折り入ってご相談がありまして……」

「ほほぅ、大臣ちゃんから相談とは珍しいねぇ」


 大臣ちゃん呼びに、少し眉を吊り上げるヘルミナだったがグッと堪えて話を続ける。


「実は杖を作っていただきたいのです」

「杖だぁ? どうした脚でも痛めたか」


 ヘルミナは首を振ると、後ろで控えている衛兵の方を振り返り、衛兵が持っていた棒を受け取った。それをヴァクスの前に置くと、ヴァクスは手で叩きながら強度や重さを確認している。


「杖って言うより棒だな。こいつぁ矛先のない槍みたいだが……こいつが何本いるんだ?」

「重さや強度は、もう少し軽くてもいいのですが……これほど」


 と言いながら、ヘルミナは右手の人差し指を一本立てる。ヴァクスは怪訝そうな顔をしながら答える。


「アンタが来たってことは、一本ってこたぁないだろうから……百本って所か?」


 ヘルミナは首を振る。


「じゃ、千本か……なかなかの大仕事だな」

「いいえ、一万本お願いします」

「一万だぁ!?」


 あまりの多さにヴァクスは声を張り上げた。ヘルミナは飛んできた唾を発注書の書類で防ぐと、そのまま机の上に置く。


「王国からの正式な発注書です。期限は十五日」

「十五日で一万本って、一日七百本弱か……こいつぁギルド総出だな」


 唸っているヴァクスに、ヘルミナは頭を下げる。


「おぃおぃ、大臣ちゃんに頭を下げられちゃ断れねぇな。任せな、十五日だな?」

「はい、お願いします」


 こうして木工ギルドも総出で準備を始めたのだった。





◆◆◆◆◆





 『運命の紬糸(ノルニル)


 かつては旅の一座として、ムラクトル大陸を横断しながら興行していた。


 とある領主の館に招かれた際、当時劇団の花形女優だったチョップスの母に、その領主が手を出そうとしたため、チョップスが激怒して殴り飛ばしてしまう。


 その場はなんとか逃げ出したが、当然のようにお尋ね者になった運命の紬糸(ノルニル)は、リスタ王国へ流れ着き、結果として王国の娯楽産業を盛り上がる要因となった。

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