第50話「妙案なのじゃ!」
リスタ王国 王城 大広間 ──
リリベットとフェルトが、一緒に大通りを散策してから三日が経過していた。噂話に盛り上がっていた国民たちも、ようやく落ち着きを取り戻しつつあり普段通りの生活に戻っている。
本日は大広間にて御前会議が執り行われようとしていた。参加メンバーは女王リリベット、宰相フィン、ヘルミナを含む各大臣たち、近衛隊長ミリヤム、衛兵隊長ゴルト、騎士団長ボトス、同副団長ミュルン、そして新設される予定の隊からは、任命前だがシグル・ミュラーが参加していた。まさに国の重鎮が全て揃ったような会議である。
今回の議題は四日前に持ち込まれた、七国同盟とレグニ領との争いについてだった。
議長である宰相が最初に状況説明を始める。レグニ領主軍の示威行動で、同盟内が主戦派と維持派に分かれて暴発寸前なこと、数ヶ月の後には帝都の介入で領主軍の示威行動も収まる見込みであること、万が一同盟側から手を出した場合は戦争が始まり、その矛先がリスタ王国へ向かう可能性についての説明がされた。
その上で回避手段として『同盟への加入』について忌憚なき意見を求めたところ、全会一致で同盟への加入は拒否することが決定する。そして、さらに帝国を刺激せず同盟を助けられる案を求めたところ、皆が口を噤んでしまうのだった。皆、同盟を見捨てる以外に選択肢がないと思っているのである。
沈黙のまま時間だけが過ぎていき、宰相が仕方なく議会を閉めようとした時、一人の男性が手を上げたのだった。宰相は感心したような表情をすると男性に指して尋ねる。
「シグル殿か、何か意見があるのかな?」
「はい、宰相閣下。帝国を刺激せずというのは無理でしょうが、刺激しても問題がない方法ならございます」
その言葉に議会がざわめき始めた。議会に参加している殆どの人間が、『この男は、なぜここにいるのだ?』と思っていた者が妙案があると言い始めたのだ。
「静粛に! では、シグル殿その方法の説明を」
「はっ! まず……」
シグルによって提示された作戦を聞き終えた瞬間、まずリリベットが腹を抱えて笑い始めた。続いて厳格な男で知られている騎士団長ボトスも豪快に笑い、鉄仮面と名高い宰相フィンですら含み笑いをしている。その他の大臣などはポカーンと口を開けていた。
「ぷははははは……よい、それで行くのじゃ」
「陛下、このような作戦無謀過ぎます! もし帝国が不興を買ったら……」
リリベットが笑いながら許可を出すと大臣の一人が驚いて諌めるが、今度はボトス団長が起立して豪快に笑う。
「がっははははは、ワシも気に入ったぞ、小僧。騎士団は協力を惜しまん!」
「ボトス団長まで!?」
「くくく……こいつぁ、お祭りですなぁ。もちろん衛兵隊も協力しますぜ」
とゴルドも賛同してしまう始末だった。笑い声と無謀という声で場が騒然としたため、宰相フィンが木槌を打ち鳴らす。
カーン! カーン! カーン!
「静粛に! これは陛下の御意である。シグル殿、準備にどれぐらい掛かりそうだ?」
「そうですねぇ、色々告知や準備をしなくてはいけませんから、一ヶ月ぐらいでしょうか?」
「ふむ……では今回の件はシグル殿を中心に、財務大臣プリスト卿、騎士団長リオン卿、それに衛兵隊のゴルド殿の三名で進めてください。各部門は要請があり次第、協力するように」
「はっ!」
宰相はリリベットを一瞥し、彼女が頷くのを確認してから閉会の宣言するのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 ガルド山脈 中腹の花畑 ──
翌日リリベットはフェルトと共に、ガルド山脈までピクニックに来ていた。街だと国民の目が厳しいので、今日は自然の中で過ごそうとフェルトが提案したのである。
同行者はマリー、近衛隊からはミリヤム、フェルトの護衛にオズワルトとリュウレの二名。山登りということもあり、オズワルトは金属鎧ではなく軽装だった。
リリベットはピクニックはおろか、ガルド山脈自体に来たのも初めてであり、昨晩から楽しみでソワソワしていた。
「山なのじゃ~!」
そして着いた途端このテンションである。フェルトはそんな様子を見て、妹を見守るような目で微笑んでいる。
「リリベット、あまり走り回ると転ぶよ~?」
「大丈夫なのじゃ~……ふぎゃ」
その瞬間、見事に転んだリリベットだったが、あまりのタイミングが面白かったのかカラカラと笑っていた。その様子にオズワルトは眉を顰めフェルトに小声で耳打ちする。
「見た目通り子供ですね。一国の女王にはとても見えません」
「ふふふ……あれが本来の姿なんだよ。可愛いじゃないか」
転んだままだったリリベットを、マリーが助け起こして服についた土を払う。
「陛下、国民の目がないからと言って、はしゃぎすぎですよ」
「すまぬのじゃ」
リリベットは、フェルトが座っている場所まで走ってくるとちょこんと座った。そして、普段通りの様子だったフェルトに首を傾げながら尋ねた。
