第49話「伝播なのじゃ!」
リスタ王国 王都 大通り ──
朝食を終えたリリベットとフェルトは護衛にラッツとレイニー、そしてオズワルトとリュウレを連れて大通りに出掛けていた。
リスタ王国の王城から南門に伸びる大通りは国内で一番賑やかな目抜き通りだが、クルト帝国の帝都住まいのフェルトから見れば辺境の小国の市場程度にすぎない。しかしフェルトは、リリベットと共に楽しそうに国民と話していた。
護衛の四名は、その二人から少し離れた位置で付いて来ている。
「なぜ俺がフェルト様から離れて歩かなければならないのだ?」
「申し訳ありませんが、お二人の邪魔はするなと宰相閣下のお達しなので」
納得いかない感じのオズワルトに、ラッツは半笑いで頭を掻きながら答えた。出掛ける際に宰相フィンから二人の邪魔にならないように離れて警護するように言われ、それにフェルトも賛同したため、オズワルトとリュウレも仕方なく従っているのだった。
リュウレは一緒に歩いているラッツを、蔑んだ目で睨みつけながら
「なんで泥棒野郎と一緒に行動しなくちゃいけないんだ」
と可愛らしい声で毒づく少女に、レイニーが眉をひそめながらラッツに小声で耳打ちをする。
「ちょっとラッツ君、何か睨んでいるわよ? あの子に何したのよ?」
「いや~なんでだろうね? はははは」
レイニーの質問にラッツは笑って誤魔化すのだった。
その一方リリベットとフェルトは、道行く婦人たちに捕まっていた。三名の買い物途中の中年女性は騒がしく笑いながら、久しぶりに見かけたリリベットがフェルトを連れているのに興味を持ったのか
「あら~陛下ちゃん、可愛らしい子連れてるじゃないの~」
「本当ね~。あらあら、陛下ちゃんも隅に置けないのねぇ」
などと口々に喋っている。その女性たちに、リリベットは嬉しそうに胸を張りながらフェルトを紹介する。
「うむ、わたしの従兄弟殿なのじゃ」
「はじめまして、マダム。フェルトと申します」
フェルトの優雅な振る舞いに女性たちは黄色い声をあげている。その様子が面白くなかったのか、リリベットは頬をプクゥと膨らませるとフェルトの手を握って
「フェルト、そろそろ行くのじゃ!」
「えっ……あぁ、そうだね」
リリベットに引きずられるように歩き始めたフェルトは、最後に女性たちに笑顔で軽く手を振る。その二人を見送りながら、女性たちもニコニコ笑いながら声を掛けるのであった。
「あらら、二人とも仲良くねぇ~」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り『狐堂』 ──
その後、リリベットたちは商人ファムの店『狐堂』を訪れていた。正確にはファムの強引な客引きに連れ込まれたのだが、ファムは笑顔で尻尾をパタパタと振りながら褒め始める。
「いや~陛下ちゃん、久しぶりやな~。なんやええ男連れてはるって噂になっとったが、ほんまにええ男やないのぉ~」
リリベットがフェルトと共に王城を出てから、それほど時間は経ってないはずだが恐ろしい速度で噂が伝播しているようだった。そんな中、フェルトは気安く話しかけてくるファムに少しだけ怯んでいた。
フェルト個人としては気にしたりはしないが、クルト帝国は人族の国であり、人族と同じ扱いの森人以外の亜人種は少ない。亜人は迫害ほどではないが、あまりいい感情を持たれていない状態だった。
リリベットはジト目でファムを睨み付ける。
「ファムよ、他の客に強引な客引きはしてないじゃろうな?」
「あははは、そないなことせんでも大繁盛しとるわぁ」
豪快に笑うファムだったが確かに店内はかなり繁盛しているようで、いつの間にか店員も増えていた。呆れたリリベットはファムを置いて店内を見回し始め、フェルトも異国の商品などに興味を持ったようだった。
しばらく店内を見ていたフェルトとリリベットだったが、貴金属のところでリリベットが、ショーケースの中を興味深々に見つめ始めた。フェルトが後からケースの中を覗きこむと、そこには細かい銀細工が施され、中央にエメラルドが埋め込まれたブローチが飾られていた。
「綺麗なのじゃ~」
「……欲しいのかい?」
目を輝かせてブローチを見ているリリベットに、フェルトは後から声を掛ける。その言葉にリリベットは慌てた様子で首を振る。
「わたしに豪華な装飾品など不要、国家国民のために無駄遣いはダメなのじゃ」
と言いながらプイッと顔を背けて、リリベットは店から出て行ってしまった。フェルトはそんな強がった態度にクスクスと笑うと、店を出る前にファムとオズワルトに一言二言話してから、リリベットを後を追うのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
「遅いのじゃ!」
遅れて店から出て来たフェルトに対して、リリベットの第一声である。フェルトも少し困った顔をしながら軽く謝罪をすると、リリベットが差し出してきた手を握る。リリベットは握られた手に満足そうに笑うと、再び大通りの散策を再開するのだった。
その後も何度か国民に声をかけられ足止めされながらも、リリベットとフェルトはなんとか予定したルートを廻り終えたのだった。その間にも仲の良さそうな二人の噂は国中を駆け巡り、いつの間にかとある憶測が囁かれ始め、それに伴い各地で勝手に祝いの宴会が始まり、国全体がお祭りの様な騒ぎになっていた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 別邸 ロビー ──
そんなことになっているとは露知らず、リリベットとフェルトは別邸に辿り着いていた。まだ貴賓室の天井が壊れたままであるため、フェルトの滞在中はこちらを利用することになったのである。
リリベットとフェルトはロビーにあるソファーに座っている。フェルトは街での様子を思い出しながら
「相変わらず凄い国だね。国民が気軽に話しかけてくるし……まぁ女王がその辺をウロウロしていること自体が珍しいけど」
「お爺様も父様もそうしていたと聞いておるのじゃ」
フェルトの言葉にリリベットは自慢げに答えた。そこにリュウレがトレイでティーセットを運んできた。無言でテーブルにティーセットを並べていき、最後に包みをフェルトに差し出した。
「ん? あぁオズワルトからだね? ありがとう、リュウレ」
と微笑むフェルトに、リュウレはやはり無言のままカーテシーをして下がっていった。
そのままフェルトはティーカップを手にするが、リリベットが紅茶に興味を示さずいたので、ハッと気がついてティーカップを置くのだった。
「そう言えば、君は毒見がないと口にできないのか」
「うむ、決してお主を疑っているわけではないのじゃが……マリーに怒られるのじゃ」
フェルトは残念そうな顔をしているリリベットに微笑み返すと、自分のティーカップとリリベットのティーカップを交換するとそのまま一口飲んだ。
「大丈夫、君に毒なんて入れたりしないよ」
「……うむ」
そこまでしたフェルトに、リリベットも覚悟を決めたようにティーカップを手に取り一口飲むと、ふわっと抜ける紅茶の香りに自然と笑顔になる。
「おいしいのじゃ」
しばらく紅茶と会話を楽しんだあと、フェルトはリリベットの前に先程の包みをそっと置いた。リリベットはキョトンとした顔をしながら尋ねる。
「これは何じゃ?」
「今日は楽しかったからね。お礼のプレゼントだよ」
リリベットは包みを手に取りフェルトを一瞥すると、フェルトはニコリと微笑みながら頷く。リリベットが包みを開けると、先程『狐堂』で見ていたエメラルドのブローチが出てきた。
驚いたリリベットは、頬を膨らませながらブローチをフェルトに突き返すのだった。
「い……いらぬと言ったのじゃ!」
「そんなこと言わないで、これは僕が買ったものだから国民に迷惑にはならないよ。ほら、立って付けてあげるから」
と言いながらリリベットの手を取ると、そのままソファーから立ち上がらせる。フェルトは傅くように膝を付くとリリベットの胸にブローチをつけようとする。
しかし、手の甲に当たったふにっという柔らかい感触に、フェルトは思わず手を引いた。その様子にリリベットは首を傾げながら
「どうしたのじゃ?」
「ごめん、触るつもりはなかったんだけど……」
普段からメイドたちに着替えを手伝ってもらっているリリベットは平然としていたが、そのことが逆に意識してしまったフェルトの顔を赤くするのだった。
そして、そのフェルトの顔を見て恥ずかしい気分になってきたのか、徐々にリリベットの顔も赤くなってきていた。
「や……やっぱりスカーフに付けようか?」
「う……うむ、そうじゃな!」
取り繕ったフェルトの言葉に、リリベットも同意してエメラルドのブローチを首元のスカーフに付けて貰う。フェルトは咳払いをしてから、一呼吸置いて微笑みながらリリベットを褒めるのだった。
「うん、とても似合ってるよ。リリベット、君の瞳と同じ色だね」
「ありがとなのじゃ!」
少し照れた様子のリリベットは、フェルトから贈られたブローチを触りながら微笑んだ。
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『噂話』
リリベットが『男と仲が良さそうに歩いていた』という噂が、国中に広まるまでさほど時間は掛からなかった。
噂好きの婦人たちから伝播した、この噂は尾ひれはひれが付き、最終的には『結婚が決まった』まで誇張を続け、お祝いの酒盛りが開始されたり、「俺たちの陛下ちゃんはやらん!」と騒ぎまで発生したのだった。