「フェルトは、山は珍しくないようじゃな?」
「僕は実家にいた頃に遠乗りでよく山まで来てたからね。帝都周辺は山がないから、最近は登ってなかったけど」
興味深々といった眼差しでフェルトを見つめるリリベット。フェルトは少し照れた顔で首を傾げている。
「どうしたの?」
「遠乗り……フェルトは馬に乗れるのじゃな!」
フェルトの年齢で貴族の男性なら乗れない方がおかしいのだが、リリベットはその身長から、まだ馬どころかポニーにすら乗れず馬に対して憧れがあるのだ。そんなリリベットの頭を撫でながらフェルトはニコリと笑う。
「自慢じゃないけど僕の馬術は中々だよ。今度リリベットも乗せてあげるよ」
「本当か? 約束じゃぞ!」
フェルトとの約束に、リリベットは本当に嬉しそうに笑うのだった。
しばらくマリーが作ってきたサンドイッチを食べながら、歓談していたリリベットとフェルトだったが、リリベットが突然立ち上がると周りをキョロキョロと見回し始めた。そんなリリベットにフェルトは首を傾げながら尋ねる。
「どうしたんだい、リリベット?」
「……誰かが、わたしを呼んでる気がするのじゃ」
そう呟いたリリベットが、いきなり駆け出した。慌ててミリヤムが後を追いかけ、リリベットを即座に抱き上げる。
「陛下、いきなり飛び出しちゃ駄目よ」
「ミリヤム、あっちへ向かうのじゃ!」
ミリヤムの小脇に抱えられた状態でリリベットは前方を指差す。ミリヤムの視界には何も映ってなかったが、彼女は後を振り向くとマリーに向かって告げる。
「よくわからないけど陛下が気になるみたいだから、ちょっと一緒に見に行ってみる。ここで待ってて」
マリーが頷いたのを確認してから、ミリヤムはリリベットを抱えたまま、その方向へ走り出した。
森人であるミリヤムの脚力は、人間よりかなり強力で力強く走れる。その脚力で二分ほど行ったところに目的地があった。一本の大きな木があり、その根の部分にボールのように丸く半透明の猪が横たわっていたのである。大きさは子供の頭ほどである。
その姿に驚いたミリヤムが腕の力を抜いた瞬間、リリベットはそのまま地面に落下した。
「ふぎゃ……何をするのじゃ!」
しかしミリヤムはじーっと猪を見つめている。リリベットは頬を膨らませながら、その猪に近付いて撫でようとした瞬間、ハッと気がついたミリヤムは
「陛下、そいつに近付いちゃダメっ!」
と叫ぶ。その声に反応したのか猪が突然起き上がり、リリベットに飛びかかったのだった。
「ふぎゃ……」
短い悲鳴と共に転ぶリリベット。ミリヤムは剣を抜いてリリベットの側に駆け寄った。
「あははは、なんじゃこやつ? 遊びたいのか?」
小さい猪とじゃれ合うように笑っているリリベットに、安堵のため息をつくとミリヤムは剣を鞘に納める。そして、いつの間にか殆ど透明でなくなっている猪を引き剥がし、リリベットを立たせると服についた土を払う。
「この子は猪じゃないわ、精霊種よ」
「精霊種じゃと?」
キョトンとしているリリベットに、猪は鼻を擦りつけてくる。
「あははは、やめるのじゃ。こそばゆいのじゃ」
「陛下、先に言っておくけど……」
ため息をついたミリヤムが、そこまで言いかけたところでリリベットが猪を抱き上げて
「前に小さい猪はウリボウと呼ぶと聞いたぞ。だから、お主の名前はウリちゃんなのじゃ! むっ……どうしたのじゃ、ミリヤム?」
と名付けるのだった。頭を抱えたミリヤムは、先程言いかけた言葉を続ける。
「名前を付けちゃダメよ……と言いたかったのよ」
精霊種は名前を付けることで契約する種族で、契約者の魔力で実体化する。もちろん精霊種と契約者の相性のようなものがあり、精霊種が気に入らなければ契約はされない。しかし今回は契約前に実体化するほど相性が良かったようだ。
リリベットとミリヤムはウリちゃんを連れて、フェルトたちのところに戻ってきた。突然リリベットが猪を連れてきたことに驚いたフェルトたちだったが、一人リュウレだけがナイフを取り出して一言呟いた。
「……猪鍋?」
リリベットは泣きそうな顔で、ウリちゃんを抱きしめて庇う。フェルトはリュウレの頭をポンッと叩くと
「ダメだよ、リュウレ。リリベットが怯えてるじゃないか」
「はい……」
と短く答えると、リュウレはナイフを仕舞い後ろに下がった。フェルトは安心させるように微笑みながら尋ねた。
「その子どうするの?」
「城に連れて帰るのじゃ!」
こうしてリスタ王国の中庭には、一匹の猪が住み着くことになったのである。
◆◆◆◆◆
『猪の精霊種』
ウリちゃんと名付けられた猪の精霊種は、実は先日討伐された大猪である。
一度、霧散して自然に還った大猪だったが、不滅の精霊種は死ぬことはなく、再び子猪として蘇っていたのだった。先の契約者だったリスタ王家の血族であるリリベットが、近くまで来たため半実体化し彼女を呼び。
そして、リリベットと契約することで実体化に成功したのである。




